9・愚かな元夫は、後悔する
今回はフレッグとリリアナの現在です!
――こんなはずじゃなかった、と。
フレッグは、もう人生で何度思ったかわからないことを考えながら、悔しさで頭を掻きむしる。だが今回の屈辱と後悔は、人生の中でも最も大きかった。
「どうして……どうしてこんなことになった! 俺が英雄だ! 俺が英雄なのにっ!」
十二歳で光の剣を抜き、英雄になる男だと言われ続けたフレッグ。だが今はもはや、光の剣を持っていたにもかかわらず魔王に身体を乗っ取られ、不貞した事実を公にされ、妻に捨てられた駄目男として、人々から呆れと蔑みの目で見られていた。
「本当に……どうして、こんなことにぃ……」
その隣で、リリアナも深いため息を吐く。今はリリアナの住む集合住宅の中で二人、今後について話そうということで会っていたのだ。
「お前のせいだろうが、リリアナ! お前が、あの石に魔王復活を願ったりするから!」
「何言ってるのよ、フレッグだって願ったでしょ!? だからこそ、あんたが魔王に身体を乗っ取られたんだから! 私は乗っ取られてないもん!」
「ふん! お前だって願ったことには変わりないのだから、いずれ俺と同じように身体を乗っ取られるに決まっている!」
「はあぁ!? 縁起でもないこと言わないでよ!」
以前までは、フレッグを「フレッグ様」と呼んで、しおらしく健気な女性の猫を被っていたリリアナだが。あんなことがあった今、もはや本性を表し、フレッグのことも呼び捨てで呼ぶようになっていた。
フレッグの不貞相手がリリアナだということは、ライラによって衆人の前で公にされてしまった。英雄の没落と、新たな英雄の誕生。そして不貞によって離縁を突きつけられたというフレッグのニュースは、その衝撃性から、瞬く間に王都中に広まった。特に、有閑貴族達はゴシップが大好きだ。今や「英雄ライラから夫を寝取った泥棒猫リリアナ」の名は、誰もが知るところになってしまっている。
リリアナとしては、本当はフレッグを捨てて別の新しい男を見つけたいところなのだが。醜聞の知れ渡っているリリアナに近付かれて、受け入れる男などいない。いや、平民の中でもガラの悪い男であれば「よぅ、あんた人の旦那と寝るくらい男好きなんだろ、俺ともどうだい?」なんてニタニタと笑いながら声をかけてくるが。そんな男はリリアナの方から願い下げだ。リリアナは、地位が高い男性や名声のある男性にしか興味がないのだから。
いずれにせよフレッグとリリアナは、既にお互いに愛想をつかしているが、周囲から糾弾されすぎて、今はお互いしか一緒にいる相手がいないのだ。何より……
「……こんなこと言い争ってる場合じゃない。目下の問題は、俺達が魔王を復活させたことがバレないか、ということだ」
フレッグとリリアナが魔王を復活させたということは、まだフレッグとリリアナ自身しか知らない。あの謎の黒い石は、フレッグ達の願いを受け入れた後、消えてしまった。証拠が残らなかったのだ。
そもそも、魔王を復活に至らせることのできる石である。人知を超えたその力は、幸か不幸か、フレッグにある効果をもたらした。それが、フレッグを査問した取調官を惑わした力――魔王復活に力を貸した事実を秘匿する力だ。
魔族は人間に容赦がないが、利用価値のある者はどこまでも利用し続ける。そのためフレッグは「光の剣を所持していたがゆえに魔王に狙われた被害者」として罪には問われなかったのである。――もっとも、石の力が及ぶのは魔王復活に力を貸したことを隠すという点だけであり、他の事象には影響しないため、不貞の事実は隠せず、その件では彼は白い目で見られているわけだが。
いずれにせよ、石の効果など何も知らないフレッグとリリアナは、取調官に事実を隠し通せたことは奇跡的だと思っている。――だが、だからこそ。本当はフレッグとリリアナが魔王を復活させたという事実が露見すれば、その罪に加え「取り調べの際に事実を隠蔽した」という罪まで重なることになる。確実に、処刑は免れない。そのため二人は何よりも、事実を知られることを恐れていた。
