31・リリアナ、刺される
「ああもう、そういうのが、うるさいっていうのよ! 減刑して生き延びたところで、どうせ冴えない生活を送ることになるんだもの。それなら、魔族の要人として華々しい人生を送った方がずっといいわ!」
リリアナが手をかざす。すると彼女の周囲に、淀んだ色をした水が、まるで蛇のように細長く宙に浮いた。
「ここにいる人間達は、全員、私の可愛いお人形よ。いくらあんたが光の剣を持ってるからって、これだけ傀儡がいれば浄化しきれないでしょう」
リリアナが、人々に水を浴びせる。すると、先程ライラの浄化を受け正気を取り戻していた人々も、また瞳から光が消え、理性を失ってしまったようだった。
「あの水を浴びると、傀儡にされてしまうようだな」
「……罪のない人達を、こんなふうに利用するなんて最低です」
ライラは、リリアナとフレッグに鋭い視線を向ける。
「フレッグ……。あなたも、リリアナを止めようとは思わないんですか?」
「――お前のせいだろう、ライラ」
フレッグはライラの問いに答えることなく、逆切れする。
「お前と結婚したから、俺の人生は壊れたんだ! だから俺は、こんなことをするしかなくなったんだ。お前が俺から光の剣を奪ったから、俺は光の英雄になれなくなった。だから今度は、魔の英雄になってやるんだ」
(……もうどこから突っ込んでいいのやら)
ライラは光の剣を奪ったわけではなく、フレッグが火の魔王に身体を乗っ取られたから、街を救うために刺しただけだ。そうでなくたって、心の腐敗したフレッグは、とうにリュミエールに見捨てられていた。
フレッグが英雄になるなどという道は、ライラと結婚する前から絶たれていたのだ。それなのにどうしても、「英雄」という言葉には縋りつきたいらしい。――どこまでも、未練がましい男だ。
ライラがため息を吐きたい気持ちになっていると、ルヴァインが前に出て、相手を凍らせるような目でフレッグを睨んだ。
「貴様が彼女の人生を壊した、の間違いだろう。加害者の分際で被害者ぶるな。……貴様はいつだって自分のことばかりだ。彼女を傷つけたことを、謝罪しようとは思わないのか」
「何故俺が謝らなければならない? もういい、リリアナ、やっちまえ!」
リリアナが手を動かすと、まるでそれに操られる人形のように、さっき浄化した人々がまた傀儡化して襲いかかってくる。
(このままじゃ、どれだけ浄化してもいたちごっこだ。相手は人間だから、殺してしまうわけにもいかないし……)
光の力は無限ではない。強力な浄化や結界を張れば、水の魔王を消滅させるための力を使い果たしてしまう。リリアナを刺すのが最も手っ取り早いが、大量の傀儡達が邪魔して接近できない。
「ほら、私の人形達! もっと力を出しなさい!」
リリアナが、魔力によって傀儡達の能力を強化しているようだが――
急激に魔力を注がれ、加護もないのに無理矢理強化されることに耐えられず、傀儡化した人々の身体から血が流れだす。
「なんてことを……!」
(このままじゃ、皆さんが死んでしまう……)
「ぅ、……っぁ……、く、ない……。まだ……死にたく、ない……」
そこで、リリアナによる傀儡化に、抗うように。一人の男性が、ぶつぶつと呟いていた。
「ジャック……ステラ……」
「――! この人、行方不明になっていた、ジャック君とステラちゃんのお父さん……!?」
髪の色と目の色が、二人と同じだ。顔立ちも似ている。
ライラの脳裏に、親を心配し、辛そうな顔をしていた二人の顔が浮かび――それは元凶であるリリアナへの怒りに変わる。
(子どもにあんな辛そうな顔をさせるなんて、どこまで非道なの……! 絶対に、この人はジャック君とステラちゃん達のもとへ帰さなきゃ)
しかしリリアナは、そんなライラの想いを嘲笑うように傀儡達に命令を下し、更なる魔力を無理矢理注ぐ。
「何よ、あんたらの知り合いなの!? ならちょうどいいわね! ほら、早くライラを殺しなさい!」
「グ、ァ……!」
身体を無理矢理操られ、無理な負荷を与えられ、ジャックとステラの父親は、とうとう血を吐き出す。あちこちから血を流しながら――それでもリリアナの支配から逃れることができず、ライラ達に襲いかかってくる。このままでは、器が負荷に耐え切れず、彼は死んでしまうだろう。かといって今ライラがこれ以上浄化の力を使えば、水の魔王を倒すための力が足りなくなってしまう。
「……このままではまずいな。やむをえん」
するとルヴァインが、何か呪文を唱え――
次の瞬間、ルヴァインの身体に、ジャックとステラの父親の傷が移ったかのように、彼の身体から血が噴き出す。
「ルヴァイン!?」
「……問題ない。彼の魔力負荷を、俺の身体に集わせただけだ。俺は魔力抵抗が高いから、そう簡単に乗っ取られることもないしな。――これで、彼が死ぬことはない。だからライラ、安心するんだ。あなたの光の力は、水の魔王を消滅させるために使ってくれ」
こんなときでもルヴァインは、優美な微笑みを浮かべる。ライラの不安を、少しでも溶かすように。
彼の行動が――ライラの、魔王を討つ英雄としての心に、火を点けた。
「……こんなに多くの人達や、私の仲間達を傷つけるなんて――許さない。絶対に」
ライラは、リュミエールを強く握りしめる。
リリアナを刺す。そのイメージが、ライラの中でどこまでも鮮明に描かれ、膨れ上がっていった。明瞭な想像の力は、ライラの力はどこまでも増幅させる。彼女の身体が光に包まれ、ライラの闘志そのもののような強い光がリュミエールに宿る。
その光が、自分を討つものだと、はっきりわかったリリアナは。肩を震わせ、顔を青ざめさせた。
「な……何する気よ! そ、そんな剣で、私を刺す気なの!? この人殺し!」
「何を言っているんですか? あなたはもう人間じゃなく、魔王でしょう。しかもあなたは、自分の意志で魔王に身を捧げることを選んだ。……同情の余地なんて、微塵もありません」
ライラはまるで鷹のように俊敏に動き、リリアナに肉薄する。
近付くごとに、リリアナの恐怖した顔がよく見えた。自慢の美貌も台無しで、情けなく涙と鼻水を垂らしている。これだけの人々の尊厳を軽んじておいて、自分に刃が向けられると怯え、被害者面をする卑劣な女。……反吐が出る。
「死んだ方がマシだと思うほどの苦しみを味わいなさい、リリアナ」
そうしてライラは水の魔王を宿したリリアナに――光の剣を、ぶっ刺した。
「ひ……ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
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