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「ルリアーナ・サントス! ここに出てこい!」
煌めくシャンデリアにカラフルなドレス姿に着飾った生徒たち。豪華な食事が並ぶここは、学園の大広間だ。半期に一度の休暇前の最終授業後のパーティーだ。ルリアーナは久しぶりにサントス男爵家に帰ることができる手筈になっている。
ピンパール公爵家に滞在しているという名目だが、シジャールからすると、フィラルディーアの身代わりとして立てたルリアーナが他家にいることでその役割を果たしていないことが不満なのだろう。他家にいるのならば、ルリアーナは不要だから援助を打ち切り退学させようと試みていることが明らかだ。一瞬静まり返った大広間は、こそこそと「またダンテ伯爵令息様?」といった生徒たちのざわめき声が広がっている。
「何の真似だ、シジャール」
呼ばれたルリアーナがシジャールの元へ現れると同時に、アストライオスがルリアーナの前に出た。
「アストライオス! 聞いてくれ。その女が我らのフィラルディーアをいじめたのだ。証人もいる」
シジャールの腕の中で目を潤ませてアストライオスを見つめながら、ルリアーナを睨みつけるフィラルディーアに、マルシュアもルリアーナの前に立った。
「怖いですわ……お義兄様」
「マルシュア嬢、すまないがディーが怖がっている。下がってくれないか?」
「あら、わたくしは貴方に名を呼ぶ許可を与えた記憶はなくってよ? わたくしは公爵家の人間、貴方は力はあっても伯爵家の人間。何度注意してもそれを弁えようとしない。それにわたくしが近づいただけで怖がるなんて、義兄妹そろって不敬ではなくて?」
にっこり微笑んだマルシュアは一歩も下がることなくルリアーナの手を優しく握った。
「そもそも、ルリアーナ・サントスとは契約だったんだ。同居してディーを君たちのような女性から守る身代わりになる代わりに、学園に通わせてやるという」
胸を張ったシジャールに非難の声があがり、マルシュアは笑みを深めて言った。
「まぁ! それはルリアーナから依頼したことなの? 貴方からなの?」
「……我が家からの打診だが、こんな貧乏な弱小男爵家の令嬢が学園で学ぶ機会を得られたのだから、いいだろう」
「まぁ……聞くに堪えない言葉ですわね、お兄様」
「あぁ。この話を聞いた時、シジャールがそんな腐った真似をするのならば、もっと早く縁を切っておくべきだと思ったよ」
アストライオスの言葉を受けて、焦ったようにフィラルディーアが声を上げた。
「アストライオス様。今は、わたくしに対するルリアーナさんのいじめについて話してますわ」
「……君に名を呼ぶ許可を与えた記憶はないのだが、義兄妹揃ってマナーは身につけていないのか? まぁいい、それよりも聞かせてもらおうか? ルリアーナ嬢がダンテ伯爵令嬢に何をしたのか」
瞳を揺らして見上げるフィラルディーアを見て大きく頷いたシジャールは、演説でも始めるかのように口を開いた。
「皆に聞いてもらおう! ルリアーナ・サントスは、フィラルディーアの愛らしさ、美しさ、かわいらしさ、優しさ、全てに嫉妬を覚え、嫌がらせをした! ディーは教科書を隠されて泣き、制服に泥をかけられてもルリアーナ・サントスを庇い、階段から落とされて怪我をしてやっと私を頼ったのだ! それぞれ、目撃者がいる」
そう言って紹介されたのは、全員フィラルディーアの取り巻きであった。
「フィラルディーア様の教科書を、ルリアーナ嬢を隠すのを見ました」
「僕もルリアーナ嬢がフィラルディーア様の制服に泥水をかけるのを見ました」
「僕は、フィラルディーア様をルリアーナ様が突き落としたのを見て、怪我の手当てをしました!」
くるくると包帯の巻かれた手で、フィラルディーアはシジャールの腕を掴んでいた。
「……いつ、どこで見たのか言え」
アストライオスの冷たい視線を受けて、びくりと怯えながら一人ずつ言った。
「一月ほど前の、夕方です」
「半月ほど前のお昼です」
「一昨日の朝です」
「……ルリアーナ嬢は我が家で身柄を預かっていると同時に、いつどこにいたか影をつけて記録させてもらっている。セバス、記録簿をもってこい」
セバスと呼ばれた執事がどこからともなく現れて、アストライオスに一冊のノートを渡した。
一方でシジャールやフィラルディーア、取り巻きたちの顔色がサッと青くなって、シジャールが口を開いた。
「伯爵令嬢のディーがいじめられたと言っているのだ。裏どりなんて不要だろう?」
「シジャール……お前は貴族院での取り調べについて習わなかったか? 貴族同士の揉め事の場合、爵位に関わらず双方の言い分が正しいか調査する、基本だろう?」
ため息をついたアストライオスに、シジャールは怒りで顔を赤く染めた。
「それで、シジャール、お前の主張はなんだ?」
「ディーをいじめるような女とは婚約を破棄する。学園にこのまま通えると思うな!」
そこまで言い切ったシジャールは胸を張り、フィラルディーアがこてりとシジャールの胸元に頭をもたれさせて言った。
「我が家の援助がなければ、ルリアーナさんはこの学園に通うこともできませんもの。アストライオス様、そんな方は放っておいて、わたくしの話を聞いてくださいませ!」
