6
「登校の時間だ。次期当主様とフィラルディーア様をお待たせすることのないように、馬車付き場へ向かうから、行きますよ」
「あら、お早うございます。お迎えありがとう」
昨日よりも控えめにドアが叩かれ、昨日の執事が顔を出した。笑顔を向けたルリアーナに、執事はきまり悪そうに言う。
「べ、別に、次期当主様とフィラルディーア様をお待たせさせないためですから。……思ったより、下級メイドの裁縫の腕があったようで、安心しました」
「ご心配いただきありがとう」
にこりと微笑んだルリアーナに、執事が慌てたように言った。
「次期当主様とフィラルディーア様の間に割っている悪女なんか心配しておりません!」
「いってらっしゃいませ、ルリアーナ様」
「気をつけろよ」
心配そうに見送るミイアとマットの姿に、ルリアーナは勇気づけられ、馬車付き場に向かった。
馬車付き場に着いて、しばらく経つと、仲睦まじい様子のシジャールとフィラルディーアが現れた。そんな様子では、ルリアーナの存在意義はないのでは、というルリアーナの心の声が顔に現れないように、頭を下げて朝の挨拶をする。
「お早うございます、ダンテ伯爵令息様。ダンテ伯爵令嬢様」
「きゃあ!」
そう言って頭を下げたルリアーナの姿に、フィラルディーアは一瞬目を丸くした後、叫び声をあげた。
「どうした!? フィラルディーア!」
「る、ルリアーナ様がわたくしのことを、怖い顔で見ていたのです」
うるうるとした瞳でシジャールを見上げるフィラルディーアに、ルリアーナは混乱して思わず顔を上げ、声を上げた。
「わ、わたくし、ダンテ伯爵令嬢様をそのような視線で見ておりません」
心配そうにフィラルディーアを抱きしめていたシジャールが、ルリアーナを睨んで言った。
「煩い、黙れ。私の寵を受けるフィラルディーアに嫉妬したか? それとも、フィラルディーアの愛らしさに、か? お前も口先ではフィラルディーアに仕えると言っていたが、他の女と同様か。……怖がらせてすまない、フィラルディーア。君を守るためなんだ。学園に着くまでの馬車の間だ。我慢してくれるか?」
その声に、ルリアーナは慌てて再度頭を下げる。
「えぇ、お義兄様がいれば、安心ですもの。……ディーのことを守ってくださいますか?」
「もちろんだ。本当なら、ディーと同じ馬車に乗せたくもないが、初日な上に婚約者として周知させなければならないからな。我慢してくれるか?」
「お義兄様となら、どんな環境でもディーは平気ですわ」
わたくしって……ゴミを漁る黒光りする虫かなにかだったかしら? という顔を見せないように、頭を下げ続けるルリアーナを無視し、シジャールのエスコートを受けたフィラルディーアが馬車に乗り込む。ルリアーナの横を通るとき、誰にも聞こえないような声で言った。
「可哀そうな人。せいぜい、わたくしの新しいおもちゃとして楽しませて頂戴」
「え?」
驚いたルリアーナが顔を上げると、フィラルディーアが嘲笑を浮かべた。
「おい、早く乗れ。フィラルディーアを待たせるな」
シジャールの声を受けて、ルリアーナが慌てて馬車に乗り込む。横にいた執事が、中から見えないようにさりげなく補助した。
馬車が見えなくなったとき、執事がぼそりとつぶやいた。
「……ルリアーナ様はずっと頭を下げていたのに、睨まれた……? それに、あの嘲笑と言葉……きっと、気のせいですよね?」
「おい」
気の重い馬車の時間も終わりに近づいたとき、ずっと置物に扮して、いちゃつくシジャールとフィラルディーアの邪魔をしないようにしていたルリアーナに、シジャールが突然声をかけた。
「……なんでございましょうか? ダンテ伯爵令息様」
「人前では、それやめろよ?」
「……?」
思わず首を傾げるルリアーナに、いらいらした様子をかくすこともなくシジャールが言った。
「その、ダンテ伯爵令息ってやつだ。私のことはシジャール様と、ディーのことは、フィラルディーア様ときちんと呼ぶのだ」
「……承知いたしました」
そう言うと、興味を無くしたようにフィラルディーアに向き直る様子に、ルリアーナはほっと息を吐き、再び置物に扮するのだった。