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「サントス男爵令嬢。この野菜は何だ?」
「は、はい。ピンパール公爵令息様。こちらは領地の名産で、」
フィラルディーアから逃げてきたアストライオスは、あれからなんだかんだでマルシュアたちと毎日昼食を共にしている。
「お兄様。わたくしたちに迷惑をかけたくないと言いながら、毎日ランチをご一緒しておりますわね? そんなにルリアーナを気に入ったのかしら?」
くすくすと笑いながら、マルシュアたちがそう言うと、絶句したアストライオスが慌てて吠えた。
「な、なにを言う!? サントス男爵令嬢に失礼だぞ!? 確かに、サントス男爵領の名産品はとても食べ応えがあるが……」
「ふふふ、領地の名産品をお褒めいただき光栄です」
ニコニコと笑うルリアーナに、アストライオスは気まずそうに付け加えた。
「その、君と話していると、話しやすいのもある。名産品だけじゃない」
「まぁ。お心遣い、ありがとう存じます」
お礼を言うルリアーナに、アストライオスは困ったように頭を掻いた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「自分の魔力を込めて、この球に入れてください。魔力の質が合う人とペアを組んでもらいます」
魔法術の授業は上の学年の者が下の学年の者を指導する。その際、魔力が合う人とペアになったほうが上達が早いため、異学年と合同だ。
美しく輝く青い球に、ルリアーナは思わず見惚れてしまう。
「次、フィラルディーア嬢」
「ディー、私とペアになれるといいな」
「えぇ。お義兄様」
フィラルディーアを愛おしげに見つめるシジャールに対して、フィラルディーアはチラチラとアストライオスを見ながら球に向かった。
手に持った紙に魔力を込めて、球の前に置くと、紙はすぅっと吸い込まれていき、中に舞っているたくさんの紙の中から一枚がフィラルディーアの入れた紙に近づいた。くるくるくると回ると、そのまま球から飛び出して、キラキラと輝く。ひらひらと落ちてくる紙をキャッチした教師が、二枚の紙を開いて読み上げる。
「フィラルディーア嬢の相手は……シジャール殿!」
フィラルディーアとペアを組みたかった男子生徒たちががっかりした声を上げた。やっかみに合いたくない男子生徒たちがほっとしたため息を吐いた。
女子生徒たちはそんな様子を冷たい目で見守っていた。
「次、ルリアーナ嬢」
名前を呼ばれたルリアーナは、一歩ずつ近づく。球の美しさに思わず見惚れ、表面を波立つ水のような波紋を見ながら、紙に魔力を込めた。
その紙を球に向かって差し出すと、すぅっと吸い込まれる。
ルリアーナの入れた紙がふわふわと舞い、その中から何枚かの紙が近づき跳ね返され、最後に近づいた一枚とくるくる回る。球を突き破って飛び出てきたその二枚の紙がふわりふわりと落ちてくる。教師がパシッと捕まえると、開いて読み上げる。
「ルリアーナ嬢の相手は……アストライオス殿!」
「まぁ!」
マルシュアが驚いたように声を上げて、口を手で押さえる。
一方、フィラルディーアはすごい顔でルリアーナを睨み、声を上げた。
「不正ですわ!」
「どういうことかな? フィラルディーア嬢」
学校の設備を不正と言われた教師が眉根を寄せてフィラルディーアに声をかける。
「え、いや、ルリアーナさんが不正を働いたんですわ! そうでないと、公爵令息でいらっしゃるアストライオス様とただの男爵令嬢のルリアーナさんがペアになるなんてありえないですもの!」
か弱く見えるように気をつけながら、フィラルディーアがそう言ってルリアーナを指差す。
「え、わたくしは言われた通りに……」
ルリアーナがそう言うと、アストライオスが前に出ようとする。それをルリアーナは慌てて止める。アストライオスに庇われてしまっては、フィラルディーアがどんな難癖をつけてくるかわからない。すると、代わりに教師が口を開いた。
「フィラルディーア嬢。きちんと登録した魔力と同一か調べた上で、この判定を行っているから不正はできないようになっていますよ?」
「……な、ならば、登録した魔力がきっと間違っているんですわ! わたくしとルリアーナさんの魔力が入れ替わっているに違いありませんわ!」
「ディー?」
フィラルディーアの必死な言葉にシジャールが驚いて声を上げた。
「ディーは私とペアは嫌なのかい?」
「そ、そんなはずありませんわ! お義兄様。ただ、不正が許せないだけですの」
「ディーと私は義兄妹なのだし、魔力が合うに決まっているだろう?」
当然だと信じているシジャールにそう言われてしまっては、フィラルディーアは黙るしかなかったようで不満げな顔のままシジャールの後ろに下がった。
「サントス男爵令嬢。横槍が入ったが、よろしく頼む」
「こちらこそ、不慣れでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
フィラルディーアが黙ったことで授業は再開され、ルリアーナはアストライオスと挨拶を交わした。シジャールが嬉しそうにフィラルディーアの肩を抱き、フィラルディーアはルリアーナを睨みつけている。それを見て、マルシュアが吹き出して、周りの者たちが慌ててその姿を隠している。
「これは、こうですか?」
「そうだ。サントス男爵令嬢は覚えが早いな」
「ピンパール公爵令息様の教え方がうまいんですよ」
「その、実習をする上で、ピンパール公爵令息は言いにくいだろう。アストライオスと呼んでくれ」
「ありがとうございます。アストライオス様。どうぞわたくしのこともルリアーナとお呼びください」
「あぁ、る、ルリアーナ嬢」
アストライオスと言葉を交わすルリアーナの横顔は、以前よりも愛らしくなったようだ。
アストライオスとルリアーナのそんな会話を聞いたマルシュアが、ニヤニヤと笑いながらつぶやいた。
「まぁ、あのお兄様が女生徒に名前で呼ばせるなんて、珍しいですわね?」
その授業の帰り、ルリアーナが一人になったタイミングで近づいてきたフィラルディーアは、恐ろしい目で睨みつけながらぼそりと耳打ちした。
「あんたなんて、運だけでアストライオス様のペアになったけど、どうせ名前を呼ぶことも許されていない存在でしょう?」
びっくりしたルリアーナを見て満足げに立ち去っていったフィラルディーアに、その様子を見ていたフィラルディーア信者の一人が驚きのあまり固まっていたのだった。




