第21話 マリーちゃんの勘違い
最近、村はずっと騒がしい。
あのゴブリンたちが村を襲ってきた時から、私たちの家も変わったし、お城も建った。トイレとかお風呂とか、これまで村に無かったものが当たり前になって、前からみんな笑顔で暮らしてたけど、もっと楽しそうに笑ってる。
それも全部、あの男の子が居たおかげだ。
私の家のお隣に住んでいる、メキャッツおばさんの子供で、私と同い年のカイララ君。
初めて会ったのは5歳の頃だったけど、あの時はひとりでボーっとしてて変な子だなと思ったのを覚えてる。
話しかけてもスキルがどうとかブツブツ言ってて、私が名前をカイって省略して呼んだ時だけ、ちゃんと「カイララ」って呼ぶように注意してくる。そんな子だった。
そんなカイララが変わったのは、6歳になってスキルが使えるようになってからのこと。
カイララのスキルは『設計図』という物を作るスキルだったみたいで、メキャッツおばさんと同じ『家庭菜園』のスキルを持っていた私にも、色々な道具を作ってくれた。
特に私のお気に入りはスコップ。
私はあんまり人と話すのが得意じゃないし、1つの事をずっとやり続けるのが好きだったから、土を掘るのが野菜作りの中で一番得意だったんだ。
でも、木の板で土をほぐして手で土を掬うのは、手が痛くなってすぐ出来なくなってしまう。だから、カイララが作ってくれたスコップのおかげで手で土を触らなくて良くなってからは、本当にずっと穴掘りを続けられてすごく嬉しかった。
おかげでスキルレベルもどんどん上がっていって、お母さんとお父さんにいっぱい褒められた。
それからカイララは猟師さんが使う用のものを作ったり、オババの魔法の杖を作ったり、薬づくりのお手伝いもしていたみたい。
だけど、私はあんまりカイララと話すことはなかった。たまに会ったら挨拶するぐらい。
そんなある日、ゴブリンが村を襲ってくるかもしれないってことが分かって、私はまたカイララと話すことが多くなった。
村の周りに濠を作るから、私たちに穴を掘って欲しいってお願いされたんだ。
私は、カイララから渡された新しい大きなスコップで穴を掘った。その穴掘りが楽しくてしょうがなくて、カイララに1人で沢山掘っていいか聞いたくらいだった。
それから、カイララは穴を掘る用事がある時はいつも私を呼んでくれるようになった。
皆の家に排水用の下水管を設置する時も、お城の周りに大きな濠を掘る時も。私は1番に声を掛けられて、1番多く穴を掘った。
カイララはいつも喜んでくれた。ただ穴を掘っていただけの私をすごく褒めてくれた。
だから、私は自然とカイララと話すのが苦手じゃなくなった。他の人は家族とメキャッツおばさん以外みんな苦手だったのに、カイララと話すのはむしろ好きになった。だって、カイララと話すときはいつも穴掘りが出来るから。
そのことをお父さんとお母さんに話したら、2人とも大喜びだった。何がそんなに嬉しいのかは分からなかったけど、お母さんからはカイララともっと仲良くなりなさいって言われた。
それからは時々、カイララのお兄ちゃんのマルス君とカイララと3人で遊んだりした。カイララにスライムをいっぱい増やしたいから大きな穴を掘って欲しいって言われて、3人で穴を掘ってすごく楽しかった。
でも、お城が完成して、テーマパークとアニメ作りが始まると、カイララと話すことはまた減っちゃった。
マルス君は時々遊んでくれるけど、やっぱりカイララが居ないのはちょっと寂しい。
最近、カイララはアニメ上映会の関係でずっと領都に行ってる。
「はぁ……」
「どうしたんだい、マリー。何か元気がないね」
「うん、カイララが居ないからつまらなくて」
「おや、これは……マリー、マリーはカイララ君のことは好きかい?」
「む? 好きだよ」
「そうか! お父さんちょっと複雑だけど、嬉しいよ!」
「何でお父さんが嬉しいの?」
「ん? あーはは、それは良いじゃないか。それより、カイララ君の事が好きならマリーはもっとカイララ君の事を良く知らないといけないね。カイララ君はあんな感じだから、ライバルが多いぞ~」
カイララの事を良く知らないといけない? よく分からないけど、確かに私はカイララの事をあまり知らない気がする。
「でも、カイララの何を知ればいいんだろう?」
「ふふふ、それならマリーがまず知らなきゃならないことは決まってるよ。ズバリ!
マリーがカイララ君について一番に知らなきゃならないのは、カイララ君の好きな女の子のタイプだ!」
好きな女の子のタイプ? 何でそんなことを知らなきゃならないんだろう? 男の子のタイプは聞かなくていいのかな?
