第27話 領都大改造計画、始動
それからガッケノは領主様に、山のカルデラに造られた巨大なダムと、そのダムを造ったであろう巨大ビーバーがここ数ヶ月の間に忽然と消えたことを話した。
そして、このダムが崩壊した場合、自身が治める村と共に森全域が流されてしまうだろうということも。
「そのようなことがあったと。だが、それと魔族とがどう関係してくるのだ?」
「はい。私たちの村は、私が赴任する直前にゴブリンの襲撃に遭いました。当初こそこのゴブリンの襲撃は飢餓状態による群れの暴走かと思われていましたが、上位個体の様子が少しおかしかった点と、何より群れの頂点であるゴブリンキングが見つからなかった点を考えると、私はこの件に何か違和感を覚えておりました。そして、今回の件。この2つの件には、ある共通点がありました。それは、どちらも事態の中心に居るはずのモンスターが不在ということです」
「なるほど。おおよその話は見えた。しかし、この件に魔族が関わっているというのは、これだけでは断定できん」
「ええ、そうです。ですが1つ確実な事実があります。それは、どちらかでも成功すれば村は壊滅するということです。そして、そうなってしまった場合、我々人間はあの森に近づかなくなるでしょう」
「森か……」
「父上、私達はあの森に魔族が狙う何かがあると睨んでいます。そう、例えば古代の遺物が眠るという『ダンジョン』が、あの森のどこかにあるということは考えられないでしょうか」
ダンジョン、それはこの世界では超古代の遺跡の事を指す。
地下数層にわたって築かれた巨大な墓。というのが一般に知られている事だが、ガッケノによると、ダンジョンの内部には異物とよばれるものが眠っており、時には兵器、時には薬など、様々な役立つアイテムがあるのだとか。
前世でも古代の世界は現代より技術が発達していたかもしれない、なんてことを言われていたけど、この世界では本当に今より昔の方が進んでいたという証拠が見つかっているのだ。
「もし、森にダンジョンがあるとして、魔族が狙っているのだとすれば、黙って見過ごすわけにはいかんな」
「ええ。ですから今回は、その件の調査も含めて幾つかお願いをさせていただきたいと思っております」
「願いか。申してみよ」
「はい。1つ目は森の調査のための人員をお貸しいただきたいこと。2つ目はビーバーが造りだした巨大ダムの補強を行うための人員をお貸しいただきたいこと。3つ目は、かねてより騎士長からお話をさせていただいていたと思いますが、高速道路計画を進める許可をいただきたいということです」
ガッケノがわざわざ人員の貸し出しについて2件に分けて言ったのは、それぞれに割り当てる人員の数が纏めるには多すぎるからだ。
森は広大なうえ、ダンジョンは見つけづらい場合が多いため、探索には最低500人は欲しいし、ダムの補強についてもあれだけの大きさだ。こちらも500人は欲しい。
だから、結果的に同じ内容になるにもかかわらず、別の願いとして提示したのだ。
「ふむ、1つ目と2つ目については分かるが、3つ目はなぜ今このタイミングなのだ? まずは先の2つが解決してからでも遅くないのではないのか?」
「そちらは万が一の際に避難を迅速に行えるようにするためです。ですので、本来は領都を中心に東西南北に一直線に高速道路を造る計画でしたが、今回は南側だけにとどめたいと思っております」
「なるほどな。しかし、全て叶えるには問題がある。人員は森の探索とダムの補強にしか割り当てられん。どちらも最大600人ずつ、合計1200人までだ。聞くところによると、高速道路とやらの建設にも多くの人員が必要なはず。3つすべて同時にするというなら、そちらの人員はお前たち自らで捻出しなければならん。その当てはあるのか?」
「そちらについても、しっかり考えてあります。ご安心ください」
「そうか。お前がそこまで言うのならば、人員の手配と高速道路建造の許可を出そう」
「ありがとうございます!」
そこからの話は特に大したものではなかったので割愛させてもらう。
まあ、内容を簡単に言うと、ガッケノと家族の現状報告会みたいなものだった。
その時にガッケノから俺についても紹介があって、皆さんに軽く挨拶をしたら俺の出番は終了。あとはただ終わるのを待っていただけだった。
謁見が終わり今夜は城でお世話になる事になった俺たちは、メイドさんたちに綺麗な服に着替えさせられ、ガッケノは自分の部屋、俺は客人用のゲストルームで休んでいた。
ガッケノもいないし、何もすることがないので暇を持て余していたのだが、そこに部屋のドアをノックする音が鳴り、来客を知らせて来た。
入って来たのはなんと領主様。たぶんガッケノが来たんだろうとに思っていたので、一気に背筋がピンと伸びる。
なんで領主様が俺の所に尋ねて来るんだ?
