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3・後悔なさいませ、旦那様

「……ん?」


 ライラが、街に夕食の買い物に出ていたときだった。安い野菜をいくつか買って、家に帰ろうと思っていたところで――


「ぎゃあああああああああああああ!」


 街外れの方角が騒がしく、人々の悲鳴が聞こえてくることに気付く。


(何事……?)


 困惑していると、悲鳴がした方向からたくさんの人々が逃げてきて、その中の一人……ライラの顔見知りである年配の女性が声をかけてきた。


「ああ、ライラちゃん! あんたの旦那さん、大変なことになっちゃってるよ!」

「え……?」


(フレッグ様が……? どういうこと?)


 ライラが駆け、様子を見に行くと、そこには――

 爆炎魔法によって街を破壊しつくすフレッグの姿があった。


「フレッグ様!? 何をしているのですか!?」

「お、俺じゃない! 俺の意思じゃないんだ……っ!」

「俺の意思じゃない、とは……?」

「ま、魔王に身体を乗っ取られてしまったんだっ!」


 ――フレッグの持つ、光の剣。それは魔族にとっての天敵である。

 だからこそ魔族は、逆にそれを利用してやろうと考えたのだ。


 魔王復活のためには、魔族ではなく人間が、心から「魔王に復活してほしい」と願うことが鍵となっていた。遥か昔、勇者は魔王を殺し、それでも消滅することのなかった魔王の魂を封印したのだ。以来、魔王の魂は、自分の器となる肉体を求めていた。


 大陸には、人間に成りすまして暮らす魔族達もいたのだが――あえて何もせず、フレッグを放置していたのである。


 人間というのは、強欲な生き物だ。光の剣を手にした者が「自分は英雄になれる!」と思い、しかし十数年も何事もなければ、「魔王がいなければ自分は英雄になれない」「魔王がいれば自分は英雄になれるのに」と、魔王復活を願うようになるだろう。


 だからこそ、その願いを利用してやる。魔王復活を願った人間を器とし、魔王が復活する――。全ては、魔族による罠だったのだ。


 しかし、それはフレッグが光の剣を手にしても、「魔王なんて現れない方が人々のためである」「何事もなく世界が平和なのが一番だ」と思うことさえできていたら、防げていた事態だ。


 だがフレッグとリリアナは、自分達の欲望のために魔王復活を願ってしまった。そのため、フレッグは魔王の器にされ、今こうして、人々に危害をくわえてしまっている。彼の身体からは、邪悪な赤黒い瘴気が滲み出ている。


(魔王に身体を乗っ取られる、なんて信じられない話だけど……でもフレッグ様、こんな爆炎魔法なんて使えなかったはずだし)


 そこへ、騒ぎを聞いて駆けつけた、王国騎士団の者達が到着した。


「た、助けてくれっ! これは俺の意思じゃない! 魔王のせいだ! 魔王が俺の身体で好き勝手してるんだっ!」


 そう言って、フレッグは騎士団の方へも爆炎魔法を放つ。騎士団は最上級の魔法盾によってなんとかその攻撃を防いだが、険しい顔をしていた。


「光の剣を抜いた英雄ともあろう御方が、魔王に身体を乗っ取られてしまうとは……」

「これ以上人々に被害が出る前に、倒れていただくしかない」


 騎士団の面々が、フレッグに剣を向ける。フレッグは、顔面を蒼白にしている。


「や、やめてくれっ! こ、この身体は俺のものなんだぞっ! 俺が死んでしまうじゃないかっ!」


 この事態の悲惨なところは、身体は乗っ取られているのに、本人の自我は完全に残っているところだ。フレッグは、自分が街を破壊してしまうのも、討つべき悪として剣を向けられるのも、何もかも信じたくなくて悲鳴を上げる。


「だが、討たねば街の人々に被害が出る」

「フレッグ殿、許せ」


 騎士団の人々が、フレッグに斬りかかろうとし――


「い、嫌だあぁぁぁぁ! 死にたくないっ、なんで俺が死ななきゃならないんだ!」


 フレッグは身体を乗っ取られているが、最後の抵抗を見せるように、自分の意思で無理矢理腰に提げていた光の剣を抜いた。


 しかしその剣は、あえなく騎士によって弾き飛ばされてしまう。光の剣は、石畳の上を滑りライラの足元まで転がってきた。


(ど、どうしたら……)


 ライラは反射的に、光の剣を拾い上げた。すると――


『……人の子よ』

「――え?」

(な……何? どこかから、声がする……?)

『人の子よ。私はこの光の剣リュミエールだ。この私で、フレッグを刺せ』

(……! この声……頭の中に直接響いている!?)


『私は、以前はあの男を我が主だと認めていた。しかし次第にあの男の心は邪悪……闇に染まって、そのせいで私の光の力も失われてしまい、深い眠りについていた。だが、今君に手に取られ……君の記憶が、私に流れ込んできた。君は、あの男に苦しめられていたのだな。おまけにあの男は、魔王に身体を乗っ取られている。本来私は、私を抜いた者にしか真価を発揮できぬのだが……私の意思によって、我が主を変更しよう。ライラ、私を使うのだ』


「で、でも。私、剣なんて使ったことがないですし……」

『大丈夫だ。私を握ってさえいれば、後は私がなんとかする。――今はまだ、魔王が復活したばかりで、慣れない人間の器に戸惑い、真の力を発揮できていないようだが。このまま時間が経過するほど、魔王の力は強くなる。だから、今討つしかないのだ』

「ですが、そうしたらフレッグ様が……」


 ライラが光の剣を持ったまま、躊躇いを浮かべていると――


「おい、ライラ! 何をぼーっとしている! とっととその剣を俺に戻せ、この愚図!」


 フレッグは、いつものようにライラを怒鳴りつけた。同時に、やはり肉体を制御できないようで、騎士団に向け爆炎魔法を放っている。


(……愚図、か。フレッグ様はいつだって、私を罵倒してばかりね。こんなときでも……仮にも妻に、『危ないから逃げろ』の一言すら、くださらない)


『ライラよ、大丈夫だ。光の剣は魔を討ち払うが、人間を死に至らせることはない。もっとも……死にはしなくとも、死以上の苦しみがもたらされるかもしれんがな』


(そう……それなら、私が罪人になることもないわね)


 すうっと、ライラの心が冷えた。躊躇いは消失し、彼女は光の剣を強く握りしめ――


「お……おい、ライラ。何をしている……なぜ俺に剣を向けているんだ!?」

「……旦那様は、英雄です。英雄なら、国の平和が何より大切でしょう?」

「ま、待て! だ、だからって……っ!」

「人々のため、覚悟をお決めになってくださいませ。それが英雄というものです」


 ライラが、光の剣でフレッグを貫こうとし――


「ぎゃああああああっ! や、やめろっ! お、俺は勇者になる男だぞ! お前なんかが俺に剣を向けるなんて、許さないからなっ!」


 フレッグが、ライラに爆炎魔法を放った。

 しかし、光の剣がライラの動きを導くようにして、彼女の右手が勝手に動く。

 光の剣が、爆炎魔法を切り裂いて無効化した。ライラは無傷だ。

 その様子を見ていた騎士団や周囲の人々は、思わずどよめく。


「す……すごい! あの女性、光の剣を使いこなしているぞ!」


 そうして光の剣に導かれるまま、ライラはフレッグに接近し――


「自分の行いを後悔なさいませ。――真の英雄になれなかった旦那様」


 フレッグを――刺した。


「ひ……ぎゃ、ぎゃああああああああああああああああああっ!!」

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