第14話 ゴブリンニートは動かない
ゴブリンニートは、その日も一日中寝て過ごすつもりだった。
だというのに、仲間たちに無理やり連れて行かれて、どこかわからない場所で置き去りにされた。
ここは森。森としか言えない。
連れてこられてから随分時間が経った。いつのまにか、仲間たちは1人たりとも居なくなっている。
でも、ゴブリンニートにとってはそんなことはどうでも良かった。
寧ろ嬉しかったまである。
仲間といっても働かない自分に厳しく、いつも文句ばかりで暴力を奮ってくるような連中だ。それならば、いっそこの森の地面に寝そべって、たまにやって来る虫なんかを食べていた方がずっとマシだ。
仲間たちが居なくなってからの生活は、決して良いものではなかった。肉も魚も食べられないし、食べ物と言えばもっぱら虫。雨に降られたら移動するのも面倒だし。泥に塗れた体は痒い。
けれど彼にとって最大の利点があった。それは、一歩も動かなくて良いこと。
飢餓感よりも何よりも、何よりも、「動きたくない」「働きたくない」が先行する、ゴブリンニート。生まれたその瞬間に『ニート』のスキルを授かった彼は、今日もこの森で蟻を摘みながら生きていた。
そんな何気ないだらけた1日が、また繰り返すはずだったのに。
ゴブリンニートの耳に、何やら話し声のようなものが聞こえてきた。
仲間たちの唸り声ではないし、オークのクソデカな話し声でもない。
まさかこれは人間の話し声か?
ゴブリンニートは思い出していた。他のゴブリンたちが人間の集落を襲いに行くと話していたのを。
もし、本当に仲間が人間を襲ったとしたら、人間の声がするということは、仲間たちが負けたということになる。だとすると、自分は見つかったら最後、殺されてしまうのではないだろうか。
だが、このゴブリンはニート。それでも動きたくはない。
結局、この少し後にゴブリンニートは人間に見つかってしまった。
これで終わりか。
◇◆◇
お友達大作戦を決行した。
円卓を回り込み、落ち込む貴族の坊ちゃんの手を取って、部下になるのが嫌だと言ったのは今すぐは嫌だという意味ですと言い、周りにいる執事や騎士達も大人になって正式な手続きを踏んだうえで契約を交わしたのちに辺境伯家の部下になっている筈だと説明すると、坊ちゃんはハッとした表情になって俺の顔を見返して来た。
「つ、つまりそれは、将来的には私の部下になってくれると、そう言う事か?」
「いや、それはまだ分かりませんね。あなたが僕のほうから部下になりたいと思うような人物になれば、その時は考えますが」
「そ、そうか……」
「そうです。ですから、私はまずあなたの事を知らなくてはなりません。今はまだ、あなたがどのような人なのかもわかっていないし、どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのかも知らない。何が出来て、何が出来ないのかも分からない。そんな状態では部下になるなんて口が裂けても言えませんから」
「で、ではどうすれば良いのだ?」
「そうですね、ではこういうのはどうでしょう。まずはお友達から始めませんか?」
「友達……私は今まで友人というものが一人も居なかった。パーティで会う他の貴族の子も、友達という雰囲気ではなかったし……」
「それなら大丈夫ですよ。ここはただの辺境の小さな村。気を使う必要もない、ただの平民しか居ない場所です。あなたさえその気があるのなら、おそらく村の子供達全員が友達になってくれるでしょう」
知らんけど。
まあでも、この村の子供に嫌な性格のやつはいないし、あの村長の様子を見ても貴族に歯向かおうなんて考えるほど馬鹿ではないから、大丈夫でしょ。
「そ、それは君も私の友になってくれるということで良いのだろうか……?」
「うん? え、ええ、もちろんですよ。あなたがそう望むならこのカイララ、1人目の友となりましょう」
そう言うと、貴族の坊ちゃんの顔色は目に見えて良くなり、まるで花が咲くような笑顔を浮かべた。
「そうか! ではカイララ君、これから友としてよろしく頼む!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ガッケノ様」
「む、友なのだから様はいらないぞ。その敬語もだ」
「そうですか? じゃあ俺の事もカイララと呼んでくれ。改めてよろしく、ガッケノ」
「ああ! よろしく、カイララ!」
ガッチリ握手!
とまあ、こんな感じで無事お友達大作戦は大成功に終わった。
終わったのだが、そこでお友達になったからハイ解散とはいかない。
俺はその後、森の様子を見に行くというガッケノのお供として、森に連れて来られていた。俺は森に行った事が無いから案内とか出来ないし、行く意味無いんじゃないかと思ったのだが、そこはお友達と初めてのお出かけがしたい8歳児にサービスしてやる事にした。
というか、断るなよって目がいくつもこっちに向いてて怖かったんだよね。いい大人が大勢で無言で脅すなよ。そしてオババはいつまで笑ってんだ!
