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27・水の魔王の誘惑

 ――王都へと向かう、幌馬車の中。

 フレッグとリリアナは、手足を拘束され、ろくに身動きもとれない状況でガタガタと揺られていた。


 魔力縄は、一定以上使用者と距離が離れると消えてしまうものなので、今はルヴァインの魔力縄をされているわけではないが――代わりに、魔石を用いた魔法錠によって拘束されていた。魔法錠は、拘束するだけでなく、装着者に魔法も使えなくさせる魔道具であり、この道具で捕らえられた者が逃走することなど不可能である――


 ――はず、だったのだが。

 それはあくまで、人間を想定しての話。

 これから処刑されると思い、顔を青くして震えていたリリアナの脳内に――


【――力が欲しいか?】

「……え?」


 ……リリアナの脳内に。聞き間違いなどではなく、明確に、彼女の知らない声が響いた。艶めいた女の声だ。まるで男を惑わす、妖魔のような声――


【声に出して答えるな、会話を聞かれる。頭の中で、思念で返事をしろ】

(は……? な、何、何なのよ……)

【わらわは四属性の魔王がうち一体、水の魔王じゃ】

(――!?)


 ひゅっと、リリアナは喉を鳴らす。だが、なんとか声を出すことは我慢した。


(い、いや、何よっ! 魔王が私に、何の用があるっていうのよ……!)

【落ち着け。わらわは、そなたにも都合のいい取引を持ち掛けるべく、声をかけてやっているのじゃ】

(やめてよ! どうせフレッグみたいに、私の身体も乗っ取る気なんでしょう!?)

【乗っ取るなど、人聞きの悪い。少しだけ、そなたの身体を使わせてくれればよいのじゃ。そうすれば――そなたにだって、わらわの力が手に入るぞ?】

(力……?)

【そうじゃ。どうせそなたは、ここでわらわを拒絶したところで、処刑されるだけだろう。だがわらわとの取引に応じるなら、今からでも幸せを奪い返すことはできる】

(幸せを、奪い返す……?)


 その言葉に、リリアナはぴくりと反応する。

 何せ、今の今まで、「もう自分は処刑されるんだ、もう終わりなんだ」と思っていたのだ。相手が魔王だろうが――今のリリアナにとっては、その言葉は救いの手だった。


 魔王の取引に応じるなんて、まずいということは、わかっている。

 だが、もう他に道がないのだ。ここで魔王の誘いを断ったところで、どうせ処刑される。もはや今のリリアナには、失うものなど何もないのだ。


【あのライラという女が幸せそうで、自分がこのような目に遭うなど、おかしいと思わぬか? たかが不貞をしたくらいで、周囲から白い目で見られるなど、理不尽だと思わぬのか】


 ――たかが不貞。水の魔王の言葉は、人間の倫理で言えば明らかに間違っている。不貞は明確な裏切り行為であり、人の心を壊し、人生を変えることだ。相手が独身だと偽られていたなら話は違うが、リリアナは最初からフレッグが既婚者だと知っていたうえで、意図的に彼を誘惑した。勿論、誘惑に乗ったフレッグも悪い。だがリリアナの罪も重い。


 しかし、リリアナは自分の行いを反省することもなく、自分にとって都合のいい水の魔王の言葉に、頷いてしまった。


(そうよ。皆、些細なことで、ガタガタ抜かして! もとはといえば、夫を奪われるような、冴えないあの女が悪いんでしょ!)


【では、リリアナよ。わらわに身体を貸してくれるな? 共に人間を滅ぼそうぞ】


 ――どうせ自分はこのまま処刑されるのだ。なら、あの女も、あの女に味方するような男も道連れにしてやる。私よりあの女の方が幸せだなんて、許せないのだから――


(そうよ……私を認めないこんな国、滅ぼしてやる! それで私は、魔族として幸せになってやるわ!)


 愚か者は、どこまでも闇へと堕ちてゆく。

 罪人として命を奪われる、その日まで――



 ◇ ◇ ◇



 新たにマレディクシオことマレちゃんという仲間を加えたライラ達一行は、ウィンベルトを出発して、今度はエルゼンヌという地を目指していた。


 ライラも最近ではすっかり戦闘に慣れてきて、道中は何も問題なくサクサクと進み、森の中を歩いて行って――


「……ん?」


 鬱蒼と茂る森の中で、ライラ達の耳に、鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 だが、普通の鳥ではない。耳をつんざくような、奇怪な鳴き声。これは――


「魔獣……!?」


 ライラ達が、声のした方向へと駆けてゆくと――


「助けてぇ……!」


 小さな子どもが二人、豚ほどの大きさの鶏のような魔獣――コカトリスに追いかけられていた。それを見たライラは、なりふり構わず駆けてゆく。


「子どもに、なんてことするのよっ!」


 マレディクシオではない普通の魔獣には、理性がなく言葉も通じないのだが、そう叫ばずにはいられなかった。ライラは光の剣で、コカトリスを倒すと同時に浄化する。


「大丈夫でしたか? あなた達」


 襲われていたのは、男の子と女の子の二人組だ。どうやら兄妹らしい。年齢は、現代でいえば小学校高学年くらいだろうか。


「うん! お姉ちゃん、助けてくれてありがとう……!」

「無事でよかったです。でも、どうして子どもだけでこんなところにいたんですか?」

「果物を採りに来てたんだ。お母さんが最近、具合が悪いみたいだから。美味しいもの、食べさせてあげたくて……」


 子どもだけで森の中に来るなんて危ない、とは思うが。そもそも火の魔王が復活するまで、この国にはダンジョン以外に魔獣がいなかったのだ。皆まだ、森や草原で魔獣と遭遇するなんて、思ってもいないのだろう。


(でも、お母さんのために果物を採りに来るなんて、いい子達だなあ)


「あなた達、おうちはどこなんですか? 二人だけじゃ危ないですし、送って行きます」

「私達、おうちはエルゼンヌだよ!」

「ここからすぐだよー」


 そう行って、二人は森の出口の方を指さす。ライラはこの地域には来たことがないが、街はもうすぐのようだ。


 そこで、子ども達二人の腹が、きゅ~と可愛らしい音を立てた。ライラはなんだか微笑ましくて、思わず微笑む。


「私達、エルゼンヌへ向かうところだったんです。よかったら案内してくれませんか? そうしたら……おいしいもの、ご馳走しますよ!」

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