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「あら、ルリアーナ、貴女、そんなもの食べているの?」


 その後、マルシュアたちに職員室に案内されたルリアーナが、昼食の時間に持ち込んだお弁当の蓋を開けていると、マルシュアに声をかけられた。


「はい。自家製のお野菜で作ったお料理ですの」


 にっこりと言い返したルリアーナに、マルシュアが非難の声を上げた。


「まぁまぁ! 成長期にたんぱく質を摂取しないなんて!」


「マルシュア様、カルシウムも足りておりませんわ」


 マルシュアたちがルリアーナを非難する図に、フィラルディーアの取り巻きの男子生徒たちはにやにやと笑い、他の生徒たちは不思議そうに見守っている。それもそうであろう。会話の内容がおかしいのだから。


「貴女、わたくしたちがしっかりと教えて差し上げますから、わたくしのサロンにいらっしゃいな」


「呼び出されているぜ」

「フィラルディーア様に迷惑をかけるからこうなるんだよ」


 男子生徒たちは嬉しそうにフィラルディーアへと報告に向かい、他の生徒たちは納得したような表情を浮かべ、ルリアーナは丁重にマルシュアのサロンへと連れていかれた。





「自家製のお野菜も健康にいいのでしょうけれど、貴女、普段、野菜しか食べていないでしょう?」


「そう言えばそうですね」


 ルリアーナの肯定に、ため息を吐いたマルシュアが、自身の料理人たちにルリアーナの分の料理も用意するように指示する。


「そもそも、自家製のお野菜ってどういうことですの?」


 マルシュアの隣にいつもいる一人の令嬢の問いに、ルリアーナが嬉しそうに答える。


「庭師の方が使っていた小屋をいただいたので、横に畑や農機具がそろっているんで、自分で作っているのです!」


「まぁ……」


「別邸でなくて、使用人の使っていた小屋を与えたなんて……」


「こんなにもひどいと思いませんでしたわ。これなら、貴族の令嬢への虐待として訴えられるのではなくて?」


 ざわめく令嬢たちにきょとんとしたルリアーナが、思いついたように言った。


「おやつに持ってきていたのですけれど、よろしければわたくしの育てたお野菜を使ってください。わたくしの分のお食事を無料でいただくわけにいきませんから」


「そんな!」


 ただでさえ小柄で痩せているルリアーナから、食糧を取り上げるなんてとマルシュアが非難の声を上げた。その声を受けて、ルリアーナがしょぼんとして言った。


「わたくしの作った野菜なんて、いらないですよね……すみません、考えが足りませんでした」


「喜んで受け取るわ! シェフに言って! 今すぐ一品に加えるように!!」


 野菜嫌いのマルシュア様が、とメイドが嬉しそうに声を上げ、いそいそと野菜が回収されていく。毒見をされたであろう量が減り、美しいサラダとスープに化けた野菜の姿に、ルリアーナが喜んだ。