「……婚約破棄か。どちらが有責かはこの後貴族院で争うとして、ひとまず書類を準備してある。国王の許可も得た。ここにサインすれば、無事に婚約は解消される。まずはそれにサインしろ。……では、今、シジャールお前に婚約者はいないということか?」
「あ、あぁ、しかし、ディー」
「シジャールの婚約者の席が空きました! シャンディーアリス殿下」
シジャールに書かせた書類は滅多に使われることのない契約魔術によって、貴族院に即座に収められた。これで晴れて婚約は解消となった。
シジャールに全て言わせる前に、アストライオスがシャンディーアリス王女を呼んだ。
人々は恐れ、慌てて王族への敬意を示す姿勢をとる。
「ふむ。楽にせよ。そうか、シジャールの婚約者の席が空いたか。では、妾の婚約者としてやろう。名誉なことと思え」
王族の執務をこなすと言う面では非常に優秀なシャンディーアリス王女は、御年四十七歳。シジャールとは三十歳差だ。年下のか弱そうなフィラルディーアが好みであるシジャールの好みとはかけ離れている。
重要な外交や政略の駒となるはずの王女が未だ独身な理由は、その優秀さと同時に特異な性癖にあった。
好みの男性を見つけると相手の迷惑など考えずに毎日家まで通い詰め、精神的に追い詰めることは数知れず、加虐趣味もあり、王族ということで尊重されなければ激昂する短気な性格。
次々と追い詰めた後は興味を失ったように新たな対象を探し続ける。外見も美しい王にも王妃に似ず、巨漢な肉体と合わさってドレスを着ていても男性に間違えられるほどだ。
「ひぃ!」
思わず叫び声を上げたシジャールに、シャンディーアリス王女は詰め寄り言った。
「安心せよ。そろそろ今の玩具が壊れそうであった。次は長持ちさせるように父上に厳しく言われておるからな。大切に扱ってやろう。ちょうど聖女から治癒魔法のやり方を習った。その実験もしたかったからな……。皆のもの、祝え! 王女の婚約者が決定した。シジャール・ダンテだ」
「お、お義兄様……」
一歩下がったフィラルディーアが、シジャールの手を掴み直そうとすると、シャンディーアリス王女がどこからか取り出した鞭で打った。
「ディー!?」
「妾の婚約者に触るでない」
「殿下、しかし、ディーは義理とはいえ妹です」
フィラルディーアを助ける者は誰もおらず、シジャールがそう言ってフィラルディーアに手を伸ばす。そのシジャールの手を鞭で打ったシャンディーアリス王女は口を開いた。
「これがそなたの義妹だと? 平民が貴族を詐称するのは重罪じゃ。これの父親は平民の金貸しで、母親もダンテ伯爵とは正式に籍を入れておらぬ。他人の平民じゃ。追って、ダンテ伯爵と自称伯爵夫人にも沙汰が降る。他にもいろいろしておったからなぁ。そなた、運が良かったのぅ。妾の婚約者ということで父上がそなたの罪を免除すると仰せじゃ。ただし、妾と明日結婚するのが条件じゃ。今ならまだ、ダンテ伯爵家の立場は残っておるからのぅ」
大口を開けて笑うシャンディーアリス王女に、生徒たちは口々に祝福を述べる。
「あぁ、そうじゃった。ルリアーナは聖女と判明しておる。聖女への暴行・暴言等、叩けば叩くだけ埃が出るのぅ。領地経営でも上手いこと甘い汁を吸いおったようじゃし」
にっこり笑うシャンディーアリス王女にルリアーナが頭を下げる。
「る、ルリアーナは私の婚約者だ! 王女といえども、聖女の婚約者に手出しできないはずだ!!」
掌を裏返したシジャールに、アストライオスは怒りを爆発させた、アストライオスの周りには、氷塊が浮かぶ。
「これだけ素晴らしいルリアーナ嬢を自分の我が儘で振り回し、危険な目にも遭わせた上に、婚約破棄を申し出たことも忘れて、己の婚約者と名乗るか! 恥を知れ。ルリアーナ嬢は私が守る!」
そう言ってルリアーナを抱き寄せたアストライオスにシジャールは吠えた。
「アストライオスお前、人の婚約者に手を出してたのか!? 許さないぞ!」
「手を出す!? 一方的に想って何が悪い!」
シャンディーアリス王女やマルシュアたちがニヤニヤと笑い、ルリアーナの顔が真っ赤に染まる。
「よいよい、妾の婚約者は連れて行け。妾の部屋に軟禁……いや、大人しく待っていてもらわないとならぬからな。そこの平民は牢に繋げ。平民の口車に乗った奴らも自宅にて待機じゃ。追って沙汰を下す」
シャンディーアリス王女の言葉によって、人々は動き出した。
「あたしを誰だと思っているのよ!? あんた、助けなさいよ! あたしの取り巻きに加えてやったじゃない!? お義兄様、お義兄様ぁ。助けて!」
「ディー……」
「あの、アストライオス様……」
ルリアーナが勇気を持って声をあげると、アストライオスは顔を真っ赤にして窓際にルリアーナを連れて行き、外を見た。覚悟を決めたようにルリアーナの前に跪く。
「ルリアーナ嬢。自分でも遅くて驚いているが、人を好きになるのは初めてで……今、気がついたんだ。私は君のことを一人の女性として想っている」
「アストライオス様……」
「この件が片付いたら、正式に考えてほしい。今はまだ、君は私のことをマルシュアの兄としてしか見ていないだろうからな」
そう言ったアストライオスは、マルシュアに声をかけてルリアーナを任せ、雑務処理に戻っていった。