第16話 辺境伯領・大改造計画
城が完成した。
見上げれば天守閣が堂々とその存在を主張し、これぞまさにこの土地を治める者の居城といった風格がある。
ガッケノや村人たちには馴染みが無い形ではあるものの、圧倒的な雰囲気のある格好いい城を皆気に入ってくれた。
内部は1階に会議室と厨房と倉庫、2階に宴会場と騎士たちの部屋、3階に執事とゴブリンニートの部屋、4階にガッケノの部屋、5階に展望台となっている。
5階に上るのに階段ではつらいので、ある程度魔力操作ができる人間のみ使える魔導エレベーターを設置。ガッケノや騎士たちは当然魔法が使えるので、3階以上に行く可能性がある人達は全員問題なくエレベーターを起動できるだろう。
ゴブリンニートはどうせ部屋から出ないし、どうでもいい。
城を造り始めた当初、このガッケノ城の建築予定期間は半年と見積もっていた。けれど、結局やり切ってみたら3ヶ月で築城が完了。
これにはガッケノも驚いていたが、当然からくりがある。
予定より2カ月も早く完成したのは、当初より使える人数が増えていたからだ。
そう、城の建築途中に俺の『設計図』のスキルレベルが60になったのである。
レベル60での能力の変化は、指示出しできる人数が75人に増えるというもの。これまでが50人だったので、一気に1.5倍になったという事になる。
そうすると、人数が増えたぶん作業効率もスピードも上がるので、あっという間に外観が完成し、内部の調整も終えることが出来た。
人数の確保が難しい時もあったので、もし全体を通してフル人員で作業出来ていたら、もっと早く完成させられていたかもしれない。
とにかく、ここに俺の造った城第一号である『ガッケノ城』は完成した。
これで俺がガッケノにしてやれることは全部した。
しばらく休んだら、元の生活に戻ろう。
そう思っていたんだけどなぁ。
あれは城の建築が終わって3日後の事だった。
大仕事を終えて1週間ぐらいはだらけて過ごす予定だったのだが、自室のベッドで昼間まで寝ていたら、急に部屋に入って来た母さんに叩き起こされたのだ。
何事だよと思いながらリビングに行ってみれば、そこにいたのはガッケノ坊ちゃん。
何してんだお前? と寝ぼけた頭で言い放ったら、母さんにひっぱたかれた。痛い。
「いいんですよお母様。私とカイララは親友どうしなので」
「あら、うちのカイララと城主様がですか? すみません、この子あまりそういう事を話さないものですから」
「おや、そうなのですね。駄目じゃないか、カイララ。ちゃんと私と親友だという事を言っておかないと」
「うっせえ。てか、いつ俺とお前が親友になったんだよ。……まあ、いいや。それで、今日は何しに来たんだ? 言っておくけど、面倒ごとは手伝わないぞ」
「わかっているよ。今日はパーティをやる事になったから、親友である君に真っ先に知らせに来たんだ」
「ふーん、そうなんだ。連絡ありがとね。じゃあ、俺寝るから」
そう言って部屋に戻ろうとすると、腕を誰かに掴まれた。
見れば、ガッケノが俺の腕を掴んでやがった。子供の手だ、俺以外にここに子供はガッケノしかいない。
「まあ、待ってくれカイララ。このあと少し、ついて来て欲しい場所がある」
「いいや、待たない。俺は部屋に帰って寝るんだ。城造りで疲労困憊だし、あと2日はベッドから動けないね!」
「ふむ……爺、昨日のカイララの様子を教えてくれ」
「かしこまりました。昨日のカイララ様は、お兄様とマリー様と共に外で元気に遊んでおられました。私の見立てでは、疲れはすっかり回復されていたご様子でした」
げっ、マジか。この執事の爺さん俺のこと見張ってたの? 全然気づかなかった。てか、今の感じからして見張らせてたのガッケノだろ。こいつヤバくね?
何にせよ今は言い訳しないと。昨日遊んだのは確かに本当だけど、あれは求められて仕方なかったんだ。色々手伝ってもらったし、マリーちゃんの誘いは断れないって。
「あー、それは確かに遊んだけど。ほら、休みにも色々種類があるだろ? 昨日遊んだのは、体じゃなくて心のリフレッシュのためさ」
「ほう。なら、今から私と遊ぼうじゃないか。それなら君の希望する休みのうちに入るのだろう?」
「そ、それは、流石に2日連続で遊びまわるのはちょっと、キツイって言うかなんと言うか……」
そう言うと、ガッケノのは目に見えて落ち込んだ。節目がちな目、子供ながらに将来はイケメンになるだろうと言う顔立ちでそれをやられると、俺はともかく母さんが黙っていてはくれない。
「そうか……他の者たちとは遊べて、私とは遊べないか。そうか……昨日、遊んだ時に私を誘ってもくれなかったものなぁ」
これはまずい。ネガティブなモードが発動する。
こいつ、俺しか友達が居ないから、俺が他の子と仲良く遊んでることに嫉妬してやがるんだ。
母さんからの視線が痛い。くっ、なんとかしないと。
「あっ、あー! なんだか急にガッケノと遊びたくなって来たぞ! ど、どこに行くんだっけ? 城かなぁー?」
これで、なんとかなれ!
