第31話 魔族から情報を引き出すためには
猫獣人の女の子は魔族だった。
考えてみれば、今のタイミングでダムの辺りをうろつくなら、その可能性は高かったんだ。まあ、本当に魔族があのダムを造らせて、森を水に流すつもりだったのかは分からないけど。
記憶喪失だからか、一見街中でよく見るのほほんとした猫と言った感じだけど、記憶を取り戻したら魔族としての使命を思い出して豹変するなんてこともあるかもしれない。
じゃあ、この猫獣人の女の子をどうするべきか。
俺は小隊長のおっちゃんに連絡を取って、猫獣人の女の子と一緒に城へと向かった。おっちゃんには首を突っ込むなと言われたけど、これはもう突っ込まないわけにはいかないでしょ。
城に着くと会議室に通されて、しばらくガッケノが来るのを待った。
10分ほど経って、ガッケノ、執事さん、騎士長、小隊長のおっちゃん、小隊副長の5人が入って来る。
「それで、急に私たちを集めたという事は、何かあったんだな? カイララ」
「ああ、とんでもない爆弾が見つかったよ」
「爆弾? なんだそれは?」
「あー、なんでもない。爆弾じゃなくて……そうだ、厄介事だな! 特大の厄介事!」
そういえば、こっちの世界じゃ魔法が発展しているせいで、爆弾なんか作られてなかったんだった。すっかり忘れてたわ。
「それで、厄介事って言うのはこの猫獣人のお姉さんのことなんだけど……どうやら魔族らしいんだ」
「なにっ!?」
や、やばい、騎士長と小隊長のおっちゃんが剣を抜いた!
「ま、待って! 大丈夫だから! この人は確かに魔族らしいんだけど、ほとんどの記憶を失ってる記憶喪失なんだ! だから今は俺達に攻撃する理由もないし、無害だよ! ね? そうだよね、お姉さん!」
「なんか、お前にお姉さんって言われるの気持ち悪いにゃ」
「なんだとこの駄猫がぁっ! いいからさっさと皆に説明しろや!」
こんなに可愛い9歳児の少年に向かって気持ち悪いはないだろ、気持ち悪いは!
もういい、こいつにちょっとでも配慮してやろうと思った俺が悪かったんだ。こいつも適当に対応しよう。
「怒鳴るのはよくないにゃ。心臓ドキドキで頭がパン! ってなるにゃよ? それより、お団子はあるかにゃ?」
「お前まだ食うつもりなのかよ!? 俺のおやつの芋団子も、隠しといたみたらし団子も全部食ったくせに!」
「あれぐらいじゃ私の胃袋を満足させることはできないね。ふっ、やれやれ。……にゃ」
ムカつくドヤ顔しやがって。
「取ってつけたように『にゃ』をつけてんじゃねえぞ、駄猫!」
「あーん、お腹が空いてお話しできないにゃ~。お団子が食べたいにゃ~」チラッ、チラッ。
「はぁ……、あの執事さん。すみませんけど、団子か何かを持って来てもらえるように手配してもらえませんか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
まだ肝心な話も全然できてないのに、なんかもうどっと疲れたわ。どうしてこう、会うやつ、会うやつ、みんな癖が強いんだ。何かの呪いか?
とにかく、まずはこいつが危険じゃないって騎士長とおっちゃんにしっかり説明しないと。
「……ってあれ? 騎士長もおっちゃんも椅子に座ってる?」
「何ボケっとしてんだよカイララ。その子がまだ話せないって言うなら、カイララが聞いてることだけで良いから話してくれ」
「え? で、でも今、剣を抜いて切りかかろうとしてなかった?」
「そのフェーズはお前がその子と馬鹿な掛け合いを始めた時点で終わった。わかったら、さっさと話を進めてくれ。俺だって暇じゃないんだぞ、まだ報告書が山ほど残ってるんだから」
「それはあんたが書類仕事をサボってツーリングに行ってたのが悪いだろ……まあいいや、それじゃあ聞いてるところまで話すわ」
それから俺は、オババの家でこの駄猫から聞いた事を皆に話した。
正直、内容は全くない。こいつが自分の名前も思い出せないこと。覚えていることは、自分が魔族ということと、団子が美味いという事だけ。
本当に何の情報もないな。
「なんだそりゃ」
「だが、記憶喪失ということは、いつかは思い出すかもしれんということ。尋問してみる価値はあるかも知れんな」
まあ、騎士長ならそう言うよな。何よりもこの辺境伯領の平和とルンバ―家のために動く人だから。
でも、俺的にはそれはしたくないんだよね。
別にこの駄猫が可哀想だからとかそんな理由じゃない。時間がない切迫した状況なら、俺だって黙るさ。だけど、今はそんな雰囲気がないし、俺としてはまだ時間はあると見てる。
時間があるなら、無理に尋問するよりずっと良い方法があるんですよね。これが。
しかも、おあつらえ向きにこいつは記憶喪失状態。これはもう、神が俺にやれと言っているようなものだ!