「休んでいるところ、すまないな」
「い、いえ。全然、大丈夫です! はい!」
「ははっ、まあそう緊張せんでくれ。今は謁見の場ではない、ただガッケノの父として息子の友人に会いに来ただけだからな」
「は、はぁ。わ、わかりました」
いきなりこの領地で一番偉いオッサンが部屋に入って来て、緊張するなってのは無理でしょ。
「それで、領主様が自分を訪ねて来られたのは、どういう要件での事でしょうか?」
「うむ、その事なのだが……うちの息子、そちらの村で上手くやれているだろうか?」
「えっ?」
「私はずっと心配していたのだ。ガッケノは大丈夫かな。風邪ひいたりしてないかな。1人で心細くないかな、と」
「えっ? えっ?」
「ほら、うちの息子はちょっと硬いというか、不器用な所があるだろう? だから、人付き合いとか苦手な様子であったし、執事のベンザムと騎士長も側につけたが、やっぱり不安で……領都では一生懸命に頑張ってはいたのだが、私や兄たちと自分を比べてしまって落ち込むことが多かったのだ。どうだろう、ガッケノはそちらの村でも同じように落ち込んで過ごしていないだろうか?」
おいおい、ちょっと待てよ。これって、なんか聞いてた話と違くね?
「騎士長から村でガッケノに友人ができたと聞いた時、私も含め家族全員が大喜びした。だから私は君に対して非常に感謝している。見たところガッケノは人としても領主の卵としても随分成長している様子だったし、君の存在があの子にとても良い影響を与えたのは間違いないだろう。ありがとう、カイララ君。しかし、やはり1人離れて暮らす息子の事は、どんなに成長したところを見ても心配でな。あの子の友人としてガッケノが村で上手くやれているかどうか、ぜひ君に率直な感想を聞きたくてこうして訪ねて来たのだ」
この人、めっちゃ親バカじゃん!
なんだよガッケノのやつ。親父に期待されてないとか言っておいて、期待されてないどころか、気にされまくってんじゃねえか。
さっき、さらっと「友達ができたと聞いて家族全員大喜びした」とか言ってたし、お前たぶん家族の中で一番愛されてるぞ。さてはお前、鈍感か? 鈍感バカヤローなのか?
「そ、そうですね。今のところガッケノは上手くやれてると思いますよ。村の皆からも人気ですし、僕以外の友達もいますから」
「おお、やはりそうなのか! 騎士長に聞いていた通りだな!」
聞いてたんなら聞くなよ。
それから俺は、領主様に長いことガッケノの話を聞かされた。ついでとばかりに兄二人と最愛の奥方の話までされて、もうお腹いっぱいだ。
やっと解放されたのは、ガッケノが部屋を訪ねて来てくれた時だ。
ありがとうガッケノ。そして恨むぞガッケノ。
それにしても、ガッケノが来た瞬間のガチガチ領主モードへの切り替え様と言ったら、一体どうなってんだよ領主様。
ガッケノもなんか硬いし、やっぱよく似てるよこいつら。似た者親子だよ。
領主様は息子相手に、ガッケノは父親相手に、不器用を発動して変な空気になってる。頼むから、せめて俺が居ないところでやってくれ。
「父上、なぜカイララの部屋に?」
「ああ、お前が村でしっかり働いているかどうか、カイララ君に聞いていたのだ」
「そうですか」
「うむ」
「……」
「……」
やめろや。
その後、2、3回ぎこちない会話が続いた後、領主様とガッケノは帰って行った。
領主様はいいけど、ガッケノはお前何しに部屋に来たんだよ。
そして、なぜか精神的に疲れ切ってしまった俺は、ベッドに倒れ込んで朝まで目を覚ますことはなかった。
翌日の朝、あんまり寝た気がしなかったのは、夢の中で延々領主様に家族の紹介をされたからだろう。
変な名前のオンパレード。領主様、失礼だけどあんたのネーミングセンス終わってるよ。