「まぁ! あなたたち、そんなに美しくしてもらえたのね!!」


 手を叩いて喜ぶルリアーナに、少し顔色を悪くしたマルシュアが、意を決したようにスープに手を伸ばす。


「る、ルリアーナさんのお野菜、いただくわ」


「えぇ! この子たちも喜びますわ!」


 マルシュアがスープに口をつけると、目を丸くしてもう一口掬った。


「野菜の渋みや苦みが一切ないわ……」


「マルシュア様……」


 少し悲しそうな顔をしたルリアーナに慌てたマルシュアが問う。


「な、なに? おいしかったわよ?」


「さっきはルリアーナって呼んでくれたのに、ルリアーナさんなんですか?」


 うるうると目を潤ませて見つめるルリアーナに、マルシュアは泡を食ったように慌てた。



「な、なによ。友人に呼び捨てなんて、はしたないじゃない……あぁ、もう、仕方ないわね? ルリアーナ!」


「はい!」


 嬉しそうに声を上げたルリアーナに、マルシュアが困ったように笑った。



「貴女って本当に……仕方ないわね」






 その時、サロンの扉が開いた。


「すまない、使用中だったか」


「あら、お兄さま。ちょうどいいところに。わたくしの新しい友人のルリアーナですわ」


「ルリアーナ・サントスと申します。辺境のサントス男爵家の娘ですわ」


 マルシュアの言葉に慌てて礼を執ったルリアーナを一瞥したアストライオスが、面倒くさそうな表情を一瞬浮かべ、名乗った。


「アストライオス・ピンパールだ。マルシュアの兄だ。念のため、貴族の嗜みとして、全貴族名は把握している」


「全貴族……」


 アストライオスの言葉に目を丸くしたルリアーナを、マルシュアが子犬でも愛でるように見つめた。


「そうでしたわ、お兄様! 聞いてくださいまし!」


 はっと気を取り直したマルシュアの声に、面倒くさいと顔に書いて見せたアストライオスが、一歩後ずさった。

 しかし、そんなこともお構いなく、マルシュアたちが続けるのだった。



「こちらのルリアーナは、あのクソ女がシジャール様に頼み込んで、わたくしたちから身を守るために置いたかりそめの婚約者だそうですわ」


「は?」


 あまりの内容にアストライオスが絶句した隙を狙ったかのように、次々とルリアーナの実情を訴える。


「シジャール様もクソすぎて、お名前でお呼びしたくないくらいのお話ですの」


「そうですわ! あのクソ女兄と呼びましょう! あのクソ女兄は、ルリアーナ様を爵位の差で脅して、婚約者にした上に、屋敷に同居させているのですよ」


「……結婚するつもりなら、問題ないのではないか? あいつも、義理とはいえ妹に懸想するのをやめるつもりなのだろう」


 冷静にそう返すアストライオスに、噛みつくようにマルシュアが言い募った。


「違いますわ! あのクソ女兄は、ルリアーナを敷地内に囲っておきながら、婚約破棄してあのクソ女と婚約するつもりなのですわ!」


「……それは、正気なのか?」


 眉間にしわを寄せるようにして、疑問を浮かべたアストライオスに、皆々が続けた。


「しかも、屋敷に同居と言っても、庭師の使っていた小屋に押し込んでますの!」

「しかも、使用人に言って、部屋の前に馬糞を撒かせるのですよ!」

「しかも、毒物を食事に仕込んだり、食事を用意しないのも日常なのですわ!」


 こんなに小さいのに、という誰かの言葉にむっとしたルリアーナが反論した。


「いや、毒物は初日だけだし、馬糞は使用人たちが勝手に」


 そんなルリアーナの反論に被せて、マルシュアが立ち上がって腰に手を当てて言った。


「ついている使用人は二人だけ。しかも、下級使用人ですって。わたくしだったら、そんな生活は耐えられないですわ! その上、どうせあのクソ女がわたくしの時のように濡れ衣を着せまくっているのでしょう!?」


「ま、まぁ、確かに、話してもいないのに怖い顔で見たと言、」


「ほら、お兄様! お聞きになった!?」


 マルシュアの勢いに圧倒されるルリアーナを見て、アストライオスがマルシュアたちを手で制した。


「確かに、あまりにもひどい待遇だと思う。シジャールも義妹に関することになると、少しおかしくなるからな」


「これが少しですって!?」

「幻滅いたしましたわ」

「お兄様も女の敵ですわ!!」


 興奮するマルシュアたちに困ったように髪をかき上げたアストライオスは、ルリアーナに問うた。



「マルシュアたちの言うことが真実なら、君は貴族令嬢としてかなりひどい状況に置かれていると思う。しかし、君はどうなんだ? この婚約について、他家から口出ししても問題ないのだろうか?」


「もちろ」


「今、彼女に聞いている。マルシュアは落ち着け。淑女らしくない」


 そう言ったアストライオスに、ルリアーナが一息ついて、答えた。


「正直、家に帰りたいと思う時もありますが、思ったよりも恵まれた状況だと思っております」


「ルリアーナ……」


 ハンカチを取り出し、目元をぬぐうマルシュアに、周囲の令嬢たちも連なる。


「それは?」


「そもそも、わたくしは貴族らしい生活に慣れておりませんし、結婚相手は平民の豪商くらいになると思っておりました」


 お父様はきっと愛する人と結婚しろとおっしゃるだろうけど、とルリアーナが続けた。


「ふむ」


「嫌がらせや濡れ衣に困ることもありますが、基本的にわたくしについてくれた使用人の二人は、とても親切です。生活に必要な裁縫や料理、掃除、洗濯などは自力でもできますし、わたくしの婚約によって、我が領に金銭的援助をいただいております」


