第24話 ドラゴンの口臭問題
ドラゴン、それは幻想ファンタジー世界において唯一無二の存在。エルフやドワーフ、ゴブリンにオーク、その他様々なファンタジーを彩る要素はあれど、ドラゴンほど強烈で印象深いモンスターはいないだろう。
俺はゲームはもっぱらRPGを好んでいたし、日本一有名なドラゴンがタイトルに含まれるあのゲームもやってきた。
他にもモンスターをハントするゲームでもドラゴンに触れてきたし、モンスターを育てるタイプのゲームなら真っ先にドラゴン系を育てたものだった。
つまり、何が言いたいのかというと、俺はドラゴンが好きなのだ。あのフォルムと口から吐かれる炎や氷。その全てが格好良く思えて、主役である人間よりもドラゴンの方に夢中だった。
そして、今そのドラゴンが俺の目の前にいる。
悠然と空を舞い、その口から炎を吐き出す西洋風のドラゴン。
その炎に触れれば、消し炭となり骨も残らない事が簡単に想像できる。
この状況で、兵士たちはなんとか炎を食い止めるべく、『エアロ』という空気の壁を作り出す魔法で対抗していた。
皆、死にたくないし、俺たち子供が後ろにいることもあって必死だ。
際限なく襲いくる炎。そして空気の壁に阻まれた炎が、周囲の森を焼いていく。
……熱い。
俺は額から汗を流しながら、自分も何かするべきだと頭の片隅で考えていた。
しかし、しかしだ。俺はその考えよりも何よりも、五感のひとつに強力に訴えかけてくるものによって、全力で叫ばずにはいられなかった。
「ドラゴンの口臭くさすぎんだろッ!?」
そう、エアロの空気の壁すら迂回して届くその臭いに、憧れと吐き気から地獄を見ていたのだ。
「お、おいカイララ! お前、ラズベリさんの弟子で魔法も使えるんだろ? 気持ちはわかるが、今は堪えて奴を攻撃してくれ!」
「いいや、おっちゃんに俺の気持ちは分からないね! ていうか、ラズベリって誰だよ!」
「お前らがオババって言ってる人だろうが! 師匠の名前も覚えてねぇのか!?」
「覚えてない以前に名前知らんかった! まあそんなのはどうでもいいんだよ! 今はあのドラゴンの息が臭すぎるって方が問題だ! 見た目はあんなに格好いいのに、なんでこんなに臭いんだよ! 全部だいなしじゃないか!」
「知るか! 俺だって男の子の憧れがあんな臭いで昔大ショックを受けたんだ! お前だけが被害者だと思うなよ!」
小隊長のおっちゃん……おっちゃんはどこか俺と同じ空気を感じる事があったけど、やっぱりおっちゃんもドラゴン好きだったんだね。車やバイクに興味津々なのも気持ちが分かるし、気が合う……いや、駄目だ。おっちゃんと同じだったら将来こうなっちまう。今のうちに修正しないと!
「ごめん、おっちゃん。俺、おっちゃんの事は嫌いじゃないけど、おっちゃんと一緒にはなれないんだ」
「何の話をしてんだ!? いいからお前もさっさと攻撃しろ!」
ショックはショックだけど、おっちゃんの言う事ももっともだ。ドラゴンはモンスター、俺たちを食うのが目的か、それとも追い払いたいのか分からないけど、逃げるために出来ることはやらないと。
俺は自分ように作った水魔法の杖を取り出す。俺の魔法適性は水と雷だから、水属性の杖とは相性がいいんだよね。だから、火炎属性は初級以外使えないかもって分った時はショックだったなぁ。
オババって本当の事をズバッと言うタイプだから、中級火炎魔法を教えてくれって頼んだら「お前は才能ないから無理」ってハッキリ言いやがったんだ。せめて適性が無いと言えよクソババア。
ちなみに前に使った遮光の魔法『ブラック・サン』は水魔法ね。発生させた霧で光の反射を調節して室内に入って来ないようにしたんだ。火とかの光だと揺らぎがあるから、太陽の光はやり易くて良い。まあ、その分光量が多いからこっちも魔力を込めないといけないんだけど。
てことで、早速俺の水魔法の力を見せてやるとしますか。
俺が使う魔法は、水属性初級魔法『ミスト・カーテン』!
この魔法によって、ドラゴンは霧に包まれて視界が狭くなる。その間に撤退だ!
