第15話 ニートの可能性と城づくり
ゴブリンニートを見つけて村に連れて帰った翌日、俺はガッケノが仮住まいにしている村長の家に呼び出されていた。
「おはよう、ガッケノ」
「来たか。おはよう、カイララ。それで、今日は何故呼び出されたか分かっているな?」
「ああ、あのゴブリンニートを連れて帰って来た理由が知りたいんだろ?」
「そうだ。この村はつい先日ゴブリンに襲われたばかり。1人の犠牲者も出なかったとはいえ、住人たちのゴブリンへの恐怖はまだ残っている。私は君もそうだと思っていたのだが、どうしてあのゴブリンを連れて帰って来たのだ?」
ガッケノの言う事はもっともだ。俺だって、まだあの時の恐怖は頭の片隅に残っているし、二度と同じ目に遭いたくもない。
ゴブリンだって本当は暫く見たくもなかったぐらいだ。
だけど、あいつがゴブリンニートなら話は別なんだよなぁ。
俺は村長宅に来る前に家の倉庫から持ち出して来たあるものを、ガッケノの目の前にある円卓の上に置く。それは、あのゴブリン襲撃の際にゴブリンの弱点を探ろうとして書きだした、『ゴブリンの生態』という本の一部だった。
「まずはこれを見てくれ」
「なんだこれは?」
「これは、ゴブリンについてのあらゆる事が記された本、その一部だ。ここには、ゴブリンニートについて書かれている」
「ふむ……」
そう言うとガッケノは、円卓に置かれていた数枚の木板を手に取って、内容を読み始める。
「なるほど、そういう事か。カイララはこの『ニート』というスキルが、村に対しても効果を発揮するかも知れない。と、そう言いたいのだな?」
やっぱり、伊達に貴族教育を受けてきてないな。
俺がガッケノに見せたのは、『ゴブリンの生態』1398ページに書かれていた『伝説のゴブリンニート』という記述だ。
この記述の中で著者はゴブリンニートを伝説のドラゴン並みにお目にかかれない超希少な存在としていて、そのゴブリンニートの持つ『ニート』というスキルが、とんでもない性能を持っているという事を説明していた。
ゴブリンニートの持つスキル『ニート』の効果とは、食う事、寝る事、排せつする事、以外の行動を制限する代わりに、自身が住処としている場所の強度を大幅に高めるというものだった。
しかも、ゴブリンニートの性質上、人間の害になることはあり得ないと来ている。これが試さずにいられるかという話だ。
「おお、流石ガッケノ。俺の言いたいことがこんなにすぐ伝わるなんて。もしかして俺たち良い相棒になれるかもな!」
「あっ、相棒? ごほん、ごほん! ま、まあ相棒云々は置いておくとして、カイララがあのゴブリンを連れて来た理由は分かった。それで、この後はどうするつもりなのだ?」
「もちろん、決まってる。ガッケノの城で飼うよ」
「そうか……は?」
「ん? どうした?」
「いや、今なにか可笑しなことを言われた気がしたのだが……あのゴブリンを私の城で飼うと言ったのか?」
「言ったよ」
「えっ?」
「えっ?」
このあと色々あって、俺が城を作るのだからゴブリンニートの世話ぐらいしろよ! と押しまくったら、ゴブリンニートはガッケノが面倒を見てくれることになりました。
やったね!
◇◆◇
さて、そうと決まれば早速ガッケノの城づくり開始だ。
まず、城の建築地を兵舎が建てられている広場の奥にある大岩の前に決めて、次に造る城の規模を考える。
村の建物は建て替えた時に全部和風にしてしまったので、今回あそこに造るのも和風の城に決定。
石垣はすぐ裏の大岩から切り出して運んでくるとして、他に必要な材料、砂利や木材なんかは足りない分を調達しなければならない。あとは、結構日数がかかりそうだから毎日動かせる人数も考慮してっと ――よし、大体の建築可能な規模感が分かってきたぞ。
「うーん、なるほど。材料の数と建築期間を考えると、これくらいが限界か」
手元の設計図で見ているのは、小規模から中規模の城のカタログ。
日本風の城を造るということで、日本全国の城を写真と解説付きで色々と調べていた。
せっかく建てるなら、やっぱり出来るだけ大きくて立派な城がいい。
ガッケノもその方が格好がつくだろうし、俺もちょっと城下町に住む気分を味わってみたい。
「松江城か。これ、結構よさそうだなぁ。へえ、当時は松江城の建築完了まで五年もかかったのか。とすると、魔法とスキルの効果もあわせて考えたら、こっちだと半年ぐらいでいけるんじゃないか?」
もちろんこの城はモデルにするだけで、そっくりそのまま造るわけじゃない。
まるっきり同じに造ってしまったら、内部まで当時の状態で出来上がってしまう。それではあまりに使いにくい。
こっちの文化で育っているガッケノたちにも過ごしやすいように、内部は改造する予定だ。
外観は和風、中身は洋風みたいな。ちぐはぐだけど、まあそれも味があるってことで一つ。
城を作るなら、城の外もしっかり造り込みたいよな。
前にあった村の周りの濠は、ゴブリンの死体を片付けた後に埋められた。あの腐った臭いが染みついてしまってて、とてもそのままにはしておけなかった。
だから今回はちょうど良いってことで、こっちの城の周りに新しく濠を作ってみるのもありかもしれない。
城の本格的な工事に入る前に配水管の設置作業をやらなきゃならないし、まずは穴掘りの専門家たちを呼んで来るか。
マリーちゃんと奥様部隊はうちの村じゃ穴掘りにおいて右に出るものが居ない存在だ。オババも穴を掘れるけど、やつに頼むとあとが面倒だし。
「よーし、それじゃあ小隊長のおっちゃんとその部下の皆さんは、石の切り出しをよろしくお願いします。俺はちょっと穴掘り部隊を呼んでくるので」
「おう、わかった。任せとけ。あっ、カイララ、もし良かったら奥様方の何人かにお昼ご飯を作ってもらえるようにお願いしてくれないか? 石切りは重労働だし、こっちは50人全員動員してるからな。飯作る係が居ないんだわ」
「オッケー。あとその辺は他に何人か交替要員を見繕っとくよ」
「お、そうか。じゃあそれも頼んだ。よっしゃ、じゃあ行くぞお前ら!」
ふっ、小隊長のおっちゃんも随分すなおに俺の指示を聞くようになったな。初めはあんなに「暇じゃないんだぞ」って言ってたのに、今じゃ二つ返事でやってくれる。これも俺の人望のなせる業か。
「ぶふッ!? そ、そりゃ違ぇだろ! お前に人望なんてあるかよ。チビガキのくせに何言ってんだ。あははははは!」
「なっ!? いつからそこに居やがったババア! てか勝手に俺の心読むなや!」
「誰がババアだクソガキ! せっかくこのアタシが忙しいなか手伝いに来てやったってのに!」
「だーれも頼んでません~。てかあんたは店サボりたいだけだろ! 自分の収入に直結してんだから、ちゃんと働けやボケ!」
「へーん、アタシは働かなくて良くなったんですぅー。ガッケノの魔法の指導をする事になったから、大金がガッポリ手に入って暫く遊んで暮らせるんですぅー」
「あんた100年も生きてて、そのスタンスはヤバいって! これまでの人生でその手の失敗は学んできたはずだろ! えっ、まさかオババって100年間ずっとアホだった!?」
「なんだと!? 誰がアホか―――……」
今日も村は平和である。