「へ、平気でしょ。あの変な石のことは、私達しか知らないもの。あんたは身体を乗っ取られた被害者だし、私はそもそも無関係ってことで……」
「そ、そう……だよな。俺達は悪くない。俺達は、被害者だよな」
「そうよ。あんたさえ言わなきゃバレないんだから、余計なこと言うんじゃないわよ」
「こっちの台詞だ! お前こそ、うっかり口を滑らせるんじゃないぞ」
二人は、絶対に他者には知られてはならない秘密を抱える、共犯者のようなものである。もはやどれだけお互いのことを嫌っていても、協力し合うしかないのだ。
「……にしても、外に出るだけで人々から後ろ指をさされ、嘲笑されるこの事態は、なんとかできないものか」
「やっぱり、あの女からフレッグが光の剣を取り戻して、なんかバーンと活躍して、英雄としての威光を取り戻すしかないわよ」
フレッグは、自分が英雄になりたい。リリアナも、もう他の男性との結婚は見込めないのだから、フレッグに英雄となってほしい。そうすればせめて、英雄の妻という立ち位置だけは手に入るかもしれないのだから。
「光の剣を手に入れたからって、力じゃ、あの女はフレッグには敵わないでしょ? さっさと奪ってきちゃえばいいじゃないの」
「だが、許しがたいことだが、あの女は今英雄として王宮にいる。王宮に、簡単に入れてもらうことなどできんぞ」
「でも、あの女は今後各地を旅するんだって、街の人達が噂してるのを聞いたわよ。なら、旅の途中で襲っちゃえばいいじゃない」
「……それもそうだな」
(そうだ。ライラから光の剣を取り戻し、俺こそが真の英雄なのだと、今度こそ人々に認めさせてやる)
フレッグがそう考え拳を握りしめていたところで、盛大に腹が鳴った。
「そういえば最近ろくに飯を食ってなかったから、腹が減った。おいリリアナ、飯」
「はあ? 私だってお腹減ってるわよ。あんたが作りなさいよ!」
「なんで俺が! お前は女なんだから作れよ!」
さんざん口論した末、疲れ切ったうえ腹も減った二人は、後日フレッグも料理を作るという約束のもと、今日はリリアナが料理を作ることになった。だが、出来上がったものを食べたフレッグは――
「まずい! なんだこれは、どうしたらこんなにまずくなるんだ!?」
「うるさいわね、私は家事なんて嫌いなのよ! 文句があるなら食うな!」
フレッグの舌に問題があるわけではなく、料理下手なリリアナが作った料理は、確かに食えた物ではなかった。だが、ギルドに行っても周囲から白い目で見られる二人は、最近外に出ることを控えており、稼ぎもない。よって、食材がほとんどないため、嫌でも食べるしかないのであった。
(……ライラの料理は、いつもうまかったな)
汚泥のような食事を口に運びながら、フレッグはふと思う。
あんな女に対し、口に出して褒めてやることなど癪なので、一度も褒めたことはないが。むしろ「もっと副菜の数を増やせ」とか「今日は魚の気分じゃない」とか言いまくっていたが……ライラの料理は、こんなリリアナの料理とは比べ物にならないほど美味しかった。それに、寒い日は温かい煮込み料理を作ってくれたり、フレッグの体調が芳しくない日は、栄養たっぷりで食べやすいスープを作ってくれたり……。いつも、フレッグのことを考えて料理を作ってくれていたのだ。
(思えばライラは、夫婦だったときは、ちゃんと俺に向き合おうとしてくれていたんだな……)
フレッグはそう考えて、はっと我に返るように、ぶんぶんと首を振る。
(何を考えているんだ、俺は……! 俺に恥をかかせた、あんな女! 別に……今更惜しくなったわけじゃない!)
自分の中に湧き出てしまった感情を無理矢理押さえつけるように、フレッグは自分にそう言い聞かせた。
だけどその後も、リリアナの嫌な面を見るたびに、「ライラだったら」と未練がましく考えてしまうのだった――
読んでくださってありがとうございます!
最終的には破滅を迎える二人ですが、サクッと処刑するよりも、じわじわと追いつめていこうと思い、こういう設定にしてみました。
引き続きよろしくお願いいたします~!