「って、あれ? ドラゴンはどこに行ったんだ?」
「なに1人でブツブツ言ってんだ、カイララ。ドラゴンなら何故か地面に降りてきて、下向いたまま動かなくなっちまったぞ。なんか知らんがこれはチャンスだ。この間に撤退するぞ。お前も急げよ」
「はあ……?」
いやいや、さっきまで元気に飛び回って俺たちに火吹きまくってたじゃん。それなのに、何で急にあんなしょぼくれたみたいになってんだよ。
気になるなぁ。
でも、おっちゃんの言う通り撤退しないと、あいつがまた動き出すかもしれないし。
「……いや、無理だ気になる」
ちょっと近寄ってみるか。水魔法で自分の体を見えにくくさせる『迷彩』の魔法を使えば、少しばかり近づいてもバレないだろ。
兵士と兄ちゃんたちが散らばった荷物を急いで回収している中、俺はしょぼくれたドラゴンに近づいて行った。
予想通り、俺の『迷彩』は機能しているようで、ドラゴンは俺が近づいていることに気がついていない。さて、一体どうしたんだ。翼に穴が開いたのか? それとも食あたりで腹を下したのか?
茂みから良ーく観察して、あいつに何が起きたのか見てやる。
ある程度近づくと、途中から何かブツブツと呟くような声が聞こえてきた。低い男性の声、普通に人間が喋っている声にしか聞こえない。しかし、その声はドラゴンに近づく度にハッキリ聞こえるようになっていく。
そして、ついにドラゴンの全身が山のように感じられる距離まで辿り着いた時、俺は気づいた。この声はドラゴンのものだったのだと。
「待って。我って口臭い? いや、違うよね? あの下等生物が勝手に言ってるだけだよね? ……でも、前に幼馴染のリカちゃんに話しかけた時すごく嫌な顔されたし、あれって口が臭いってことだったのでは? リカちゃんのことが好きだったから積極的に言い寄ってたあの時も、友達になろうとタカシ君を遊びに誘った時も、どっちもやんわりと断られたのって口臭のせいだったのか? ハア~……わからない。なんで自分の口臭は臭わないのだ? あらかじめわかっていれば対策が立てられたのに。こんな禿山にひとりで住んでるのも皆に勧められたからだったし、絶対あいつら我のこと嫌ってるよね? だって、我以外誰も外に巣なんて作ってないじゃん。あーあ、もう何もかもどうでもいいや。死のう」
やっべー。俺のせいでこのドラゴンが特大の“病みドラゴン”になっちまってたよ!
ドラゴンが喋るってことにも驚きだったのに、クソ長い病み構文のせいでそんなの全部どっかにぶっとんだわ。
どうする、こいつ放っておいたらマジで死ぬかもしれないぞ。だってあれ、今にも自分の翼を食いちぎろうとしてるじゃんか。飛べねえドラゴンはただのトカゲだぞ。
慰めるか? いやでも、元凶の俺が何か言ったところで殺されるのがオチでは?
「……ええい、迷っている暇はない! そこのドラゴン、翼を食い千切るのちょっと待った!」
「む? お、お前は! 我の息が臭いと騒いでいた人間! なんだ、この期に及んでまだ我を責めようと言うのか!?」
「い、いいや違うよ。むしろ責任感じて出て来たって言うか……と、とにかくだ! なあ、あんた。ちょっとぐらい口が臭うからって別に翼を千切る必要なんてないじゃないか。あんた見た目は十分いけてるんだしさ」
「これでもか? ハア~」
「うっ……!」
く、くせえ。
「ふん、ほらな。口では優しい事を言っておいて、我の口臭に耐えられないという顔をしているではないか! もういいから放っておいてくれ! 我はもう終わりなんだ!」
「そ、そう言うなよ」
ど、どうしよう。こいつ本気っぽいぞ。
こうなったら仕方ねえ、俺が面倒をみるしかないか。
「な、なあ。それなら、俺があんたの口臭を何とかしてやるよ」
「なんだと? お前ごとき人間にそんなことが出来るというのか?」
「まあな。俺のスキル、『設計図』って言うんだけど、こいつがあれば大抵の物は作れるんだ。あんたの口臭を解決する物だって作れるさ」
……たぶん。
「ほう。ただ我を追い詰めたことで責任を感じて口走っただけではなさそうだな。では、貴様の提案に乗ってやろう。ただし、もし解決できないとなった場合は、貴様の住処を焼き滅ぼすぞ」
「ふん……脅しか? 怖っ。やっぱやめとこうかなぁ」
「あっ、嘘うそ! 本当は焼き滅ぼしたりせんよ。ちょっとぽわっと火は出るかもしれんが、それだけ。だから頼む。我を助けてくれ!」
「それじゃあ、脅したから条件追加で。この禿山で採掘させて欲しいんだけど」
「いいよ!」
「よし、決まり」
こうして俺は、口が臭いドラゴンをペットにしたのであった。