5・英雄ライラ
その後、ライラは光の剣の所有者であり、四属性の魔王のうち一体を倒した英雄として、正式に王家から称えられた。ちなみに、フレッグの身体を乗っ取って爆炎魔法を使用していたあの魔王は、火の魔王だったそうだ。まだ水・風・雷の魔王が残っており、火の魔王の復活を皮切りに、今後復活するのではないかと危険視されている。
そんなわけでライラは、これから英雄として忙しくなるため、今まで家庭教師として雇ってもらっていた伯爵家に、退職の手続きをしに行って――
「ライラ、君の噂は聞いたよ! 英雄として称えられるなんて、さすがは君だ! 俺は、君を誇りに思うよ」
伯爵家では、ヤーシュが笑顔でそう言った。
「君はもう夫と別れたそうだし、俺達を邪魔するものは何もないね。ああライラ、ようやく君と結ばれるのか……」
甘く囁き、ライラの腰を抱こうとするヤーシュに、ライラは――
「……何をおっしゃっているのですか? ヤーシュ様」
冷静な眼差しで、彼の手から逃れた。ヤーシュは「え?」と困惑する。
「何って、俺達の今後の話さ。君は夫がいるから躊躇っていたけど、本当は俺のことが好きなんだろう? 君の気持ちはわかってるよ」
「……ええと。ヤーシュ様には、婚約者がいらっしゃいますよね」
「ああ。だけど彼女とは、もう冷めた関係だって言っただろう? いずれ別れるつもりだ」
ライラは心が冷えるのを感じながら、淡々と告げる。
「ヤーシュ様。婚約者と別れないまま他の女性に愛を囁くのなら、あなたもフレッグと同じです」
「なっ!? 違う、だって君は、夫とうまくいってなかったんだろう!?」
「はい。ですがそれでも、以前まで私は既婚者でした。……正直、そんな私に手を出そうとするあなたを見て、ああ既婚者に平気で手を出す男なのだな、と思っていました」
不貞され傷ついたライラだからこそ、自分は同じ人間になるまい、と思っている。ヤーシュの婚約者がどんな人物かは知らないが、自分のいないところで他の女性に婚約者を悪く言い、愛を囁くなど、裏切り行為に他ならない。
「なんでそんな言い方をする!? 運命の悪戯で、たまたま俺達に婚約者や配偶者がいただけじゃないか! だけど俺は君の夫より君を想っていた! これは不貞なんかじゃない、真実の愛だ!」
「真実の愛だというのなら、正式に婚約解消や離縁してから口説くべきでしょう。ヤーシュ様は今現在も婚約者がいますし、そもそも私にまだ夫がいた頃から、私に手を出そうとしていましたよね?」
もしこのままヤーシュと結ばれれば、ライラは他の女性の婚約者を奪ったことになる。それで恨まれたり、貴族達の間で悪く言われたり、慰謝料を請求されたりするのはまっぴらごめんだ。
そもそもライラを口説く前に婚約解消しなかった時点で、その程度の気持ちなのだろう。
大方ヤーシュは、地味で家庭がうまくいっていないライラを見て、こんな女なら簡単に落としてやれると思っていたはずだ。以前彼の誘いに乗っていたところで、数回抱かれて終わりだっただろう。今はライラが英雄となり名声を得たから、婚約者よりライラの方が都合がいいと思って乗り換えようとしたのかもしれないが……。それでもやはり、真実の愛などと言うのであれば、先に自身の婚約の問題を解決すべきだろう。
「だ、だが! 君はいつも俺に微笑みを向けてくれたじゃないか! 俺を好きだったからじゃないのか!?」
「私にとってあなたは、勤め先の伯爵家のご嫡男ですから。邪険にすることができなかっただけです。ですが私はこれから、英雄として、国の平和のために生きますので。もうあなたとお会いすることはないでしょう。さようなら、婚約者さんとお幸せに」
「そ、そんなぁっ!」
ヤーシュは情けない顔でライラに縋りつこうとしたが、ライラは決して振り返ることなく歩いてゆく。
そうしてライラは、フレッグがずっとなりたくて仕方がなかった「真の英雄」として、世界を救うことになるのだった――