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「もう! 待ちくたびれたわ! ミミ!」
「お待たせしました、お嬢様」
そう言って、ミミが手を引くルリアーナを見て、マルシュアは目を丸くした。
「ルリアーナ、貴女……」
「ご、ごめんなさい。せっかくいろいろしていただいたのに、似合わないですか?」
慌てたルリアーナに、マルシュアは手を握って叫んだ。
「まるで女神ドルテダリアだわ! ルリアーナ、貴女、この姿をあのクソ女の義兄に見られないように気をつけなさい! あのクソ女なんて霞んでしまうもの! 婚約は継続でなんて言い出しかねないわ! 元から愛らしかったけど、さすがミミね! ルリアーナの愛らしさ全てを完璧に引き出しているわ!」
領地にいる頃は野暮ったい印象の強かったルリアーナも、学園に通い成長し、ミミによって磨かれたことで、母ツァーナのような美しさが引き出されていた。
「お褒めに預かり光栄でございます、お嬢様。ルリアーナ様の元が良かったのですよ」
「いえ、ミミさんの腕がいいんです」
そんな言い合いをして、ルリアーナはマルシュアに勧められてお茶とお菓子を楽しむ。
「マルシュア様! このお茶、お花の香りがすごくします! こちらのお菓子も本当に美味しいですわ!」
「ふふふ、ルリアーナに喜んでもらえて良かったわ! あとでお兄様がルリアーナを見て驚く顔が楽しみね!」
⭐︎⭐︎⭐︎
「先ほどは失礼いたしました。ピンパール公爵、公爵夫人」
夕食の席で、ルリアーナが挨拶できなかった非礼を公爵夫妻に詫びる。マルシュアは関係ない顔をして座っていると、慌てたようにピンパール公爵と夫人が言った。
「あれはマルシュアがルリアーナ嬢を引きずっていったからな、すまなかった。マルシュア、反省するのだぞ?」
「まぁまぁ! お化粧をするとやっぱり美人さんね! お母様も社交界の華として有名でしたものね」
改めて挨拶をし直し、席に着く。
「あら? お兄様は?」
「もう来ると思うが」
「せっかくお兄様が驚くと思って楽しみにしていたのに」
ぷぅと頬を膨らませたマルシュアに、皆で笑って待っていると、食堂の扉が開いた。
「お待たせして、」
ルリアーナを見てそのまま固まったアストライオスは、ゆっくり三秒数えるくらい経った後、ハッと気がつき顔を真っ赤に染めながらルリアーナから目を逸らした。
「貴方。ご覧になった?」
「あぁ、あの女嫌いなアストライオスが……」
「ルリアーナ嬢。貴女、我が家に嫁に来ない? 爵位なんてなんとでもするから」
アストライオスの様子を見て、ピンパール公爵夫人がルリアーナに詰め寄った。
「あ、あの、わたくし、」
「母上! ルリアーナ嬢が困っているだろう!?」
「まぁまぁ! あのアストライオスがご令嬢を名前で!?」
「……これは本気で珍しいな」
騒ぐ公爵夫妻にため息を吐いたアストライオスが言った。
「ルリアーナ嬢はあのダンテ伯爵家のシジャールの婚約者だ」
「あぁ……」
「そういえばそうだったな」
大人しくなった二人が席に着くと、食事が始まったのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「先ほどは父上と母上、あとマルシュアがすまなかった」
夜、ルリアーナが客室にいるとドアが優しくノックされた。ナイトドレスの上に羽織を羽織って出ると、アストライオスがいた。廊下の片隅にあるテラスにルリアーナを誘うと、メイドに温かい飲み物を準備させた。
「いえ、お気遣いいただき、こんなに素敵なドレスもお借りしてしまい、大変申し訳ございません」
「あぁ、それはいつか遊びに来た君のためにと、マルシュアと母上で選んでいたものだ。受け取るといい」
「え! こんな高価なもの受け取れません! それに、保管する場所も……」
そう言ってルリアーナが項垂れると、アストライオスが笑った。
「うちに置いておけばいい。君はマルシュアの友達だろう? また遊びに来た時に身に着ければいいだけだ」
「……あの、ずっと思っていたのですが、アストライオス様はどうしてわたくしを守ってくださったのですか?」
温かいけど熱すぎないホットミルクのカップを両手で持って、ルリアーナが勇気を出したように横にいるアストライオスを見上げた。
「……君が放っておけなかった。でも、私が動くとあの女は君に害を与えようとするだろう。ならば、王族でダンテ伯爵家の圧力に負けず、規則に厳しいデシャンティ先生であれば、正当にあの女の行動を罰してくれると思ったんだ。減点になれば、あの女が出席停止になる。家で落ち着かなくてもせめて学園が君の平穏になればと望んだのだが……すまない。あの女がデシャンティ先生のことも気に入っていたのは計算外だった」
そこまで言って、アストライオスはルリアーナの頬を優しく撫でた。
「怪我をさせてしまった……」
そう二人が見つめ合うと、メイドが軽く咳払いをした。
「すまない。未婚の淑女をこんな遅くに引き留めてしまって、部屋まで送ろう」
「ありがとうございます」
赤くなった二人の頬を月明かりが優しく照らしていたのだった。