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「大丈夫か? 家に帰るのも怖いだろう? そうだ、マルシュアに誘われたことにして我が家に泊まりに来るか?」
救護室で背中や手足にも怪我があると判明したルリアーナに対して、責任を感じたアストライオスがそう提案する。
「いえ。マルシュア様に誘われたとしても、アストライオス様がいるお屋敷にわたくしが泊まりに行ったなんて知られたら、フィラルディーア様が激昂なさいますから」
そう笑うルリアーナに、アストライオスが悩んだ。
「では、私が君にぶつかって怪我をさせてしまったから、その治療のために我が家にきたことにさせてくれ。怪我が治るまでは我が家で面倒を見る。これなら、あの女も自分が君の怪我の原因だと隠せるから納得するだろう」
「いえ、でも、そうするとアストライオス様のご迷惑になってしまいます」
ルリアーナがそう首を振ると、アストライオスは笑った。
「ただでさえ、ピンパール家の公爵令息として優秀で女たちが煩いんだ。多少瑕疵があった方が周りも静かになるからちょうどいい」
そう言って押し切ったアストライオスは、ダンテ伯爵家とサントス男爵家、ルリアーナの父の実家シャンティ伯爵家に連絡した。ピンパール公爵家に貸しができたと喜んだダンテ伯爵が、フィラルディーアのことも説得したようで、怪我が治るまでルリアーナはピンパール公爵家で暮らすことになった。
「まぁ! まぁまぁ! お母様! お父様! お兄様が女生徒を連れて帰ってきましたわ! ルリアーナ、待っていたわ。怪我をさせられたと聞いて心配したわ。あのクソ女、本当になんとかならないかしら? あらやだ、わたくしったら。さぁさ、わたくしのお部屋にいらして? 一緒にお茶をしましょう?」
豪華だとルリアーナが驚いたダンテ伯爵家の屋敷が、霞んで見えるほどの城。広大な敷地は門から玄関まで馬車で移動しないと行けない距離で、大きな玄関の前には使用人たちが勢揃いで頭を下げていた。
ルリアーナがあたふたとしているうちに、アストライオスのエスコートでいつのまにか入っていた玄関ホールは、学園のものよりも広く、飛ぶようにやってきたマルシュアに、いつのまにかルリアーナは抱きしめられていた。
「マ、マルシュア様。わたくしの服は汚れておりますので、マルシュア様のドレスまで汚れてしまいますわ!」
ルリアーナが慌ててマルシュアから離れようとすると、ピンパール公爵夫妻がゆったりと階段を降りてきた。半分マルシュアに引きずられながら、慌てて姿勢を正したルリアーナが礼をする。
「ピンパール公爵、ご夫人。お初にお目にかかり光栄にございます。わたくし、ルリアーナ・サントスと申します、ぅわ、」
そこまで言い切ったところでルリアーナはマルシュアに引きずられていった。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんーー」
ルリアーナのそんな声に、くすくす笑いながら、ピンパール公爵夫人が声をかけた。
「マルシュアからいつも貴女のお話は聞いていたの。ごめんなさいね、マルシュアに付き合ってあげてちょうだい。貴女が来るのが嬉しくてたまらなかったみたいなのよ」
「マルシュア! ルリアーナ嬢を困らせるでないぞ? すまないな、ルリアーナ嬢」
マルシュアを叱るピンパール公爵夫妻に恐縮しながらルリアーナは引きずられて行ったのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ルリアーナ! このお茶はわたくしが、一番好きな香りですの! あとね、こちらのお菓子もわたくしのお気に入りで、あ、ドレスはこちらを使ってちょうだい? これ、ルリアーナに似合うと思って買ってあったの」
マルシュアの爆弾トークに圧倒されるルリアーナに、次々と差し出されるお茶やお菓子やドレスや装飾品。
「そうだわ! わたくし、ルリアーナにお化粧をしてみたかったの。ミミ、ルリアーナを可愛くしてきてちょうだい? お兄様がびっくりするくらい!」
ミミと呼ばれたメイドがルリアーナの手を取り、笑ってマルシュアに声をかけた。
「マルシュアお嬢様? ルリアーナ様がお困りですわよ。時間はたくさんあるのですから、ゆっくりとお楽しみください」
「そうね! ごめんなさい、ルリアーナ。では、まずドレスに着替えてきてちょうだい。そして、お茶とお菓子をいただきましょう?」
ルリアーナはミミに連れられ、怪我に響かないように入浴、エステを受け、そして、着替えさせられ、傷に治癒魔法をかけてもらった。
「あ、あの、治癒魔法なんて高額ですごいもの、」
「坊ちゃまから頼まれたのですよ。ただ、学園では怪我をしているように装うようにとのことです」
ニコニコしたミミに、ルリアーナは何度も感謝を述べた。そして、マルシュアが待ちくたびれる部屋に戻ったのだった。