第30話 記憶喪失の猫
猫耳の少女がベッドに横たわっている。体は普通の人間だが、頭に猫耳、お尻からは猫のしっぽ。
一応、治療が終わった後に耳を観察してみると、それは確かに血の通った本物の猫耳だった。つけ耳、つけしっぽじゃない。
じゃあこの女の子は一体なんなのか。
そうですね、獣人ですね。
てか、この世界に獣人って居たんだ。しかも猫獣人なんて、もしキティーズのアニメーションを見られたら、何を言われるかわからない。
あれはお間抜けな猫たちで笑いをとるアニメだから、自分たちを馬鹿にされたと怒りのあまり攻撃されたら最悪だ。
軍医の先生としばらく様子を見ていると、その猫獣人の女の子は、ある時パチリと目を開けた。
「んにゃ?」
にゃ……だと。こいつ、まさか語尾が『にゃ』のタイプの獣人か?
「起きたみたいだね。具合はどうかな?」
「にゃ? にゃにゃにゃーにゃ、にゃにゃ!」
なん、だと。語尾どころじゃねえ、全部猫だ!?
「まいったな、僕は猫言葉を習得してないから分からないよ」
「えっ、そこですか? ていうか、猫言葉って習得できるの!?」
「猫の言葉? そんなの習得できるわけないじゃないか」
「先生、あんたはそう言うボケを言うタイプだとは思わなかったよ。まあ、いいや。それで、どうするんですかこの子?」
「うーん、私は猫獣人に詳しくないから調べてみないとだけど、言葉を話せないってことはないだろう。もしかしたら、ダムで頭を打ったのかもしれない。しばらく様子見するしかないかな」
そう言えばそうだった。この猫、ダムで何かあったんだったな。頭を打ったってことは、どっかから落ちたとか?
高い所から落ちて着地失敗したとかだったら、こいつ猫のくせに相当どんくさいな。
そもそも、なんであんな場所に用事があったんだ? ただの気まぐれ散歩とか?
本物の猫だったらそれもあり得るんだろうけど、猫獣人はどうなんだろ。
まあ、様子見ならいつまでも俺がここにいても仕方ないな。帰ろ。
「じゃあ先生。俺は帰りますね。店をほったらかしにしてきてるんで」
「ああ、ポーションありがとうね。ラズベリさんにもお礼言っておいて。あとでポーション代も持って行きますって」
「了解です。でも、オババは最近はずっと俺に店を押し付けてどっか行ってるんで、どうせ俺が代金受け取ることになるから気にしなくていいですよ」
「そうなんだね。弟子のカイララ君に店を任せて隠居するつもりなのかなぁ、ラズベリさん。とにかく分かったよ。明日には代金を渡しに行くね」
「よろしくおねがいしまーす」
ポーションの代金は、一律1000円だ。ポーション・コーラも同じ値段。うちの村の人に売る時は、物々交換の場合もある。野菜とか肉とかね。
あ、ちなみにこの世界のお金の単位は円じゃないよ。でも癖で円だと大体これぐらいって変換しちゃうから、売り買いする時も結局円で考えてんだよね。
オババの家に帰って、しばらくまた暇な店番をしていると、城から小隊長のおっちゃんがやって来た。
「いらっしゃい。今日は何が必要な感じ? 悪いけどポーションは品切れだよ」
「いや、今日は買い物じゃねえんだ。カイララ、お前ちょっと前に兵舎の救護室で猫獣人の女を見ただろ?」
「ああ、見たよ。ちょうど目を覚ましたところにも立ち会った。あの人がどうかしたの?」
「それが、居なくなっちまったんだよ。しかも、ちょっとヤバイことも分かったかもしれなくてな」
「ヤバい事ってなに? あの人、指名手配かなんかされてたの?」
「指名手配じゃない。けど、似たようなもんかもな。あの女、もしかしたら猫獣人の魔族だったかもしれねえんだ」
猫獣人の魔族!? てことは、獣人は魔族ってことか?
