8・旅の仲間
ルヴァインと名乗った男は、優美な笑みを浮かべ、ライラに語りかける。
「あなたはこれから、各地の魔を浄化するため、旅をするのだろう」
「ええ、まあ、そうですね」
「なら、俺も連れて行ってくれないか」
笑顔のまま言われ、ライラは一瞬、えっと驚いた。
「連れて行ってくれって……どうしてですか?」
「どうしてって、魔王がいつ復活するかもわからないという、国の危機だ。魔術師団長として、見過ごすわけにはいかないだろう? それに」
「それに?」
「実のところ、退屈な日々には飽き飽きしていた。あなたとなら、面白い旅ができそうだ」
「そ、そうですか……」
(これは、褒められているのだろうか……)
「旅に出るなら魔法を使える仲間はいた方がいい。俺は役に立つぞ」
それは確かに。ライラは光の剣を持っているというだけで、魔法の知識も旅の心得もない。王国魔術師団の団長が同行してくれるなら、心強い。
「なんならアランズのように、俺もあなたと戦って実力を見せようか?」
「いえ、それはさすがに……」
ライラがルヴァインと話していると、アランズがばっと挙手する。
「俺も! 俺も連れて行ってください、ライラ様!」
「え、えーと……。いやまあ、いて困るってわけでもないんですが……」
(……私は、剣技を教えてもらいに来たんだけどなー)
なぜだか、さっそく二人も仲間ができてしまった――
◇ ◇ ◇
ライラはその日から王宮に滞在し、ローゼン騎士団長から剣技の基礎を教えてもらった。
その間の住処としては離宮の客室を与えられ、家事は使用人達がやってくれて、何不自由ない生活を送ることになった。フレッグと暮らしていたときは、仕事に炊事に掃除洗濯……と息を吐く間もないくらいだったのに。ライラにとって衣服や部屋を綺麗にしてもらえるのもありがたいが、特に、三食豪華な食事を出してもらえるのが感動的だった。
(人が作った料理を食べられるなんて、いつ以来だろう……! しかも、すごくいいお肉だし)
フレッグと暮らしていたときは、安さを重視して硬い肉ばかりだった。それがこの王宮では、最高級のお肉がワインでじっくり煮込まれて、口の中で解けるほど柔らかくなっている。
(ああ、幸せ……)
幸せは嚙みしめつつ、ずっとこの日々を送っているわけにもいかない。七日ほどしたところでローゼン騎士団長から「ライラ様は光の剣の加護によって強大な力を授けられています。もともとあなたが聡明で覚えがいいこともあるのでしょう、飲み込みもとてもお早い。戦闘技術は、何も問題ないかと」と言われた。
光の剣の主であるライラは、使用武器が光の剣ではなく、騎士団の練習用の剣などであっても、光の加護による能力向上の恩恵を受けられるらしい。そのため、光の剣を持っていない状況でも、そこらの騎士に負けない程度の戦闘はできてしまうのだ。
『そうだライラ、君には何も問題ない。戦いのことなら、私が全て教えてやる』
リュミエールもそう言ってくれたし、そろそろ旅に出る、という旨を国王陛下に伝えると。
旅に出る前に、火の魔王を倒したライラを称えるため、そしてライラを送り出すために、祝勝会と壮行会を兼ねたパーティーを開くという話になった。
「い、いえ。そのようなこと、していただかなくても大丈夫です」
恐れ多くて、ライラはそう言ったのだが。
「貴殿は我が国の英雄だ。英雄を称え、旅に送り出すというのに、宴も開かぬのであれば、国の威信にもかかわる。そう遠慮することはない。貴殿にはこれから国のために旅をしてもらうことになるのだから……その前にこの城での時間を、どうか楽しんでほしい」
国王は、成人しているとはいえ、まだ十九歳であるライラを旅に送り出すことを心苦しいと思っている様子だった。パーティーを開いてくれるのは、せめてもの心遣いなのだろう。もともとライラが火の魔王を倒した時点でパーティーの構想はあったそうで、裏で準備も進めていたらしい。ライラはそれ以上断るのもかえって失礼かと思い、受け入れたのだが――
◇ ◇ ◇
「……うーむ」
ローゼン騎士団長にはもう充分だと言われたものの、騎士団の修練場にて自主鍛錬をしていたライラは。光の剣を素振りしながら、難しい顔をしていた。
「どうかしたのか、ライラ」
そこで声をかけてきたのは、ルヴァインだ。
「いえ。陛下から、今度パーティーを開いていただけると聞いたのですが……。パーティーにダンスは必須らしくて、どうしたものかと。ドレスは王宮で用意してもらえるそうですが、私には相手がいませんし」
「ふむ。俺では駄目なのか?」
悩むライラに、ルヴァインはあっさりと言った。
「えっ?」
「あなたは、俺が相手では嫌かな?」