「楽しいなぁ! カイララ!」
「楽しいか? 別にただの木と草しかないじゃん」
「それが良いんじゃないか! 領都には草も木もこんなに無いぞ!」
「庭とかないの?」
「庭はつぶして訓練場になった。まるハゲだ、まるハゲ」
「マジかよ。自然は大切にした方が良いんじゃね? まあ、ガッケノが楽しいならいいか。騎士の人たちもこんなに居るしな」
先頭を歩きたがるガッケノを両サイドから騎士達がガッチリ守っている。執事はガッケノの後ろにピッタリついていて、何故かついてきたオババは俺の後ろだ。
ちなみに俺はガッケノの隣ね。友達と話しながら見て周りたいんだって。
それにしても、うちの村の近くの森の中ってこんな感じだったんだなぁ。見た目そんなに日本の山とかと変わらない感じだ。植物なんか全然詳しくないから正確には違ってるのかもしれないけど、少なくとも南米のジャングルみたいに絶対日本じゃないよねって雰囲気はない。
「しかし何にも居ないなぁ。ウサギとか猪とか、父さん達は結構見つけて獲って来てるけど、普通はそんなに見つからないもんなのか?」
「カイララのお父上は猟師だったか?」
「そ、ちなみに家の兄ちゃんも猟師な。母さんは家庭菜園のスキル持ってて、俺だけ変なの」
「基本的にスキルは家系で似通る傾向があるが、それでも稀に外れるものは出る。カイララのスキルは使えないスキルではないのだから良かったじゃないか。ゴブリンの襲撃の時はかなり活躍したと聞いたぞ」
「まあな、だから俺は設計図のスキルでよかったと心底おもってるよ」
設計図のスキルが無かったら絶対にゴブリンの襲撃で死んでたからな。
自慢じゃないが俺の腕っぷしは村で一番弱いんだ。マリーちゃんにも負けるし。
それから俺たちは1時間ほど森を歩き回った。遠くに鳥の鳴き声がして、あの鳴き声はどんな鳥のものだろうかと2人で話したり、オババが珍しい薬草を見つけたとかで無理やり俺に採取を手伝わせたりと色々あったが、トラブルは特には無かった。
俺からすればクソつまんねー散歩だったけど、まあガッケノが嫌な貴族のガキじゃないことは十分わかったので、良しとしよう。
「あ、そうだ。そう言えばガッケノって今回は村に何しに来たんだ? また視察?」
「いや、今回は視察じゃない。実は今日から私と護衛数名が村に住んで、領地経営について実戦形式で学ぶことになっているんだ」
「えっ? てことは、ガッケノたちは暫くうちの村にいるのか?」
「暫くというか、実質この村に移住してきたみたいなものだな」
「マジか。じゃあ俺がガッケノの家を作ってやるよ。その代わり材料と人手はよろしく。あ、人手は小隊長のおっちゃんの所の50人でいいぞ」
「おお! 友の造る家に住めるのか! それなら領都から出てこの村に住むのも悪くないな!」
俺はガッケノに家を造ってやるなどと言いながら、頭の中で別の事を考えていた。ここで借りを作っておけばもしかすると人手が必要な時とかに兵士を貸してくれたり、必要な素材を取り寄せてくれたりするかもしれない。
これは未来への先行投資だ。ぐふふ、これで作りたかったものが色々と作れるようになるぞ。
そんな邪なことを考えている時だった。折り返して村に帰る途中、行きとは少しずれたルートを進んでいた俺たちの前方が、にわかに騒がしくなったのだ。
「何事だ?」
「はっ、この先にゴブリンが1匹倒れていたようです」
「ゴブリンが……? もしや、ゴブリンキングか?」
「いえ、外観は普通のゴブリンです。ですが何やら少し様子がおかしいらしく、生きてはいるのですが襲いかかっても来ず、ずっと地面に寝そべったまま動かないようです」
ゴブリンと聞いて俺は嫌なことを思い出していたのだが、地面に寝そべって動かないという部分にある事を思い出して興味が湧いた。
「あの、騎士さん。そのゴブリンって見ることは出来ますか?」
「は? え、ええ、出来ますが。万が一を考えるなら辞めておいた方が良いかと」
「少しだけ。ガッケノは残して俺だけで見に行くんで」
「それなら、まあ良いでしょう」
「ありがとうございます! じゃあガッケノ、ちょっと行ってくるからここで待っててくれ」
「ああ、気を付けてな」
俺は騎士の内の一人に案内されて、ゴブリンが居るという場所に向かう。そして、茂みを掻き分けた先で、一匹のゴブリンを見た。
生気の抜けたようなだらけ切った顔、騎士に囲まれているというのに、蟻をつまんではダラダラと口に運ぶその様。こ、こいつは間違いない!
「で、伝説のゴブリンニートだ! 本当に実在していたのか!」
すっげー!




