第23話 ドラゴンの住む山
俺達は今、午前中の涼しい時間帯に村を出て、禿山に向かっている。
材料を運ぶための小型バイクと車輪付きの荷台を中心に、それを囲むように小隊長のおっちゃんと10人の兵士たちがいて、俺は兄ちゃんとマリーちゃんと一緒に荷台の後ろを歩いていた。
「それにしても、あのバイク造ってて良かった」
「あれ、凄いよな。小隊長さんも夢中みたいだし」
「うん、子供みたい」
「まあ、おっちゃんの気持ちは分からなくはないけど、隊長としては見せてほしくない姿だよね」
こうして後ろで散々子供に言われていても、小隊長のおっちゃんは少しも気にした様子はない。というか、たぶんおっちゃん気がついてないな。
「それにしても、カイララ。あのバイクとかバスってどうやって動いてるんだ?」
「あれはね、バイクの真ん中あたりに凄い音が鳴ってるところがあるでしょ? あれはエンジンっていってね、水の魔石から出た水素と酸素に魔力を変換して作った微弱な電気を流すことによって、爆発を起こしてピストンを……」
「あああー! もう大丈夫だ! よく分かった!」
「そう? 分かったなら良かったけど。まだ話せるよ?」
「いや、もう十分だよ。ありがとう」
もうちょっと詳しく話せたんだけどなぁ。
「なんだか、カイララも変わってきたね。前は作った物のことそんなに分かってなかった」
「あれ? 言われてみれば確かにそうだね。俺のスキルも知らないところで成長してるのかな。スキルの追加効果とか?」
「それか、カイララ自身が自分の作った物に前よりも興味を持つようになったとかかも知れないぞ」
「そうかな? そうだったら、スキルの影響で詳しくなってるより、ずっと良いな」
何事もなく順調に進む旅路。俺たちの存在を察知したモンスターもいるのだろうが、こちらの数が多いからか何も現れない。
しかも、今歩いている道はゴブリンキング捜索の際に騎士達が作った物資運送用の簡易道路だ。これじゃあ冒険感は薄い。
気の抜けた俺たちの話声が森に響くのも仕方ないってもんだ。
禿山までの道のりだが、途中まではこの簡易道路を行き、ある程度行った所からは新しく道を作りながら進むことになる。つまり、そこまではこの緊張感のないほぼ散歩が続くわけだ。
「おーいチビたち。あんまり森をなめてたら痛い目見るからね、しっかり周りを警戒して歩きなよ」
「でもバネッサさん達が居るじゃん」
「それはそうだけどね、うちらが居ても絶対守ってやれるってわけじゃないんだ。自分たちで警戒しておかないなら、結果的にどうなっても知らないよ?」
「それ市民を守る兵士が言っていい事なの? まあ、正論だからやるけどさぁ」
「良いんだよ。絶対って言いきる奴ほど信用できないだろ? チビたちもいずれは自分達だけで森に入るかもしれないし、その時の練習と思っておけばいいのさ」
うーん、バネッサさんは姉御肌だなあ。流石、小隊長のおっちゃんの隊の中だったら、副隊長のフラムさんの次に信頼できると言われている人だ。言う事も違うし頼りがいもある。
あ、ちなみに隊の中じゃおっちゃんが一番信用度が低いみたいだよ。まあ、普段の様子見てたらそうなるわな。
バネッサさんに言われた通り、俺たちは話すのもそこそこにして周囲の警戒をしながら歩いた。意識をしっかり森に向けてみると、何もいないと思っていた森にもしっかり何かがいる気配があって、俺たちがいかに緩んでいたかがよくわかった。
その後、途中の開けた場所で休憩ついでに昼食を取り、さらに簡易道路を進んで行くと、道路が大きく右にカーブする場所に差し掛かった。どうやら、ここが分岐点らしい。
兵士の人たちの半分が代わる代わるに木を切り倒して道を作っていく。残った切り株はマリーちゃんが掘り返して、俺たちも手伝って脇にどかしていった。
やはり、その作業がある分、簡易道路を進んでいた時よりずいぶんと進みが遅い。これは禿山まで辿り着くのに何日か掛かりそうだな。
一応、往復10日分ぐらいの必要物資は持ってきてある。備えあればなんとやらで、しっかり準備してきて良かった。
昼休憩から大体5時間ぐらいたった頃、そろそろ日が沈み始めるという事でもう少し進んだらキャンプスペースを確保して今日は終了しようと話が出た辺りで、俺たちはこれまで聞こえていなかったある音を聞いた。