うーん、でもお父さんの言う事だから、やっぱりそれが一番知らなきゃならない事なんだよね。
「わかった。カイララが帰って来たら聞いてみる」
「おっと、直接聞くのもいいけど、まずはカイララ君を観察したりカイララ君の事を良く知っている人から探れないか試してみるんだよ。直接聞きに行ったらカイララ君にバレちゃうからね。こういうのには駆け引きも大事なのさ!」
「何言ってるのかわからないけど、わかった」
「よし! あ、そうそう、そのカイララ君だけどね。なんと今日村に帰って来るみたいだよ。お昼も過ぎたし、たぶんそろそろ着く頃じゃないかな?」
「ほんと? じゃあ、わたし行って来る!」
「気を付けて行くんだよー」
カイララが帰って来る。それを聞いた私は居てもたってもいられなくて、家から飛び出した。
だって、久しぶりにカイララに会えるんだ。カイララに会えたら、次はどんな穴掘りをするのかとか、話したいことが沢山ある。
村が広くなったから走ってもすぐには入り口につかない。それでも休まずに向かって行けば、少しして村の入り口に置かれたでっかい箱みたいなものが見えて来た。
近づいてみると、その中から見たことのない人たちが沢山出て来ているのが分かった。でも、その中をいくら探してもカイララの姿はない。
「はーい、ここからはうちの副長のフラムが案内しますから、皆さんは一列に並んでくださーい」
あっ、あの人は知っている。この村にずっといる兵士の人たちのリーダーの人だ。確かカイララが小隊長のおっちゃんって言ってたっけ? あの人に聞いてみよう。
「あの……」
「うん? 君は確か、カイララの幼馴染のお嬢ちゃんだったか? どうした? 俺に何か用かな?」
「か、カイララはどこに……いますか?」
「あー、カイララか。あいつなら村に付いた途端に走って言っちまったよ。確か城に行くって言ってたな」
「あ、ありがとうございます」
「良いってことよ! あっ、そこの人! 列からはみ出さないで!」
カイララはお城に行ったらしい。
私はカイララを追ってお城に向かった。お城には私がガッケノ君のお友達だからという理由で、いつでも入れるようになっている。カイララより私の方が足が速いから、このまま追いかければ城の中で会えるはず。
城に到着すると、入ってすぐの階段を駆け上がる。
カイララは多分、ガッケノ君の部屋にいるだろうから、2階と3階は見なくていい。
「ハア……ハア……ふう、やっぱりここにいるみたい」
扉の奥から声が漏れている。どうしよう、何か大事な話をしてるかもしれないし、ちょっと待った方がいいかな?
結局、私は扉の前で少し待つことにした。カイララはともかくガッケノ君は偉い人だし、まだあんまり一緒に遊んだこともないから、お友達だけど話しづらいし。
「……から、ヤバいんだって!」
息を整えると、中で話している声がよく聞こえるようになって来た。ヤバいって、何の話なんだろう? やっぱり難しい話しているのかな?
「じゃあ、君はどんなタイプの女……好き……んだ?」
えっ、タイプの女? 好き?
「俺はもう決まってる! 背が高くて筋肉ムキムキでおっぱいが大きい女性だよ!」
「……!?」
カイララの好きな女の人のタイプ……自分の体を見る。
背は低い。筋肉もない。おっぱいも全然ない。
……!
私は城から外に出て走り出した。そして、家に帰ると自分の部屋で支度を済ませてまた外に出る。
「マリー! どこに行くんだい? カイララ君には会えたの?」
「うん、カイララの好きな女の子のタイプわかった。だから、今から兵舎に行ってくる!」
「へ、兵舎? あっ、行っちゃったか。……それにしても、なんで兵舎なんだ?」
私は走る。今度は兵舎でとある人に会うために。
「バネッサお姉さん! 私を背が高くて筋肉ムキムキでおっぱいが大きい女にして!」
「はあっ!? いきなり来て何言っちゃってんのこの子は!?」
バネッサお姉さんは全部当てはまってる。
完璧だ! これで私もカイララの好きなタイプの女の子になれる!
◆◇◆
一方、マリーが去った後のガッケノの部屋では。
「だから! 本当にヤバいんだってハニートラップ! 小隊長のおっちゃんなんて俺が居なかったら何回引っかかってるか分からないんだぞ!? しかも、こんな子供の俺にまで色目使って来るんだから!」
「それは分かるが、だからと言ってそんな事までする必要があるのか? 気を付けていれば問題ないだろう」
「甘い。甘すぎるぞガッケノ! 思春期の男っていうもんは、どいつもこいつもただのサルになり果てるんだぞ!」
「それで特殊性癖になろうと?」
「そうだ! 俺は背が高くて筋肉ムキムキでおっぱいが大きい女にする! ガッケノはどうするんだ?」
「私は別に……というか、それなら胸は小さくてもいいのでは?」
「いや、それは駄目だ! それだけは譲れない! どうやら、お前は何も分かっていないようだな。俺が今から教育してやる!」
「それはなにかズレてないか?」
こんな話がされていた。
マリーの勘違いが正される時は来るのだろうか。
それとも、カイララが責任を取らされるのか。
今はまだ、誰にも分からない。