6・何故だか騎士に決闘を申し込まれました
「魔王を倒した英雄、ライラよ。貴殿が早急に倒してくれたとはいえ、火の魔王が復活したことにより、微量でもこの国に魔王の瘴気が散ってしまった。これにより魔獣がダンジョンの外に出られるようになってしまったうえ、今後、他の魔王が出現する危険性もある。そこで貴殿には、この国の各地を回り、光の剣の力で魔を浄化してほしい」
この国・レインズヴェールの王宮、謁見の間にて。国王が、ライラに王命を言い渡していた。
「対価として、勇者にだけ与えられる特別な爵位『勇士爵』を与える。ただし領地はまだ与えない。貴殿には各地を巡り国の平和を守ってもらう役割があるゆえ、貴殿が一箇所の土地に滞在して領地経営をすることはまだできないからだ。魔王が全て倒されるか、完全に封じられるかした後は領地を与えるが……。それまでは領地収入の代わりに、国庫から勇者の働きに相応しい報酬を支払う」
国王が、臣下に契約書を持ってこさせる。勇者としての役割など大変な重責ではあるが、契約書には、それに見合った報酬額が記載されていた。
(これからの私の人生は、勇者として生きる)
フレッグとの結婚生活によって、ライラは夫に支配され、義両親の世話をし、毎日家事と仕事に追われる日々に嫌気がさしてしまった。自分の力が世界平和に繋がり、人々から認められてお金もたっぷり貰えるなら、旅をする生活もいいかと考えたのだ。
(どうせ、前世でも冴えない人生を送った挙句死んだんだ。だったらいっそ、今世では人々の役に立ってぱーっと生きるのもいいよね)
以前は悩みをため込んで一人で暗くなることの多いライラだったが、前世の記憶を取り戻したことと、夫の支配から逃れたことによって、気持ちが前向きになっていた。
「かしこまりました、陛下。国の平和のため、力を尽くします」
「このような重責のある役割を引き受けてもらい、本当に助かる。貴殿はこの国を救い、これからも人々を守ってくれる勇者だ。必要なものがあればなんでも用意するので、言ってくれ。武器は光の剣があるだろうが、他に魔道具でも……。後は、そうだな。旅には仲間が必要だろう。王宮に仕える者であれば、引き抜いていっても構わないぞ」
(仲間かあ……。確かに必要なんだろうけど、合わない人とずっと旅をするのは、かえって大変そうだしなあ。よく見極めないと……)
「陛下。私は光の剣に新たな主として選んでもらったものの、剣技の心得はありません。旅に出るために、訓練を積みたく存じます。王国騎士団の方々に剣技を教えてもらい、その中で、仲間にしたい方がいるかどうか探させていただきたいです」
「わかった。では、騎士団長に頼むといい」
そうしてライラは、文官によって騎士団の修練場に案内されることになり――
◇ ◇ ◇
王への謁見のためドレスを着ていたライラだが、鍛錬をするなら動きやすい格好の方がいいだろうとのことで、レインズヴェール王国騎士団の、女騎士の制服を貸してもらうこととなった。着替えるため更衣室に入ったところで、光の剣リュミエールがライラに話しかける。
『別に訓練など頼む必要はないだろう。私の力で、君を必ず勝利に導くのだから』
リュミエールに主と認められたライラは、剣を握っていなくても、声が聞こえるようになったのだ。ただし、リュミエールの声はライラにしか聞こえない。
「確かにフレッグとのときも、身体がほとんど勝手に動きましたが……」
『ああ。私が主と認めた人間は、光の加護により大幅に能力向上するし、戦闘において、本人の想像する動きを最適化する』
「……ようするに、リュミエールさんが自動で戦ってくれるっていうことですよね。だったら、フレッグとの戦いのとき、私に『刺せ』と言う必要はなかったのでは?」
『君は私の主なのだから、私に敬称はいらない。それと、無から動きを生み出せるわけではない。私を扱うには、想像の力が重要なのだ。こう動きたい、と頭で考えてもらえれば、私がそれを最適化する。自動というより『思考を最適化し実現する』といった方がより正しい』
ふむ、とライラは顎の下に手を当てて考える。
「だけど、想像さえすればリュミエールが勝利に導いてくれるのに、フレッグはそこまで強い感じがしませんでしたね」
するとリュミエールは、ため息を吐き出しそうな声で答えた。
『あいつはそもそも、自分の頭で考えるということが、とことん苦手な奴でな……。それでも努力し、善性を持ち続けていればよかったものの。私の所有者であるということで慢心し、心を腐らせていった。主がそんなでは、私の光の力まで錆びついてしまってな。近年の私は、力を失い、フレッグと会話を交わすこともできずに深い眠りについていたのだ。……だから、君が奴に虐げられていたということも、君に拾ってもらったときに初めて、君の記憶から知った』
「……素朴な疑問なんですが、そもそもなんでフレッグを持ち主として認めちゃったんですか?」
『あいつには生まれつき光属性の適性があった。それに精神性も、幼い頃はまだマシだったのだが……。私を手にしたことで、奴の人生を変えてしまったのかもしれん。大きな力を手に入れると、人は驕り高ぶってしまうものだからな……』
リュミエールの声は、憂いを帯びていた。フレッグが悪い方向へ突っ走るのを止められなかった自分を悔いているようだ。
