26・愚か者達は捕獲される
それからライラ達は、ウィンベルトの結界内、ジェラルド達のもとへ戻った。
ライラの結界は通常、魔獣の侵入を許すことはない。だがマレディクシオは先程既にリュミエールによる浄化を受けているし、今は光の加護を受けているライラと一緒だ。そのため、結界内に入ることができる。
もふもふのぬいぐるみサイズになったマレディクシオを見てジェラルドは驚いていたが、その可愛らしさと、そもそもジェラルドがさっぱりした性格なこともあって、彼は温かくマレディクシオを迎え入れた。
「凶暴化魔法のせいでよく覚えてないんだけど……オレのせいで、すごく迷惑かけちゃったんだよな。本当にごめん」
マレディクシオは、深々と頭を下げる。ジェラルドは、にっと笑みを浮かべた。
「魔法で自我を失っていたというなら仕方がない。それに、俺も御者も無事だったし、今回もウィンベルトに被害は出ていないからな。これからはライラ達と共に世界を救うべく活躍するというのなら、俺は応援するぞ!」
「ゆ、許してくれるのか……。アンタ、心広いな」
じーんとしているマレディクシオを、ジェラルドが高い高いの要領で抱き上げる。
「それに、英雄と旅するマスコットと接点を持てたなんて、何かと話のタネになりそうだしな! なあ、世界を救う旅が終わったら、ウィンベルトの曲芸団に入らないか!?」
「って、おいおい! オレを見世物にする気かよ!」
「ははは、ウィンベルトは人々を楽しませる観光地だからな! まあ本人もとい本獣が嫌というのなら無理強いはしないぞ!」
楽しそうなジェラルドに吸い寄せられるように、他の人々も集まってくる。皆、見たことのないマレディクシオに興味津々な様子だった。
「ところで、この子の名はマレディクシオというんだよな? 呼びづらくないか?」
「まあ、それは確かに……」
「よし! 決めたぞ、この子のことはマレちゃんと呼ぼう」
(そのまんまだー!)
そんなふうに、気の抜けるやりとりを繰り広げていたのだが……。
「ルヴァイン団長」
そこで、魔術師のローブを纏った人々が、ルヴァインに声をかけた。
「あれ? その制服は……王国魔術師団の方々ですか?」
「はい。お久しぶりでございます、ライラ様」
「お久しぶりです。にしても、どうして魔術師団の方々がここに?」
「フレッグとリリアナの行方を追ってきたのです。フレッグの実家にもリリアナの家にも二人の姿がなく、どうもライラ様を追って旅に出たようだとの情報を得まして、我々もこちらへ向かっておりました。――ルヴァイン団長、二人を捕獲してくださったのですね。誠にありがとうございます」
魔力縄によって拘束されている二人は、顔に傷を負ったまま、絶望しきった顔でルヴァインの足元に転がっている。
てっきりライラは、ルヴァインが二人を拘束しているのは、また何か自分達の邪魔をするのを防ぐためだと思っていて。何故魔術師団の人が、二人を捕獲した礼を言うのか不思議だった。
「では、ルヴァイン団長。我々は王宮に戻り、あらためてこの二人の取り調べをいたします。ルヴァイン団長方のご武運をお祈りしております」
魔術師団の人々が去ろうとして――ライラが、それを引き留めた。
「え? あの……二人の取り調べって、なんですか?」
「もちろん、魔王復活の儀を行った容疑についての取り調べでございます」
「えっ? ……魔王復活の儀って、どういうことです?」
火の魔王の復活について、ライラは何故フレッグが身体を乗っ取られることになったのか、その経緯は知らない。そのときフレッグの腰に提げられていたリュミエールも、光の力が錆びついて長い間、深い眠りについていたため、「フレッグとリリアナが謎の魔石に魔王復活を願った」という事実は知らなかったのだ。
しかし魔術師団の人々は、ライラは既に知っているものだと思っていたようで、逆に驚いたようにルヴァインを見る。
「失礼いたしました。ライラ様には、ルヴァイン団長からお話しているものかと……」
するとルヴァインは、ライラを見つめて口を開いた。
「隠していたわけではないんだが、まだ容疑の段階だから、確定したら話そうと思っていたんだ」
「そうだったんですね。それにしても、魔王復活って……」
ライラは、ちらりとフレッグとリリアナを見る。
