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希望の始まり

冥霞(めいか) 魁星(かいせい)はいつものように陸上部での練習を終え、一人帰路につく。

「今日の練習だるかったなぁー」

毎日繰り返されるつまらない日々。こんな生活をやめたいと思ったことは何度もあるし、今も思ってる。でもなにか行動を起こすような気力もない。

「もうオレも高三か…」

不意に感じる、時間だけが過ぎていく無常感。それもこれも、結局は自分が何もしなかったからだと思うと怒りが込み上げてくる。

無気力さに苛立ち、周囲の景色も空虚に見えてきた。突然、何かに触れたくなり、足元の小さな蟻に目をやる。

その蟻はひたすらに自分の役割を全うしているようだったが、冥霞の中でそれがふと不快に感じた。

「何だよ、こいつも」

彼は歩きながら、無意識に足を踏み出す。その足が、蟻を踏みつけた。

ぐしゃりと音がした。少しだけすっきりした。

進む先の交差点近くに見慣れぬ車が停まっている。白い警察車両が数台、道端に並んでおり、その周りには警察官が数人集まっていた。警官たちはどこか慌ただしそうに、話しながら何かを指示している様子だ。

「あ...?」

冥霞は一歩踏み出して、その様子を遠くから観察する。警察官が何かを運び出しているのも見えたが、それが人なのか何なのかまではわからなかった。

冥霞は軽く肩をすくめ、すぐにその場を離れることにした。どうせ、大したことじゃないだろう。警察が来ているからといって、わざわざ気にすることもない。

また冥霞は帰路につく。

やがてマンションの入り口についた。

扉を開け、冷たい風の中を進んでいく。マンションのエントランスにはほとんど人影はなく、普段通りの静かな空気が漂っている。彼の足音だけがコンクリートの床に響く。

エレベーターに乗り込み七階のボタンを押す。

SNSを見ながら、七階に到着するのを待つ。

「…ん?」

普段なら気にも留めないはずの、ほんの少しだけ不快な異臭を感じ取った。

その匂いは、何か腐ったような、少し甘ったるいような、複雑な香りだった。エレベーター内を少し見渡すも、特に変なものはない。冥霞は特に気にすることなく、また視線をスマホに戻す。エレベーターが七階に到着すると、マンションの廊下を歩いて自分の部屋へと向かう。

「アイス♪アイス♪」

一日の一番の楽しみといっても過言ではないアイスを食べながらのネットサーフィン。

冥霞はソファに腰掛け、アイスを一口食べながら、スマホを片手にSNSをチェックし始めた。いつものように、つまらない投稿や猫の写真、昨日のニュースのまとめ記事を流し読みしていたが、ふと目に入ったのは、いつもと違う種類の投稿だった。

「なんだ、これ…?」

スクロールしていくと、異常な内容の投稿が目に止まる。

『不審者が暴れている』、それだけならよくある話かもしれない。しかし、投稿には映像が添えられており、そこには人々がまるで暴徒のように無秩序に街を歩き、奇妙な行動を取っているシーンが映し出されていた。その映像を見た冥霞は、思わずアイスを食べる手を止める。

「なんだこれ、映画のワンシーンか?」

画面をさらにスクロールすると、投稿はどんどんエスカレートしていく。次々に「暴動」や「感染者」という単語が並ぶ。

「感染者?」

冥霞は何気なくタップして次の記事を開くと、『不明なウイルスが拡大中』と書かれているのが目に入る。

記事には、突然暴れ出した人々が食人行為をしているという恐ろしい内容が書かれていた。それだけなら冗談だろうと思ったが、動画がいくつも投稿されており、確かにその映像の中で人々が暴れ回り、何かにかじりつく様子が映し出されていた。

「…嘘だろ?」

冥霞は画面に目を凝らす。さらに他の掲示板やSNSで同じような情報が拡散されているのを見つける。

「やべぇな…本当にヤバいことが起こってんのか?」

そのとき、スマホの画面に「緊急事態宣言」や「政府発表」などの見出しが目に入る。冥霞は何となく直感で感じる。これはただの噂や都市伝説ではない、現実に起こっている事態だと。

普通の人なら、恐怖や絶望に駆られ、すぐにでも避難の準備を進めるだろう。しかし冥霞は違った。彼は画面越しに流れる情報を見ながら、次第に高まっていく興奮を抑えきれなかった。普段から感じていた無気力感、社会への不満、つまらない日常。それらすべてが今、崩れ落ちようとしているのだ。

「へぇーおもしろそうじゃん」

ますますスマホの画面に吸い込まれていく。もう一度その情報を確認する。様々な投稿や報道が連鎖的に増えていく中で、すぐに判断を下す。

「この目で、生で、見たいよなぁ!」

冥霞は部屋を見渡す。すぐに必要なものが目に入る。冷蔵庫から水と食料をいくつか取り出し、近くの棚に置いてあった防災用のバックパックに無造作に詰め込む。カップラーメン、缶詰、乾パン、そして予備の衣類を手早く確認しながら、必要なものを揃えていく。