バイクの音がそれなりにあったせいで近づくまで全く気が付かなかったのだが、進行方向に幅の広い川があったのだ。
「おっちゃん、森の中にこんなに大きな川が流れてるなんて、騎士の人たち言ってたっけ?」
「いや、聞いてないな。たぶん、あいつらが向かったルートじゃあ川に行き当たらなかったんだろう。じゃなきゃ、俺たちよりキッチリしてるあいつらが報告書に書かないわけがないからな」
「うん、まあそうだよね。しかし、これはだいぶ進行に遅れがでそうだなぁ。この川幅じゃあ上流から浅瀬を通って行くなんて現実的じゃないし、もう橋を造るしかないよ」
「そうだな。となると、ここはカイララのスキル頼みになるが、お前のスキルならどれぐらい短縮出来そうだ?」
ふむ。川幅はあるけど流れは結構ゆっくり目だな。増水時の耐久性とかを考えて造るなら俺のスキルでも1ヶ月はかかりそうだけど、今回使うだけなら5日あれば行けるか。
「5日か。となると食料の事を考えてもギリギリだな。これは場合によっては山に付いた途端引き返すことになるかもしれん」
「途中の森で食料調達したとしても無理?」
「無理だな。それでも伸ばせて1日2日だ。まあ、元々今回はちょっと掘ったら帰るつもりだったんだろ? なら別に問題はないんじゃないか?」
「問題はない事はないけど、食料がなくなっちゃうんじゃ仕方ない」
初日は川辺でキャンプすることになり、しっかり英気を養った後、翌日からは川に橋をかける作業が始まった。
使う材料は木材のみ。木を組んでは支柱を川底に打ち込み、足場を徐々に伸ばしていく。ある程度まできたら今度は反対側からも同じように組んでいって、予定通り5日で簡易的ながら割としっかりした橋が出来上がった。
ただ、この時点で誤算が1つだけあった。予定外の橋の製造で規模が大きかったこともあり、兵士たちの体力がだいぶ削られてしまったのだ。
「こりゃあヤバいな。カイララ、ここからの行程次第だが、もしかしたら山に付く前に引き返すかもしれねぇ。悪いがそこは覚悟しておいてくれ」
「もちろん。小隊長のおっちゃんの判断でどうするか決めていいよ」
「すまねえな。それじゃあ、今日も無理せず山を目指して進みますか」
橋は完成して向こう岸にも渡ることが出来た。だが、士気はともかく体力は削られているので、橋を造る前よりもその歩みはむしろ遅い。
それでも何とか兵士たちは気力を振り絞って頑張ってくれた。
そのかいあって、俺たちはその後、その後、丸1日と数時間をかけて、ようやく禿山の麓にたどり着くことができた。
「ふう、やっと到着したな。よし、ここまでの道は開けた。少し休んだら次は引き返す。一旦村に戻って出直しだ」
「了解!」
あちらこちらから聞こえてくる了解の声。小隊長のおっちゃんもバイクのエンジンを止めて、いま切って来た切り株の1つにドカリと腰を下ろす。
「ふぅ……」
「流石におっちゃんも疲れたみたいだね」
「まあな、今回はちょっとトラブルが多かったわ」
「でもバネッサさんはピンピンしてるみたいだけど?」
「あいつは別格だ。見ろよあの筋肉、俺よりひと回りもデカいんだぞ」
「うん、綺麗だよね」
「……お前、そっち系かよ」
それにしても、見上げてみれば禿山は見事に草木が全然生えてないな。生えてても上り始めて少しぐらいまでで、中腹からは完全に岩と赤土ばかりだ。こりゃあ、やっぱりこの山は活火山ってことなのか?
活火山の場合、条件によってはこんな風に草木が一切生えない山になる事がある。この山がそうだとすると、採掘にはかなり気を使う必要が出てくるんだけど、それでも活火山なら鉄資源は豊富な可能性は高いので、やらない選択肢はない。
俺が山を眺めながらどの辺りから採掘調査をしていこうかと考えていると。時間になったのか、小隊長のおっちゃんが声をかけて来た。
「おーい、そろそろ引き返すぞー」
「りょうかーい」
ひとまずこのことは、帰ってからガッケノと話そう。そう思って山に背を向けたその時だった。
一瞬、何かの影が太陽の光を遮ったと思うと、後ろの山から猛烈な熱風が降りて来たのだ。
その熱風に誰もが山の方へと向き直る。そして、俺たちは見た―― 見てしまった。
まるで火の山と化した禿山と、その上空から俺たちを見下ろしている真っ赤なドラゴンの姿を。