「うむ。城の展望台から一緒に景色を眺めようと思ってな! それじゃあ、行くぞカイララ!」
なんとかなった! あの棒読みでもなんとかなったぞ!
「お、おー」
あーあ、けど、昨日少し夜更かししたからいま俺ねむいんだよなぁ。絶対景色なんて楽しめる状態じゃないって。
それでも、満面の笑顔で手を引くガッケノを振りほどけるほど、俺は非常な人間じゃない。
まったく。この調子だと展望台に行った後も色々と振り回されそうだ。仕方ない。腹をくくるか。
展望台で景色を見た後、ガッケノは予想通り俺を連れまわした。
騎士達の訓練を見学したり、新しく城の近くに作ったという小さな養鶏場を見に行ったり。厨房に行って昼ご飯を食わせてもらったりもした。
あと、ゴブリンニートも見たよ。元気そうだった。枕の横に開いた穴から鳥の餌を落とす仕事をやってた。
最初は俺も眠くて仕方なかったけど、連れまわされているうちに眠気は消えた。その代わり、疲労は余計に溜まった気がするけど。
そうして、最終的に俺たちは、城の4階にあるガッケノの部屋で雑談に興じることになった。
ガッケノの部屋は城で一番広い部屋だ。どんな家具を置いたのかとか、どんな模様にしたのかとか、ちょっと楽しみにしてたんだけど、中はまだ殺風景でベッドと仕事机、それからソファぐらいしかなかった。
俺はソファに寝そべり、ガッケノの部屋でだらける。
一日付き合ったのだから、これぐらいは別に良いだろう。ガッケノも何も言って来ないし。
しかし、休めたのはいいが、暇だなぁ。俺が話せることなんて無いし、どうせなら村の外から来たガッケノの話を聞いてみたい。領都のこととか。
「なあ、ガッケノ。なんか面白い話して」
「面白い話か。なら、私が住んでいた領都の城の話でもしようか」
「おっ、いいね」
「私が生まれ育った城はこの辺境伯領の領都の中心にあって、このガッケノ城とは比べ物にならないほどに大きく荘厳な佇まいの城だ。そんな城の主である父と隣の伯爵家から嫁いできた母の間に私は生まれた」
うん、まあ本当なんだろうけど、なんかこう俺が作った城を雑魚扱いしてるみたいに聞こえるな。
「私には兄が2人いて、二人とも勉強も剣も魔法もこなす優秀な兄だった。上の兄は剣、下の兄は魔法を得意とし、お互いに切磋琢磨しながら父の期待に応えていた。私は、そんな兄たちに憧れていた。いつか私も兄たちのように父の期待に応えられるようになりたいと」
年の離れた兄弟が居たのか。どうりでこんな田舎に来られるわけだよ。
しかし、父の期待に応えられるようになりたい、か。貴族様も大変だな。期待値が高そうだもん。
「だが、私は父の期待に応えられなかった。どれだけ剣を学んでも、魔法を学んでも、兄たちに勝てはしない。勉強も同じ年の頃の兄たちと比べてずいぶん劣っていた。そして、運命の6歳の誕生日。私は自分の運命を呪った。唯一の希望だったスキルすらも、兄たちの100歩後ろからのスタートだったのだから」
「どういう意味?」
「私のスキルは『領地経営』、我が辺境伯家の男児には必ず発現するスキルではあるのだが、兄たちとは出発地点が違ったのだ。私は下級の『領地経営』、一方兄たちは中級の『領地経営2』を最初から持っていた」
「……」
「父の私への期待はその時に消え失せた。そして私は、2年後にこの村に送られることとなった」
それはつまり、こいつの親父は期待できない息子を辺境のさらに辺境へと送って、顔を見ないようにしたということか?
護衛はつけているから、最低限気にはかけているのかもしれないが、その扱いはあまりにも雑だ。
「すまない。つまらない話を聞かせたな」
うーん。なんだろう。なんか、ムカつく。
「なあ、ガッケノは2回目にこの村に来た時、領地経営について学びに来たって言ってたよな? ってことはさ、自分の事を親父さんに認めさせるの諦めてないんだろ?」
「ああ。難しいことは分かっている。最早私は父に会うのさえ、簡単では無いからな。けれど、せめてこの村を発展させて、父に一言でもよくやったと言ってもらえたらと思っているよ」
ふーん……なるほどなぁ。
よし、決めた! それなら、このガッケノの親友第一号のカイララ様が手伝ってやろうじゃないか! ちょうど考えてたこともあるしな。
「なあ、ガッケノ。実は俺に計画があるんだ。もしこれが成功すれば親父さんに一言もらうどころか「お前が領主を継げ」って言われるぐらいのヤバい計画なんだけど、どうだ? このガッケノの一番の親友の話、聞いてみないか?」
「ヤバい計画? 少し不穏だな。だが一番の親友の話だ。聞いてみるのも良いかもしれないな」
「乗ったな。もう降りられないぞ。それじゃあまず、内容を話す前にこの計画のタイトルを発表する! この計画のタイトルは、題して『辺境伯領・大改造計画』だ!」
「……は?」
ガッケノの顔には、完全に「理解不能」と書かれていた。
まあ、そうなるわな。