「あなた達、まさか意図的に魔王を復活させたんですか……?」
怪訝な顔をするライラを前に、フレッグは必死になって否定する。
「ち、違う、信じてくれ! 俺はそんなことしていない! 俺が意図的に自分の身体を乗っ取らせるなんて、そんなことするわけがないだろう!? そのせいで、俺は何もかも失ったのだから! これは冤罪だ!」
実際には、断じて冤罪ではない。フレッグ達が、あの魔石に、実際に魔王を復活させるほどの力があるとわかっていなかったのだとしても。そもそも、得体の知らない魔石に願いを込める、という時点で冒険者として失格なのだ。
魔石は普通、火の魔石や水の魔石など属性がはっきりしているものだし、属性がわからないのなら、まずは鑑定スキルのある人間に鑑定してもらうべきだ。全く得体の知れない魔石など、呪いや災厄を引き起こす可能性もあるのだから、最初から触れるべきではない。それはこの国の住人、しかもわざわざダンジョンに赴く冒険者であれば常識である。
それに、フレッグは自分が身体を乗っ取られたからこそ魔王を復活させたことを後悔しているのであり、もしも身体を乗っ取られたのが別の人間であったのなら、「これで俺は英雄になれる」と喜んでいたはずだ。二人が魔王復活を願ったのは心の底からのことであり、それによって人々が犠牲になることなど考えてもいなかった――というか、犠牲者が出るほど、自分達はそれを救ってやる救世主になれると考えていたのである。人々の平和より自分達の都合を優先させたのだから、同情の余地はない。
しかしフレッグとリリアナは、あくまで冤罪を主張する。
「そうよ、私達、そんなことしてないわ!」
「違うというのなら、正式に取り調べを受け、容疑を晴らすといい。そうすれば解放されるであろうよ。――本当に冤罪であるのなら、な」
フレッグとリリアナの顔が、これ以上ないほど真っ青になる。それは、それ自体がもう、冤罪などではないと自白しているようなものだった。
かくしてフレッグとリリアナは、魔術師団の人間達によって、王都へと戻る馬車に乗せられたのだった――
「……それにしても。愚かだとは思っていましたが、まさか魔王復活を願うほど愚かだったなんて」
「あの男は、光の剣を使って、自分が真の英雄になりたいと思っていたのだろう。魔王復活を願っても、なんら不思議じゃない」
「まあ、そうなんですけど。さすがにびっくりしました。なんというか、久々に会うと本当にどうかしていますね、あの人達……」
「そうだな。……大丈夫だったか?」
「え?」
首を傾げてルヴァインの顔を覗き込むと、彼は、ライラを心配してくれているように眉根を寄せていた。
「……君は、あの愚か者達のことを、あまり思い出したくないんじゃないかと思っていたんだ。だから、顔を合わせてしまって大丈夫なのだろうかと思ってな」
(……そうか。ルヴァイン、気を使ってくれていたんだな)
彼がライラに、フレッグとリリアナの魔王復活容疑の件を話さなかったのも。ライラはもうフレッグとリリアナなんていう名前さえ聞きたくない、早く忘れ去ってしまいたい存在だとわかっていたからだろう。幼い頃に父の不貞で心に傷を負った彼だからこそ、他人の痛みにも敏感である。
「ありがとうございます、私は大丈夫ですよ。正直、フレッグ達が断罪されると思うと、スカッとしますしね」
「まあ、それはそうだな。万が一冤罪だったらぬか喜びさせてしまうとも思って黙っていたんだが、あの調子では確実に黒だろうな」
「ふふ」
ライラとルヴァインは、笑みを交わす。久々に嫌な元夫の顔を見てしまったというのに、自然に笑えているな、とライラは自分で思う。――これはきっと、ルヴァインのおかげだ。
「……さて、ライラ。この後は花火が行われるらしい。見に行こう」
火魔法を用いた花火は、この世界ではあまり一般的ではないが、観光地であるウィンベルトにおいては祭りの際などに使われている。
(花火なんて、日本にいた頃も、直接見ることは全然なかったなぁ。花火大会とかって陽キャが行くイベントだと思ってたから……)
元の世界では気後れしてしまうイベントだったが、今なら、心から楽しめる気がする。
ライラは再び笑みを浮かべ、ルヴァインに応えるのだった。
「ええ。行きましょう、ルヴァイン」