次に、冥霞は部屋の隅に置いてあった金属バットを手に取る。小学生くらいの頃やっていた野球のものだ。

「まさかこんな形で役に立つとはなぁ」

とんでもないことが外で起こっているのに、なぜか全く焦りを感じない。外には人を襲うような化け物がいるはずなのに。

冥霞はもう一度スマホを確認し、街の状況を把握した後、冷静にマンションの扉を開ける。

「行くか...」

絶望の世界への扉を興奮持って開ける

パトカーのサイレンが聞こえる。遠くのほうには救急車のサイレンも。

「エレベーターは危ないか」

SNSの情報が本当ならインフラの停止も遅かれ早かれ起こるはずだ。

冥霞は非常階段の扉に向かう。足音を響かせながら階段を下り始める。

5階に到着するころ

冥霞は足音を止めて、静かに耳を澄ました。不規則な音が、階段の先から聞こえてくる。それは確かに、ただの足音ではなかった。重く、乱れた呼吸音が続く。段々と、それが現実のものだと理解できてきた。

そして、少し降りた先、5階の踊り場に足を踏み入れた瞬間、ついにそれを目の当たりにする。

腐乱した顔、かすれた呻き声。目の前に現れたのは、全身が肉のようなものに覆われ、皮膚が裂けたような姿の"感染者"だった。その目は虚ろで、まるで何もないかのように冥霞を見つめている。

「ほんとじゃねーか!!!」

冥霞は思わず大きな声を上げた。それは、恐怖でもなく、ただ純粋に興奮と歓喜の声だった。今までSNSで見たあの映像が、まさに目の前で現実となっている。自分の中で何かが弾けるような感覚が走った。

感染者は、冥霞に気づくと、ゆっくりと前に進み出す。ギシギシと骨が軋む音が、今まで聞いたことのない不快感を与える。しかし、冥霞にはそれがむしろ刺激的に感じられる。

「待ってたぜ...!」

冥霞は金属バットを握りしめ、戦闘体勢に入る。しばらくその場で動きを観察するが、感染者は相変わらずゆっくりとした動きで近づいてきている。

恐れるものは何もない。興奮のあまり、心拍数は上がるが、それは戦いへの期待を増すばかりだ。まるで獲物を狩るかのような感覚が冥霞を包む。

「来いよ。」

前にステップを踏み込み、感染者の攻撃を誘う。案の定感染者は大きく腕を振りかぶり、捕まえようとしてくる。俺はそれを相手の背後に回り込むように躱す。背中がガラ空きだ。

思いっきり力を込めてバットを相手の頭部めがけて振る。

目の前で血と肉が弾け飛び、感染者の顔は崩れ落ち、力なくその場に倒れる。冥霞は立ち尽くし、肩で息をしながらも、嬉しそうにその姿を見下ろす。

「はぁ、はぁ、大したことねーじゃねーか」

少し息を切らしながら冥霞は倒れた感染者の体をじっと見つめる。死んでいるのか、まだ生きているのか。だがそれすらも、今の冥霞には重要ではなかった。彼の中では、ただ目の前の『現実』が面白くてたまらなかった。

また階段を下っていく。三階に到達した時、突然、遠くからかすかに助けを求める声が響いた。声は震えており、どこか切羽詰まった様子が伝わってきた。

「だれか…助けて…!」

声がする方向へと足を進める冥霞。前回のように、冷静で興奮を持ちながらも、無駄に恐れたりはしない。彼にとって、この世界の混乱はむしろ興奮材料だった。人の命が軽んじられ、秩序が崩れていく中で、冥霞は今、何かを求めていた。

「おい、大丈夫か?」

扉を少し叩き、そう問いかける。

「誰かいるんですか!?」

先ほどよりも切迫しているに感じる。

「助けてください!なにが起こってるんですか?夫からの連絡もなくて!外からは悲鳴とか、サイレンとか!でも外には出るなって!」

「おいおい落ち着けって」

冥霞はその声に対して冷静に反応する。

「助けてください!外はどうなってんですか!!」

再び、恐怖に満ちた声が響く。冥霞はその問いに応えることなく、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

「悪いが、救助隊ではない。ただの生存者だ。とりあえず開けてくれないか」

「わ、わかりました」

ガチャっと音が鳴った後ドアノブが回り、ゆっくりと扉が開かれた。中からは、恐怖に満ちた女性の顔が見えた。彼女は冥霞を見ると、一瞬だけその顔に安堵の表情を浮かべたが、すぐにその表情は不安に変わった。

「本当に…生存者ですか?」

彼女の声は震えており、冥霞の冷静さに圧倒されている様子だった。

冥霞は無表情で頷きながら、軽く肩をすくめる。

「そうだ。今はお前が必要な物資を持ってきたわけじゃないが、少なくとも生きてるなら一緒にいた方がいいだろ?」

女性はまだ躊躇していたが、冥霞の視線に押されるように、部屋の中へと彼を招き入れた。

部屋に入ると、薄暗い室内が広がっていた。窓は閉められており、部屋の中はひっそりとした空気に包まれている。壁には家族の写真が飾られており、冷蔵庫や食器棚はしっかりと整頓されていた。