「……尋問するとして、この村でやるのか? ここでやるより領都に送った方が、吐かせやすいと思うが」
「いや、万が一領都に潜り込むことが目的だったとしたら危険だ。この村で出来る限りはやってしまって、無理なら領都から必要な道具と人を持ってくるのが良いだろう」
あら、知らない間に話が進んでる。決まってしまう前にさっさと割り込まないと。
「ちょっと待った。尋問より俺に良い考えがあるよ」
手を挙げてそう言うと、騎士長と小隊長のおっちゃんの話が止まり、ガッケノが話しだす。
「それはどんな考えなんだ? もしや、尋問より酷いことではないだろうな?」
「いやいや、そんな訳ないでしょ。ガッケノ君、親友の事なんだと思ってんの? 俺そんなひどいことするような奴に見えるか?」
「見える」
「そこは嘘でも見えないって言え!?」
「ふっ、冗談だ。それで、君の考えを聞かせてもらえるかな?」
冗談かよ。くそぉ、ガッケノのやつ。俺の扱いがどんどん上手くなってやがる。
ガッケノがボケで俺がツッコミの漫才でもやるか? うん?
「ゴホン、ゴホン! あー、俺の考えとは、一言で言うと『贅沢三昧を経験させて、元の生活に戻れなくしよう大作戦』だ」
その瞬間、何故か会議の場が一瞬凍った。そして、1秒後に全員が一斉に蓋を開けたように笑いだした。
「な、何がそんなにおかしいのか!」
「い、いやだって」
「ふ、流石だな」
「ふふ、カイララ。やっぱり君は酷い男だよ。それはある意味拷問するより質が悪いじゃないか」
はあ? どこがやねん。尋問して無理やり情報抜こうとしたり、拷問で責めたてるよりよっぽど優しいじゃないか。
だって、この世界で1番文明レベルが進んだ村で、何不自由もなく優雅に暮らせるんだぜ? それで、情報さえもらえればずっと住んでて良いよってことなら、やられる方は痛くも痒くもないじゃないか。
「君の事だ。情報を抜いたら彼女を野に放つんだろう? いや、それとも火の中に放り込むのかな?」
「そんなことせんわ!?」
こいつら、どんだけ俺を残虐人間に見てるんだよ! あれか? 俺がゴブリン襲撃の時に、ゴブリンを次々と火柱の中に飛び込ませてたからか? 言っとくけど、あれは俺が飛び込ませたんじゃなくて、ゴブリン達が勝手に突っ込んで来てただけだからな!?
「オババに君の事を色々と教えてもらったからね。君は時々狂気を見せるから注意してやってくれって言っていたよ。良い師匠じゃないか」
「なっ!? あ、あのババアの仕業かよ!」
この後、騎士長と小隊長のおっちゃんにも話を聞いてみれば、やっぱり2人ともオババからあること無いこと聞かされていたようだった。だから俺の発言の先を変に読んでしまって、思わず笑ってしまったらしい。
ちなみに皆オババの言う事は話半分で聞いていたらしく、あんまり本気にはしていなかったとか。
なるほど、だから笑ってたのね。
俺が本当に贅沢で堕落させた後に駄猫を火柱に突っ込ませると思ってたなら、ここで笑ってるのは狂気の沙汰だもんな。
そして話し合いの結果、最後は俺の案が採用されることになった。
ただし、俺がこの駄猫の面倒をみることと、定期的に駄猫に話を聞く場を設けること、それから常に監視をつけることが条件になってしまったが。
あーあ、やっぱり小隊長のおっちゃんの言う事を聞いて首突っ込まないようにしておくんだったな。おかげで、団子食わせろしか言わないこんな駄猫と一緒に、見張りつきで生活するハメになっちまった。
「うまにゃ! 草団子おかわり!」
「あっ、テメエ駄猫! お前団子食い過ぎだろうが!? 俺のおやつ食った分寄こしやがれ!」
「駄目にゃ! この団子は全部私のものなのにゃ! お前にはこの、私が食べた後の串に付いてるカスをあげるにゃ」
「カスなんていらんわボケ!? いいから、よこせやーッ!」
「んにゃーッ!?」
◆◇◆
カイララと猫獣人の女が出て行ってから、会議室では残った3人が話を続けていた。
「騎士長、小隊長、カイララの案をどう思った」
「そうですね。率直な感想を言えば、彼は優し過ぎますな」
「そこは俺も同感です。ですが、あの発想は俺にはなかった。あの柔軟な考え方は見習う所があると思います」
「そうだな。カイララにはいつも驚かされる。まだ私と同じ9歳の子供だというのに」
ガッケノは、これまでカイララと行ってきた様々なことに思いをはせる。
「私にはあの小僧が9歳とはとても思えませんが、あやつは一体何者なのでしょうか?」
「さあ。だけど、あの性格と行動には裏はないさ。私にはわかる。親友だからな」
「それじゃあ、その親友の作戦が上手く行くように、俺たちも全力でサポートしなければなりませんね」
「そうだな。もし、あの獣人が魔族の本性を現したら、その時は我々が徹底的に尋問する」
そして、もしカイララを傷つけるなら私があの魔族を……殺す。
まあ、きっとカイララなら、そうはならないだろうけどな。