でも、そうなると何で軍医の先生は何も言わなかったんだ? 魔族が村と森を狙っているかもしれないってことぐらいは、軍医なら知ってると思うんだけど。
「あー、勘違いするな。確定じゃない。あくまで《《かも》》だからな。獣人ってのは、集落ごとに魔族に属しているかどうか変わるんだよ。だから、まだあの女が敵かどうかは分からん」
「だけど、敵の可能性が少しでもあるなら、村の中で逃がしちゃったのはまずいよ」
「そうなんだよなぁ。とにかく、俺たちも全力で探すから、もし見かけたら連絡してくれ」
「わかった。注意しとく」
「頼むな。あー、あと無茶はするなよ。獣人は戦闘能力が高いらしいからな。下手に刺激したら殺される可能性だってある。いいか、見つけたら絶対に近づかず、速やかに兵士に連絡するんだぞ!」
「怖っ。しないよ、そんなこと」
「ならいいんだ。そんじゃあ、じゃましたな!」
そうか。獣人って強いんだな。確かに異世界もののアニメとかでも獣人は強いイメージがあったし、猫っていっても人間サイズの猫の爪だったら、俺みたいな子供の喉なんて、簡単に裂かれちゃうだろう。
しかし、せっかく村の防衛を強化してゴブリンニートまで飼ってても、怪我人として中に入れてしまってたら意味が無いなぁ。今後は観光客も増えるだろうし、中に入って来る人が変な奴じゃないかしっかり調べるシステムを作っておかないとヤバいなこりゃあ。
犯罪を犯したら手首のブレスレットが爆発するとかどうだろう? ちょっと残酷過ぎかな?
そんなことを考えていたら、そろそろおやつの時間が迫っていた。今日のおやつは芋団子。俺の大好物である。
店先の冷蔵庫から冷やしておいた芋団子を取り出すと、休憩中の看板を掛けて中に引っ込んだ。
芋団子は出来立てが美味いんだけど、流石に出来立てを保存しておくような魔法のチート袋なんて作れないし、ちょっと硬いけどしょうがない。
魔法でお湯を作り出して、急須の茶を湯呑に注げば、今日のおやつタイムの準備は完了だ。
「さて、それでは、いただきま……っ!?」
み、店の奥の暗がりで、光る2つの目がこっちを見ている。あの感じ……わかる。あれは、猫の目だ。
目の高さからして、間違いなくあの猫獣人だろう。
小隊長のおっちゃんの言葉を思い出す。獣人は戦闘能力が高い。見つけたら何もせずに、すぐ兵士に連絡をしろと言っていた。
だけど、これはもう完全にロックオンされてる。
地球に居たネコ科の動物、ライオンやトラにこの距離で出会ってしまえば、まず間違いなく食われるだろう。
つまり、俺はもう殺せる位置に居るってことだ。
「か、簡単に死んでやるものか。せめて魔法で一矢報いてやる。それか、あわよくば隙を見て逃げる」
今は杖を持っていない。だから威力の低い魔法になるけど、それでも無いよりは良い。
団子をそっと皿に置いて、左手を開き、いつでも魔法を放てるよう構える。
すると、向こうがゆっくりとこっちに歩き出した。足音1つしない完全な無音移動だ。そして、外からの光によって徐々にその姿は露わになっていく。
徐々に足から、最後は顔まで。
顔が光によってハッキリと見えた時、その目はまるで満月のようにまん丸に開かれていた。
ぺろり。猫女が下で唇をなめる。
来るか!
猫女がさらに一歩踏み出したところで、俺は左手を突き出して唱える。ウォー……「お団子くださいにゃ」はっ?
「な、なんだって?」
「お団子くださいにゃ。あとお茶もくれると嬉しいにゃ」
「……はぁぁぁぁぁ。どうぞ、食べていいよ」
「ありがとうにゃ! はむ!」
俺を狙ってたんじゃなくて、団子を狙ってたのかよ。紛らわしいなおい! 心臓バクバクだよもう。
「それにしても、なんで君この家に居るの? 病院の先生にしばらく安静にするようにとか言われなかった?」
「白い服のおじさんにはここに居なさいって言われたにゃ。だけど、あそこ変なニオイがして嫌だったにゃ。だから、美味そうなニオイがするやつの所に来たにゃ」
「美味そうな匂いがするやつって、俺のことか?」
「そうにゃ!」
でも、あの時は何も食い物は持ってなかったけどなぁ。コーラ・ポーションなら飲んでたけど、他には昼にサンドウィッチを食べたぐらいで、あれだってもう何時間も前の事だし。
「微かにお団子のニオイがしていた。私の鼻からは決して逃れられないのにゃ」
「……心を読むなよ。それより、それ食べたら病院に戻るんだぞ?」
「嫌にゃ。あそこに居たら私の大事な鼻がもげるにゃ」
「そこまでかよ……まあそれは後で考えよう。ていうか、君はなんでダムなんかに居たんだ?」
「それは…‥」
それは?
「わからないにゃ。というか、どこから来たかもわからないし、自分が何なのかもわからない。名前も何にもわからないにゃ。わかっていることは1つだけ! それは、芋団子がおいしいってことにゃ!」
おいおい、何もわからないって。こいつ記憶喪失猫なのか?
「あっ、もう1つ覚えてたにゃ。私は魔族にゃ!」
ええっ!?
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