「とりあえず落ち着こう。」

冥霞は一歩部屋の中に踏み込むと、軽く言った。

「何が起こったのか、さっぱり分からないんだろ?」

「はい...」

弱々しく答える

「とりあえず外見てみろよ」

女性は恐る恐る窓に近づき、カーテンを少し開けて外の様子を見た。冥霞もその隙間から外を覗き込む。街は静まり返り、ただ一部の人々が歩き回っているのが見えたが、その歩き方は異常だった。まるで何かに操られているように、無表情で歩き続けている。

「なに...これ...」

両手を口に当てながら、この状況を信じられないように答える。

「信じられないかもしれないが生憎と今は絶望してる時間はない」

焦らせるように言う。

「今すぐにでも荷造りを始めるべきだ」

「は、はい でもどこか行く当てがあるんですか?」

「ああ、この地区の避難場所はここの近くの高校だそこに向かおうと思う」

「高校…ですか?」

女性は戸惑いの表情を浮かべた。「でも、本当にそこが安全なんでしょうか?」

冥霞は女性に向かって肩をすくめながら冷静に話を続けた。

「保証はない。ただ、ここに閉じこもっていても何も変わらない。物資が尽きれば終わりだし、もし奴らが入ってきたら、逃げ場はない。」

その一言に女性は顔を曇らせたが、反論する言葉も見つからない。ただ、窓の外に漂う不気味な空気に息を詰まらせている。

「高校なら体育館や倉庫があるだろう。避難所として機能している可能性が高い。生存者が集まっていれば、協力もできる。」

冥霞は淡々とした口調で続けるが、その言葉にはどこか説得力があった。彼の言葉を受け入れざるを得ないのは、それが冷静で的を射ているからだ。

女性はしばらく迷った後、小さく頷いた。

「…わかりました。でも何を持っていけばいいのかわからなくて…」

彼女の声は震え、冥霞の方を見つめている。

「動きやすい服に着替えろ。そして、防寒具、水、食料、役立ちそうなものをとにかく鞄に詰め込むんだ。必要最低限でいい。」

冥霞は部屋の中を見回しながら指示を出す。女性が戸惑いながら荷物をまとめ始めると、彼はさらに具体的な助言を追加した。

「懐中電灯とか、予備の電池があればそれも持っていけ。それと、靴は滑りにくいやつを選べよ。」

彼の口調はあくまで冷静だったが、どこか余裕すら感じさせるものだった。女性はその態度に安心感を覚えたのか、恐る恐る荷物をまとめるスピードを速めていった。

女性がキッチンで水や保存食をかき集めている間、冥霞は一瞬だけ立ち止まり、彼女の背中を観察する。その肩は小刻みに震えているが、彼女なりに懸命に動いているのがわかった。

「準備ができたら声をかけろ。出発する前にもう一度状況を確認しておきたい。」

冥霞は部屋の窓から外を一瞥し、物音に耳を澄ませた。今のところ大きな変化はなさそうだが、遠くから聞こえる救急車やパトカーのサイレンが街の混乱を物語っている。

女性が小さな声で準備できましたと言うと、冥霞は彼女の荷物をちらりと確認した。

「まぁまぁだな。」

女性は意味が分からず首を傾げる

冥霞は何かを考え込むように部屋のベランダへと向かう。彼はその場で金属バットを振り上げ、ベランダのガラス柵を思い切り叩き割った。

パリーン

割れる音が辺りに響き渡り、女性は驚いて悲鳴を上げた。

「きゃあっ!な、何してるんですか!」

女性が震えながら尋ねると、冥霞は淡々と振り返る。

「こっちに来い。」

不安そうな表情を浮かべながらも、女性は彼の言葉に従いベランダへ近づく。そこから見下ろすと、割れた音に反応したのか、下の地面にゾンビが集まり始めていた。群がる無数の異形たちが、崖下からこちらを見上げている。

「…音に反応する、ってわけか。」

冥霞は小さく呟きながらゾンビの動きを観察する。その様子に女性は震えながら身を乗り出し、何が起きているのかを確認しようとしていた。


その瞬間だった。


オレは女性の背負っているリュックを強引に引き剥がし、それを部屋の中に投げ込んだ。そして、何も知らず崖の縁に立っている女性に向かって、無情に強い蹴りを放った。

ドン!

「えっ…!?」

女性の表情が恐怖と混乱に歪む。何が起きたのかを理解する間もなく、彼女の体は重力に引き寄せられ、下のゾンビの群れに向かって落ちていった。

ズシャッ!

無数のゾンビが一斉に女性に襲いかかる。叫び声は、あっという間に掻き消された。

冥霞は静かにそれを見下ろしながら、言う。

「あーたまんねぇ!こんなことしても誰にもとがめられないもんなぁ!」

女性のリュックを開けると、中には彼女が持っていた物資が詰め込まれていた。

「水、食料、救急キット…。悪くないな。」

自分のリュックに使えそうなものを詰め込む

「もうちょい時間稼ぎしててくれよー」

ゾンビがさっきの女性に気を取られているうちに高校を目指すことにした。

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