「嫌……というわけではないですが。そもそも嫌だとか思うほど、あなたのことをよく知りませんし」
「俺も、あなたについて詳しいとは言えないな。だからこそ、もっとあなたを知りたい」
(……これは、どういう意味だろう。なんだか口説かれてる気する、と思うのは自意識過剰? 単に人として知りたいというだけかな。……私、夫となった人からも拒否されるレベルで、女としては魅力がないんだろうし)
「ライラ様! ダンスのお相手の話ですか!? でしたら俺が! 俺が!」
そこで、大きく挙手をして、アランズも駆け寄ってきたのだが。
「いや、それはちょっとやめておきます」
「即答!? なぜですか!?」
「……その。初対面のときのように見下されるよりかはマシなんですが、あまり、親分みたいに接してもらうのも慣れなくて……」
「そんな! この態度は俺の、ライラ様への敬意の証なのですが!」
アランズは、ルヴァインほどではないが涼やかな顔立ちで、雪明りのような銀髪も美しい。外見だけなら、とても子分だなんて口が裂けても言えない男性なのだが。現在のライラへの態度は、どう見ても子分そのものだ。
「ライラ様! 俺がライラ様のお役に立てることはないのですか!?」
「えーと……じゃあ、喉が渇いたので、お水を持ってきてもらえますか?」
「はい、ただいま!」
アランズは走って修練場を出て行く。子分というか、主人にだけよく懐いている大型犬のようなものかもしれない。ちょっと可愛いような、いや結局長身の男性だしちょっと暑苦しいような。
そんなライラとアランズの関係を微笑ましく思うように、ルヴァインがクスクス笑う。
「あなたはたくさんの人から好かれているな、ライラ」
「いや、そんなことないですよ」
(何せ、結婚していたときは夫からも義両親からも全然良く思われていなかったし……)
ヤーシュだって、あれは好意を抱いていたわけではなく単なる身体目当てだろう。アランズはまあ慕ってくれてはいるのだろうが、ライラとしてはリュミエールの力で勝っただけなので、そんなに忠誠を示してもらっていいのだろうか、と思ってしまう。
(……好かれることには、慣れていないわ)
「そうかな。少なくとも俺は、あなたに興味がある。パーティーで一緒にダンスを踊りたいと願うほどには」
「…………」
ルヴァインは、にこりと優美な笑みを浮かべている。ライラは、つられて笑う気にはなれなかった。
「どうした? 不快にさせることを言ってしまっただろうか。だとしたら、すまない」
「いえ……その、ルヴァインさんは……」
「ルヴァイン、と呼んでくれ」
「……ルヴァインは、とてもお綺麗ですよね」
「まあ、容姿についてはよく褒められるな。だが、あなたにそう言ってもらえるのは嬉しい」
「……ルヴァインほど綺麗な人が、どうして私なんかに優しくしてくれるのだろうかと、不思議なんです。率直に言えば、何か裏があるのではないかと疑ってしまいます」
フレッグやヤーシュなど、駄目男ばかり見てきてしまった関係で、あまり他者を信用できなくなってしまっている自覚はある。だがルヴァインは嫌な顔をすることなく、クスクスと笑った。
「あなたは本当に正直だな。だが『私なんか』ということはないだろう? あなたはこの国の英雄なのだから」
「それはそうなんですが。まだ、あまり実感がなくて」
「そういうものか。あなたに実感がなくても、俺はあなたを、すごいと思うよ」
「それは……ありがとうございます」
このルヴァインという男がどういう人なのかは、まだいまいち掴めないけれど。褒めてもらっているのだから、ここは素直に礼を言っておく。
「俺は、街に火の魔王が現れたとき、あなたが光の剣でフレッグを刺すところを見ていてね。それで、あなたを素敵な人だと思ったんだ」
「いやいや待ってください待ってください、あの場面を見て素敵な人だと思うのはさすがに相当特殊な趣味では?」
何せあのときのライラは、仮にも夫を剣を突き刺し、その直後彼の不貞を公表して、離縁届けを突きつけたのだ。どす黒い復讐心を燃やしていたわけだし、正直どん引きされたっておかしくないというのに。
(私も前世ではアニメとかネット小説とか大好きだったから、わけもなくイケメンに好かれまくるって展開はたくさん見てきたけど。だからってさすがにこれは、どんなご都合主義だ……!)
「ふふ、そうかな。まあ、あなたを困らせるつもりはない。ただ、パーティーでのダンスくらいは、よかったら相手をしてくれないか。――他の相手を誘うくらいなら、ね」
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