「それにしても、あんまりだわ」


 マルシュアの言葉を丸っと無視したアストライオスは、言いにくそうに問うた。


「聞きにくいことだが、その額は?」


「婚約期間に年1万デシールです」


「それは……」


 絶句するアストライオスを見て、ルリアーナが慌てて付け加えた。


「ダンテ伯爵……あ、シジャール様もおっしゃって、その通りだなと思ったのですが、王都で学ぶ機会なんて得られなかったわたくしが、学園で学ぶ機会を得られるのです。しかも、その費用はダンテ伯爵家負担です。それに、婚約を解消した際には、賠償金も払う予定ということです」


「正直、我々から考える1万デシールは、マルシュアの今日身に着けている靴の値段にも満たないだろう」


「そうですわ! お兄様! 学費と言ってもルリアーナ一人分くらいあの家にとって大した額じゃございませんし、滞在費なんてあってないようなものですわ。食事も与えていないのですわよ? 賠償金だって、どうせあのクソ女が難癖付けて払わせないと思いますわ」


「……それについては、私も同意する。どうせ、義妹可愛さに、君の有責で婚約破棄されることになるだろう」


「許せませんわ!」


 キーッと言わんばかりに、ハンカチを噛み締めるマルシュアに、はしたないと言い放ったアストライオスがルリアーナに向き直る。


「正直、貴族会に訴えてもいい内容だと思うが……君はどうしたい? 私としては、シジャールがそこまで屑だと知ったからには、ダンテ伯爵家との関わりは今後不要だと考えるため、君の代わりに訴えてもいいが、正直、あの義妹と関わり合いになる機会が増えるのは、迷惑だ」


 顔をしかめるアストライオスに、マルシュアが激怒する。


「迷惑って! お兄様! こんなにも愛らしい子がひどい目に遭っているのに、ひどいですわ!」


「マルシュアは知らぬだろうがな、一日中追い回され、偶然を装ってぶつかられそうになったことは数知れず。“お義兄様に会いに来ましたの!”なんて言って休み時間の度に現れるから、昼食だって摂ることができずに逃げ回っている」


「まぁ……でも、お兄様? それなら、わたくしたちと一緒に食事を摂ってもよろしくてよ?」


 そう言ったマルシュアを困った子を見るような視線で見たアストライオスが、大きくため息を吐いて目を瞑って一息置く。


「私と食事を共にしていると、マルシュアたちがあの義妹と関わる可能性が出てくるだろう? これでも、妹を守っているつもりなのだが?」


「お兄様……」


 マルシュアが感動に震える様子を見たルリアーナが、意を決したように声を上げた。


「そこまで皆様の実情をお聞きして、これ以上のご迷惑をかける気にはなれませんわ」


「そんな!」


 マルシュアが悲鳴のように声を上げ、ルリアーナを見つめる。


「今までのお話を統括して判断すると、もしも、ピンパール公爵令息様のお手を煩わせた場合、フィラルディーア様がなんだかんだ難癖をつけて、ピンパール公爵令息様との婚約をねだってくる可能性があると思いました」


「……君の言う可能性はかなり高いと私も見ている」


「え、」


 絶句するマルシュアたちを放置して、ルリアーナが続けた。


「シジャール様が異議を申し立てたとしても、元々無理にシジャール様とマルシュア様を婚約させようとするくらい、ダンテ伯爵家にとって、ピンパール公爵家とのつながりは、利のある婚約ということです。それに、ダンテ伯爵夫妻は、フィラルディーア様に甘いと伺っています。義兄との結婚よりも聞こえのいいピンパール公爵令息様との婚約は、シジャール様が反論しようと推し進められるでしょう」


「そうだろうな。あぁ、正確に言うと、ダンテ伯爵夫妻ではない」


「え? どういうことですの、お兄様」


 マルシュアの問いに、アストライオスが答える。


「正式に再婚はしていないはずだ。夫人を名乗っている女性は貴族ではないからな」




 アストライオスの爆弾発言に騒然となったランチタイムは、鐘の音によって強制終了された。

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