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「そうだわ、ルリアーナ。あなたに紹介したいお方がいらっしゃるの。明日お茶会をするから、ぜひご挨拶いたしましょう。その練習を一緒にするわよ! あ、あと、その時に聖具を教会からお借りすることになっているから、ルリアーナのことを調べてもらいましょう?」
「マルシュア様よりも身分の上のお方とお会いするということですか……? それにわたくしのこと……?」
にこにことやる気を出しているマルシュアに、ルリアーナの瞳が不安げに揺れる。アストライオスがやってきて、通りすがりにルリアーナに言った。
「安心しろ。君なら大丈夫だ」
そう言ったアストライオスの後ろ姿をルリアーナが眺め、マルシュアの話に戻ったのだった。
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「王国の光たる、シャンディーアリス殿下にお会いする名誉を授けていただき、ありがたく存じます」
「よいよい。今日はそなたの婚約者についての話を聞きたいと思ってきたのじゃ。詳しく話せ」
そんなこんなで始まったお茶会に、教会からの使者が現れた。
「ピンパール公爵家からの依頼で参りました。聖女の力があると思われる方はどなたでしょうか?」
「……聖女ですか?」
きょとんと首を傾げたルリアーナに、突然現れたアストライオスがエスコートして立たせる。
「こちらの女性だ。しかし、聖女と判明したとしても、彼女の身を守るために秘匿にしてほしい」
「承知いたしました。こちらへ」
アストライオスのエスコートにお茶会にいた親しい友人たちの声が華やいだ。
「……お兄様。今、それをしないといけないのですの?」
不安げに揺れるルリアーナの瞳に気がついたマルシュアがアストライオスに問いかける。
「……早ければ早い方がルリアーナ嬢の身分をはっきりさせることができていいかと思ったのだが……」
「大丈夫ですわ、マルシュア様。少し不安になってしまって……ご心配をおかけして申し訳ございません。せっかくきていただいたのですもの。さぁ、続けましょう」
アストライオスの手を見つめながら不安げに瞳を揺らすルリアーナに、アストライオスも心配の声をかけようとしたが、ルリアーナはにっこりと微笑んで誤魔化した。
「お兄様……ご自分のお気持ちに気がついていらっしゃらないのね……。ルリアーナに対する執着があるから、それは特別な女性だからとご自身を納得させたいのね……。でも、それを聞かされていないルリアーナの不安を解消できるのは、お兄様だけですわ」
一人小声で呟いたマルシュアの言葉は、誰にも届かず消えたのだった。
「ルリアーナ様は聖女と判明いたしました。平穏なこの世に遣わされた聖女は、人々を癒す役目がございます」
「やはり、聖女であったか。これは、ダンテ伯爵家にバレぬようにしなければならないな……。しかし、これで貴族子女への虐待だけでなく聖女への暴言や暴力で貴族院に訴えることができる。婚約が解消されたら、すぐに動こう。必要なら、うちの養女に……いや、なんでもない」
顔を明るくしたアストライオスは、ルリアーナにそこまで提案して、言葉を飲み込んだ。ルリアーナの沈んだ表情のせいだけではなく、ルリアーナが義妹になることに抵抗を感じたためだ。
「ルリアーナ……大丈夫ですの?」
ルリアーナの顔色を心配して、マルシュアが声をかけた。
「えぇ……。聖女なんて名誉な地位に吃驚しただけですわ、マルシュア様」
力なくそう笑うルリアーナの姿を見て、マルシュアはアストライオスに向き直り、キッと睨みつけた。
「お兄様! ルリアーナの気持ちをもっと大切にしてくださいませ! ルリアーナを守るためにやっているとしても、いつかルリアーナが当家に嫁ぐことができるように身分を確保したかったとしても、そこにルリアーナの意思は大切ですわ!」
「な!? べ、別にルリアーナ嬢を嫁に迎え入れたいわけじゃ……」
モゴモゴと言い淀むアストライオスの言葉にルリアーナはハッとした。
「……わたくし、いつの間にか身分違いの恋をしていたのね。気がついた瞬間失恋だなんて、笑っちゃうわ」
一人、誰にも気が付かれずにそう呟き、笑みを貼り付けるのだった。
「なぜ私は、ルリアーナ嬢が義妹になることが嫌だったのだろうか……。彼女のことは素晴らしい人だと知っているし、我が家の益にもなる……」
その夜、アストライオスもまた、一人思い悩むのだった。




