24・リリアナという女
リリアナという女は、中流階級の出身だ。貴族でこそないものの、生活に困ることはない、そこそこの商人の娘として生まれ育った。リリアナは生まれつき、顔だけはよかったものの、努力するということは大嫌いだった。
そのため、父親がリリアナを商家の娘として立派になるようにと学校に通わせても、リリアナは読み書きも算術も同い年の子達と比べて底辺だった。知能の問題ではなく、「勉強なんかしなくても、私は可愛いんだから、お金持ちのお嫁さんになればいいもん!」という、努力の放棄による能力不足だった。
だがリリアナがいくら美しかろうが、この国において一般的に、貴族は貴族同士で結婚するものだ。ライラとフレッグの場合は、フレッグが光の剣の所有者だったから親の許可が下りたのであって、そういった特別な事情がないかぎり、そうはいかない。
リリアナの父は、そこそこのとはいえ商人なので、その辺りを利点として挙げつつ下級貴族を狙えばギリギリいけた可能性もあるが……。リリアナが「美しいだけで他に何の取り柄もない、性根の歪んだ娘である」ということは少し付き合えばわかる事実なので、最初はリリアナの美しさに惹かれた男性でも、いつもすぐに彼女から離れていった。
堅実に努力するより、楽して大金が欲しいタイプのリリアナは、やがて商人になるよりも回復士見習いとして他の冒険者とパーティーを組み、ダンジョンでお宝を探す日々を始めた。だがそんなお宝などそうそう見つかるわけもなく、彼女にとって退屈な日々を送っていた。かつて同じ学校に通っていた子達は、商人として成功したり、リリアナのような玉の輿狙いではなく堅実な結婚をして幸せそうにしている。――それが、リリアナにとって、面白くなくて仕方がなかった。
(あんな奴らより、私の方が美人なのに! こんなに美しい私の人生がうまくいかないなんて、間違ってるわ!)
そんなとき出会ったのが、フレッグだ。リリアナがダンジョンの中でうっかり他の仲間とはぐれ、迷子になって低級魔獣に襲われていたところを助けてもらった。
光の剣を持つ英雄フレッグは、この街で有名だ。だからこそリリアナは、すぐに彼のことがわかった。彼が既婚者であるということも、もちろん最初から知っていた。だが――
「フレッグ様みたいな人が旦那様だったら、きっと幸せなんだろうなぁ。奥さんが羨ましい」
そう言ってたびたび腕や肩などにボディータッチをすれば、フレッグは機嫌よく「妻より君の方が可愛いよ」「うちの妻は本当に冴えない女で」と言ってくれた。それが、リリアナにとってとても気分がよかった。
(奥さんより、私の方が魅力的ってことよね! なんかすっごく、勝った気分!)
光の剣という特別なものを持つ男から好かれること、他の女のものである男から好かれることが、心底心地よかったのだ。他人のものを奪うことで、自分の価値が上がったように感じるから。
だから――自分の行為によって他人に与えられる心の痛みなんて、考えてもいなかった。
◇ ◇ ◇
「――彼女の心は、もっと痛かったと思うがな」
……そんなリリアナが、ルヴァインに、現実を突きつけられたわけだ。
「な……。私、そんなつもりじゃ……っ」
リリアナにとって男性とは、今まで結婚にこぎつけたことこそないものの、皆、可愛らしく泣きつけば「かわいそうに」と慰めてくれた。これほどまでに冷たく拒絶されることは、初めてであった。
顔が青ざめるが、同時に沸々と、怒りも湧いてきた。
(どうして、私が怒られなきゃならないのよ……っ)
ライラなんて、今は幸せそうなんだからいいじゃないか。いつまでも終わったことを引きずって心が狭い。そもそもライラが人前で、フレッグの不貞相手が私だと名前を出さなければ、私はこんな目にはあわなかったのに! と――
――結局リリアナは、こんな目に遭ってもなお、心を入れ替えることはできなかった。他人の夫と不貞しておきながら、自分は悪くないと被害者ぶり、あまつさえライラを「心が狭い」と罵ることしかできないのだ。
そんな泥棒猫に、救いの手など、差し伸べられるはずがない。
「……貴様のような人間は、助けるに値しない。……吐き気がする」
するとルヴァインは、何か呪文を口にした。回復魔法などでは、もちろん、ない。
次の瞬間――リリアナとフレッグの両手両足が、魔力による縄のようなもので拘束される。
「なっ、何をするんだ! 俺達は怪我人だぞ!」
「その様子だと、知らなかったようだな? 貴様らには、魔王を復活させた容疑がかけられている。どんな術を使ったのか、一度は事実を隠蔽できたようだが、いつまでも隠し通せると思うな。あの魔獣をどうにかした後、あらためて王家に突き出してやろう」
「「……!?」」
フレッグとリリアナは震え上がる。今までどれだけ周りから白い目で見られていたって、自分達が魔王を復活させたという事実だけはバレていなかったから、生きてこられたのだ。だがそれが露見してしまったら、確実に処刑である。
「お、お願い……助け……」
「さっきの俺の言葉を、聞いていなかったのか? ……貴様らに、救いなど有り得ない」
氷よりも冷たい瞳でフレッグとリリアナを見下ろし――ルヴァインは、ライラ達のもとへと去っていった。
◇ ◇ ◇
そうしてライラ、ルヴァイン、アランズは、とうとうマレディクシオにとどめをさそうとした――そのとき。
「……ケテ……タスケテ……」
(え……!?)
ライラの耳に、助けを求める子どものような声が聞こえた。ルヴァインとアランズには聞こえていない様子である。
「リュミエール。あの魔獣、何か、意思とか思考力があるんですか? 今まで倒してきた魔獣は、喋ったりしませんでしたが……」
『ああ、魔獣は、思考力も理性もない、凶悪な獣にすぎない。このような事態は、私も初めてだが……助けを求めているということは、もしかしたらマレディクシオの意思で人を襲っているのではなく、何か別の要因で暴走してしまっているだけなのかもしれない』
「大変……! どうしたらいいですか?」
『とどめをさしてから浄化するのではなく、生きたまま浄化すればいい』
「よーし……」
ライラは、傷ついて暴れるマレディクシオにリュミエールを向ける。そうして――
「光の剣リュミエール。マレディクシオを、苦しみから解放してあげてください!」
そうして、ライラは苦しむマレディクシオを救うイメージをする。
すると、今まで黒い瘴気に包まれていたマレディクシオは、リュミエールから放たれた眩い光に包まれた。
ぽんっと小さな煙が上がり、現れたのは……巨大な獅子の姿に竜のような翼の魔獣ではなく――
「身体が、楽になった……!」
――ぬいぐるみサイズで、もふもふふわふわな、羽根の生えたミニライオンだった。




