第18話 まずは村から
『ガッケノ高速道路』は、辺境伯領の街道に沿って領都を中心として十字に伸びるように作る事を予定している。
これは、辺境伯領から他領に向かうルートと、辺境伯領内の主要都市をなるべく通るように考慮して場所を決めた。
ルンバー辺境伯領は北に伯爵領があり、南に俺たちが住む村。西に海、東は背の低い山脈を挟んで男爵領となっている。
特に重要なのは北の伯爵領へ向かうルートで、この辺境伯領から王都へ向かうには必ず、北の伯爵領内を通ることになる。
急に王都に行かなくてはならないこともあるかもしれないし、そうでなくても移動時間が短くなるのはメリットでしかない。
また、高速道路があれば西の港町からの海産物も中央の領都までであれば届けられるようになるのも、大きなメリットだ。
傷みやすい生の魚を新鮮なまま届けられるようになれば、領都の食文化がさらに発展するだろう。
食が豊かになれば人の心も潤い、さらに物流の活発化にもつながることは間違いない。ガッケノを褒める理由には十分だ。
「だけど、この高速道路建設にはいくつか問題があります。まず一つ目は、材料の確保に時間がかかるということです。辺境伯領内のみとは言え、必要なコンクリートと鉄の量は膨大。まずはこれを確保する必要があります」
「その材料の確保には、どれくらい時間がかかるのだ?」
「これに関しては、そもそも材料のありかを探すところからになります。一応、目星は付けている場所はありますが、最悪の場合、数年ぐらいはかかるかもしれません」
まあ、それもあくまで東西南北全てを繋いだ場合の話だ。一方向だけなら一年くらいでなんとかなるだろう。
「二つ目は、この高速道路の建設には当然、辺境伯様の許可が必要だと言うことです。これについては騎士長さんが一月に一度、辺境伯様とやり取りをしているそうですが、騎士長さんの方から辺境伯様に話を通してもらう事は可能でしょうか?」
「可能だ。私もこの高速道路とやらの有用性は理解したし、辺境伯様へ話を通すことは構わないのだが、正直、今のままでは厳しいかもしれん」
「そこは詳細な仕様書を準備してメリットとデメリットを提示した上で向こうに判断してもらうしかないでしょう。その結果、もし許可がもらえなかったとしても、別件から再度アプローチをかけてみることにします。ひとまず俺の方で仕様書を完成させておきますので、出来上がったら騎士長さんはこれをガッケノからとして辺境伯様に提出お願いします」
「承知した」
騎士長がこれに同意し、全員反対意見なしで話が進む。
高速道路についてはこれで一旦終わりとして、次は計画の初期段階の話だ。
「高速道路は先ほども話しましたが『辺境伯領・大改造計画』の中盤で実施する予定のものになります。ですので、次は計画の初期段階について話したいと思います」
まず計画を3つのフェーズに分けるとする。
そのフェーズをそれぞれ、初期、中期、後期と呼ぶとして、『ガッケノ高速道路』等の辺境伯領全体に関係する事柄を中期に分類した時、初期にするべきことは何か。
それは、村の発展である。
そもそも、この計画の根幹は俺が村を発展させて自分の過ごしやすい世界を作り出すというところにある。それが領全体規模になったからと言って、自分が普段住んでいるこの村の発展がおろそかになっては意味がない。
俺の狙いとしては、この村から技術が伝播していくように領内に広がって行くようにしたい。それによってこの村に対する関心を呼び、金を落とすような施設と宿を用意しておけば、観光地および技術発展の最先端の地として両面で金がガッポリ入ってくることになる。
「ガッケノの領地はこの村が起点です。村の発展なくして領全体の発展はありえません。というか村をおろそかにするようなら俺が協力しないです。なので、まずは計画の初期段階としてこの村の急速な発展を進めていきたいと思います」
「村の発展ねぇ。ここ数ヶ月で村はかなり変わったと思うが、それでも足りないのかい?」
「あんなのじゃ発展の『は』の字にかすってすらいないよ。城はともかくとして、他はうちの村じゃなきゃどこにでもある普通の平屋だし、壁も少し大きな村ならこれぐらい当然にあるだろう? それに、発展っていうのは人の数だ。この村によその人が住みたいと思うような産業を起こすことが発展につながるんだよ」
「ほう、そこまで言うなら相当自信のあるプランなんだろうねぇ。聞くのが楽しみだ」
オババがニヤニヤしながら煽るようにそう言ってくる。これは口出しする気満々の顔だな。まあ、俺が一方的に話して決定じゃあオババたちを呼んだ意味がないし、望むところなんだけど。ムカつくから、いっちょかましてやるか。
「期待してくれてありがとう、オババ。それじゃあその期待に応えて、プロジェクトを発表させてもらうとしよう」
俺はテーブルの上に家から持ってきた大きな木版を置く。
「『キティーズ・ランド』これが、俺が考えた新しい村の産業、観光施設「巨大テーマパーク」だ」
ゴブリン騒動の頃から思っていた。この村の人々は皆、スキルに縛られ過ぎていると。
狩人のスキルを持っている人は狩人の仕事しかしないし、農家のスキルを持っている人は農業しかしない。
だから狩人たちに配慮して、オババは森ごとゴブリンを倒すのをためらったし、村から逃げるという死を回避する簡単な手段があったのに、どうせ余所に行っても狩人として仕事ができないなら残って死ぬという人までいた。
皆、スキルというものの偉大さのせいで、自分のスキルに関係する仕事以外はできないと思い込んでしまっているのだ。
聞けば、領都では人口が多い分、自分のスキルに全く関係のない仕事をしている者も当たり前にいるという。
この村には、仕事というものに対する新しい考えを広めるための、新しい風が必要だ。
そのためには、この国の何よりも人の目を惹きつけるような、力のある産業が望ましい。
だから俺は、この村の新しい産業として、テーマパークを建設しようと決めた。
「な、なんだいこれは! こんなものが村の産業になるって? そんな訳ないだろうが! カイララ、お前頭がおかしくなっちまったのかい!?」
「なわけねーだろババア。これにはちゃんとした狙いがあるんだよ」
見ればオババの他に、村長とガッケノも困った顔をしている。確かに、この木版と資料に書かれた限られた情報だけじゃ、そんな顔になるのも当然だよな。
「だが、カイララ。このテーマパークというのは、見たところ遊ぶ場所という印象を受ける。資料に書いてある内容からして楽しそうな場所というのは分かるのだが、これで本当に村の外から人が来るようになるのか?」
「村長。ハッキリ言ってこれだけじゃ人は来ないよ」
「では、このテーマパークは造るだけ無駄ではないか」
「いやいや、さっきも言っただろ。これだけじゃ人は来ないって。テーマパークに人を呼ぶための手段はちゃんと考えてあるよ」
そこで俺は会議の資料と木版と一緒に籠に入れて持ってきた、あるものを取り出した。それは、透明な数十枚の小さな板と、穴の開いた箱。
箱を壁に向け、上から透明な板を差し込む。
「すみませんが、部屋を出来るだけ暗くしたいので『遮光』の魔法を使わせてもらいます」
外からの光に対して魔法を発動する。
……ブラック・サン。
よし、これで太陽の強い光でも遮断できた。あとは箱の後ろから手を突っ込んで……ライト。
すると、会議室の壁一面にデフォルメされた大きな猫が映し出された。
「おお! こ、これはなんだ!」
そんな声が聞こえる中、俺は中で透明な板を落ちないようにしていた留め具に手をかけた。
あとはこれを解放すれば始まる。
そう、俺がこれからやるのは―― 無音アニメの上映会だ。