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順調に授業は進んでいった。他のペアがお互いに心を許し始めたのと同様に……いや、それ以上のスピードで、ルリアーナとアストライオスは親交が深まっていった。
「あんた、どうやってアストライオス様に取り入ったのよ!?」
家に帰るため、馬車付き場に着いたルリアーナを睨みつけながら、声をかける者がいた。
いつもシジャールや男子生徒たちと会話するときの明るい清純な令嬢のような態度と打って変わって、下町娘のような言葉遣いのフィラルディーアだ。
信奉者たちをうまく言いくるめて他の生徒たちの足止めにつかったのか、その姿を見ているのは、誰もいない。
「え? フィ、フィラルディーア様!?」
「今は誰もいないんだから、きちんとダンテ伯爵令嬢様と呼びなさいよ!」
学内だから、と気を遣ったルリアーナの顔を、フィラルディーアが胸元から出した扇でパシリと叩いた。
「も、申し訳ございません。ダンテ伯爵令嬢様!」
そう言ったルリアーナの顔からは血が垂れていた。扇の縁は金属で縁取られていたのだ。
「許せないに決まってるでしょ!? あ、そうだ。跪きなさい」
男子生徒たちを魅了する、愛らしい笑顔に狂気を隠して微笑んだフィラルディーアに指示され、ルリアーナが周りを見渡す。
「は! 誰もあんたなんて助けにこないわよ! わたくしの可愛い僕たちが皆を止めているからね!」
フィラルディーアにそう言われたルリアーナが、仕方なく諦めたように跪く。その背中に足を置いて、フィラルディーアは思いっきり踏みつけた。
「う、うぅ」
「何よあんた。まるでわたくしが重いみたいじゃない? ふ、くふ、ふふふふふ!」
嬉しそうにフィラルディーアが笑ったそのとき、物陰から人が現れた。
「何をしている!? 学内での暴力行為は身分問わず禁止しているぞ!?」
「あ、デシャンティ先生! あの、これは違うんですわ!……その、わたくしが躓いてルリアーナさんを踏んでしまって……ごめんなさいね、ルリアーナさん。お手を取って?」
即座にルリアーナから足を退けたフィラルディーアは、デシャンティに向かっていつものか弱そうで愛らしい笑顔を向けた。
「ダンテ伯爵令嬢。お前がそこの令嬢を跪かせたところから見ていた。追って沙汰があると思え。まず第一にだな、……あ、そこの令嬢。顔から血が出ている。早く救護室に向かいなさい」
フィラルディーアを睨みつけながら、真っ白いハンカチをルリアーナに差し出したデシャンティ。こんな綺麗なハンカチを血で汚すなんてと躊躇したルリアーナの様子を見て、ぐいっと傷にハンカチを押し付けた。
「あ、あの。ありがとうございます」
「よい、早く行け。……ダンテ伯爵令嬢。話を聞いているのか!?」
そう言ってルリアーナが救護室に向かって歩き出した。ちらりと振り返ると、フィラルディーアは憎しみを込めた目をルリアーナに向けていた。しかし、それに気がついたデシャンティに叱られ、すぐにしゅんとして見せた。
フィラルディーアの視線に怯えながら、ルリアーナが角を曲がると、アストライオスが待ち構えていたのだった。
「大丈夫だったか?……怪我をしているな」
ルリアーナの頬に当てられたハンカチから血が滲むのを見て、アストライオスは顔を顰めた。
「アストライオス様!?」
「しっ、あの女に気づかれる。あの女が自分の取り巻きたちに指示してなんかしているのと、君が一人で誰もいないところへ向かうのを見て、嫌な予感がして、デシャンティ先生に声をかけたんだ」
「あ、アストライオス様のおかげで助かりました。ありがとうございます」
「いや、遅くなってすまない。私がルリアーナ嬢のために何か動くと、あの女の態度が悪化しかねないと思ってな……。でも、デシャンティ先生が動いてもあの女の機嫌が悪くなってしまったな。すまない。家に帰るのも怖いだろう?」
そう言ったアストライオスは、ルリアーナに向かって両手を差し出した。
「……なんですか?」
「取り急ぎ、救護室まで運ばせてくれ。遅れて怪我をさせてしまったお詫びだ」
「え、いや、大丈夫ですよ! アストライオス様にそんなことをさせられませんから!」
必死に辞退するルリアーナは結局アストライオスに丸め込まれて、救護室まで運ばれたのだった。