「リュミエールのせいじゃないですよ。慢心し、他者を尊ぶことを忘れたフレッグが悪いのですから」
(大きな力を手に入れると、人は驕り高ぶってしまう……か。私は、そうならないように気をつけよう)
「ともかく、リュミエールを使うには、想像力や思考力が大事なんですね」
『うむ。火の魔王との戦いのときは、君の【フレッグを刺す】というイメージがとても明瞭だったため、君を勝利に導きやすかった』
(まあ、それはフレッグに対する憎しみが積み重なっていたからではあるけど……)
「イメージが大切なら、強い人の戦い方をよく見ておくことは重要かもしれませんね。それに、旅の道中で何があるかわかりませんし、一応ちゃんと戦闘の基礎は身に付けておきたいです」
『そうか、君は努力家だな。なら止めはしないさ、王国騎士団から学ぶものも何かあるかもしれないしな』
「はい」
ライラはリュミエールの言葉に頷き、女騎士の制服に着替えようとしたのだが――
「……あ。着替え、リュミエールに見えちゃいますか?」
剣に性別があるのかはわからないが、リュミエールの声は低く涼やかな男性の声だ。堂々と着替えるのは少し恥ずかしい。
『私は剣なので、欲情するということはない。それでも、君が気になるのであれば、布でもかけておくといい』
(それってつまり、周囲の景色は見えてるってことだよね。……目がないのに、どうやって見えているんだろう)
疑問に思いながらも、まあ気にしないことにして、着替えを終え――
◇ ◇ ◇
ライラは、リュミエールを携え王国騎士団の修練場に足を踏み入れた。
「ライラ様、よく来てくださいました。私は王国騎士団の全部隊を統括する騎士団長、ロザートと申します。火の魔王を打ち倒したライラ様に、私などがお教えできることなどあるかわかりませんが、戦闘のことで疑問がありましたら、なんでも聞いてください」
「ありがとうございます。戦闘は素人でして、基礎から教えていただけると助かるのですが……」
ライラが早速、ロザートに戦闘の基礎を教えてもらおうと思ったところで――
「そいつが噂の英雄か? とてもそうは思えん。見るからに貧弱だな」
――険しい声が、修練場内に響いた。
声の主は二十代ほどの、鋭い青の瞳に、銀の髪を持つ青年騎士だ。その目は、明らかな敵意を持ってライラを睨みつけている。
「俺は王国騎士団第三部隊隊長、アランズだ。貴殿は英雄と呼ばれることになったそうだが、俺は正直、貴殿のことを認めていない」
王国騎士団は、第一部隊が国王を中心とした王族の近衛騎士であり、第二部隊が王都を守る役割を、第三部隊が、国の有事に備えていつでも遠征できる役割を担っている。
アランズは火の魔王がフレッグの身体を乗っ取った日、ちょうど休暇であり、その場に居合わせなかった。だから、ライラの活躍をその目で見ていないのだ。
不遜な態度のアランズを、ロザートが窘める。
「アランズ。ライラ様が火の魔王を討ったところは、騎士団含め多くの人々が目撃している」
「そもそも、そんな小娘に倒せるような相手など、本当に火の魔王だったのかのか疑わしい。もっと低級な魔族だったのでは?」
「その件に関しても王国魔術師団によって魔力鑑定が行われ、魔王級のものであったと確認がとれている。ライラ様の功績を疑うということは、陛下の意思に背くも同然だぞ」
「俺は国のことを思うからこそ、そのような小娘が英雄扱いされることを憂いているんだ。日々人々のために鍛錬に励んできた我ら騎士団を差し置いて、ぽっと出の小娘が担ぎ上げられるなど、あってはならん」
(……まあ、このアランズさんって人が納得できない気持ちもわかるな)
実際ライラは、剣技については素人だ。リュミエールに善性を認めてもらい主にしてもらえたとはいえ、運がよかったにすぎないという自覚はある。
「貴殿のような者に、勇者としての役割が務まるはずがない。俺に光の剣を寄越したらどうだ?」
「はあ。あなたが私の代わりに他の魔王を倒してくれるというのであれば、それでもいいですよ。光の剣、お渡ししますね」
「なんだ、素直だな。一応身の程は弁えているということか」
アランズが、ライラからリュミエールを受け取ろうとし――
「ぐ……!?」
バチン、と強い閃光が弾けた。アランズはリュミエールの柄を握ろうとした掌に、じんと痛みを感じる。
『私は、私の主と、私が触れるに値すると認めた者にしか、触れることはできん。……ライラを侮辱する傲慢な男など、私の所有者には相応しくない』
「えーと……すみません。アランズ様は、光の剣に、主と認められなかったようです」
アランズは手にすることができなかった光の剣を、ライラはいとも平然と手にしている。その事実が、アランズの矜持をおおいに傷つけたらしい。彼はわなわなと屈辱に震えている。
「貴様……王国騎士団第三部隊隊長である俺を、馬鹿にしているのか」
「いえ、別にそのようなことは」
淡々と言うライラに対し、アランズは怒りを滾らせた瞳を向け、手袋を投げつけた。
「言い訳は無用だ。俺を愚弄した罪は重いぞ。ライラ・クレーヴィア、貴殿に決闘を申し込む!」
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