16・破滅へ向かう者、救いに向かう者
「う、うちの子が罪人ってことですか!?」
「まだ確定ではないが、その疑いがある」
王国魔術師団団長代理の言葉に、フレッグの両親は顔を青ざめさせる。
「そんな馬鹿な! うちの子は、魔王に身体を乗っ取られた被害者なんですよ! なのに加害者扱いされるなんてあんまりです!」
「そうです! それにうちの息子は英雄なんですよ! 魔王復活を願うなんてありえないでしょう!」
本当に心の清い英雄であれば、妻を虐げた挙句不貞なんてこともしないとはずだが、と団長代理イゼルは心の中で突っ込んだものの、本題はそこではないので話を続ける。
「確かに我ら魔術師団も、最初はフレッグのことを、光の剣の所有者であるがゆえに魔王に目をつけられ、身体を乗っ取られた被害者だと思っていた。だがルヴァイン団長の指示の下、魔王復活の原因について調査を続けた結果、フレッグが身体を乗っ取られる前に行っていたダンジョンに特殊な魔力の名残りがあることが判明した。よって、本人から詳しく話を聞きたい」
フレッグとリリアナが、これまで魔王を復活させたとバレずにすんだのは、あの黒い魔石の力の名残だ。だが仮にフレッグが原因ではなくとも、魔王の復活には必ず何か原因があるとルヴァインは考えていたし、確たる証拠がないため裁けなかっただけで、最初からフレッグが怪しいとも考えてはいたのだ。
魔術師団団長であるルヴァインは、この国で最も魔法抵抗力が高い。法官達は早々にフレッグの調査を打ち切ろうとしたが(これには、自国の人間が魔王を復活させたことにより大陸に被害を出しては他国から責められる可能性があるため、原因は曖昧にしたいという法官達の目論見もあったが)、ルヴァインは出立前に部下達に更なる調査を命じていた。また、王都にライラの結界が張られたことにより、魔石の効果も薄れてきて、当時の取調官達もあらためて「やはりフレッグが怪しい」と思えるようになってきたのである。
「そ、そう言われましても。フレッグは今うちにいません。最近はずっと、リリアナという女のところに入り浸っていて……」
「ふむ。確かに、本人の気配は感じられないな……。ではリリアナのところに行くとしよう。失礼した」
魔術師団団長代理イゼルは、一旦帰っていったのだが。フレッグの両親は生きた心地がしなかった。
「フ、フレッグが魔王を復活させたなんて……そんなこと、あるわけないわよね?」
「あ、ああ。あるわけない……が……もしも、万が一、さっきの男が言っていたことが本当だったとしたら――」
「……私達、どうなってしまうの?」
二人とも言葉を紡ぐことができず、重苦しい沈黙が満ちる。
フレッグにも、リリアナにも、フレッグの両親にも。
少しずつ、破滅の足音は近付いているのだった――
◇ ◇ ◇
一方、ライラ一行はといえば。
森の中をサクサク進み、魔獣達を難なく浄化し、狩りたての新鮮な肉か、王宮料理人が持たせてくれた美味な料理で腹を満たしながら、極めて順調に旅を続けてた。
魔法天幕のおかげで野営も快適であり、ライラが思いのほか楽しい冒険ライフを送っていた、ある日――
「……瘴気の気配がする」
いつものように魔獣を倒しながら森の中を進んでいると、ふとルヴァインがそう言った。
「本当だな。近くに魔獣がいるのか?」
「でも、この感じは……魔獣とは少し違うような……」
この数日間の旅で何度か魔獣と遭遇したからこそ、ライラは微かな気配の違いを感じ取ることができた。
「ともかく、気配の方に行ってみましょう」
そうして三人が足を進め、気配の元に辿り着くと――
「ぅ……、ぐぅ……」
「……!」
鬱蒼と茂る木々の根元に、窓つきの馬車が停まっており、御者と馬、そして中に乗っている男性が、黒い瘴気を纏ってぐったりとしていた。
「大丈夫ですか!?」
ライラは御者に声をかけ、馬車の扉を開けて中の男性の様子を窺う。
「ぁ……、ぅ……」
『魔獣による呪いを受けてしまったようだな』
意識自体はあるようだが、かなり苦しんでいる。ライラはすぐさま、光の剣を構えた。それを見た男達が、とどめをさされるのではないかと一瞬ぎょっとしたので、ライラは説明する。
「大丈夫です。私はこの光の剣リュミエールの所有者、ライラ。光の力で、あなた達の呪いを浄化します。光の剣が人間を傷つけることはないので、ご安心を」
フレッグのときは、魔王に身体を乗っ取られているから、光の剣で直接刺す必要があったが。魔獣の呪いに苦しんでいるくらいなら、刺す必要もない。ただ、光の力を浴びせればいいのだ。
「リュミエール。この方達を浄化して」
『ああ。ライラ、浄化の想像を頼む』
ライラは、前世で観た異世界アニメの、聖女による浄化シーンをイメージする。魔獣の退治には慣れてきたが、魔獣に呪いを受けた人を浄化するのは初めてだ。
やがてリュミエールの刀身から、攻撃のときとはまた違う、苦しみを和らげる光が発せられる。その光に包まれた男性二人と馬はから黒い瘴気が晴れ、光を失いそうだった瞳に、輝きが戻った。
「か、身体が楽になった……! さっきまで、あんなに苦しかったのに! すごい……! ありがとうございます!」
御者はそう言って、感動で泣き出さんばかりの勢いでライラの足元に跪き、深く頭を下げた。もう一方の男性も、奇跡そのものを見つめるようにライラを見つめる。
「これが、光の剣の力か……! 驚いた、本当にすごいな!」
美しい金髪に、空色の瞳を持つ二十代くらいの男性。屈託のない笑顔は、見る者を引きつける魅力に溢れている。飄々としていて掴みどころがないルヴァインとも、ライラ以外の人間に対しては強気なアランズとも雰囲気の異なる男性だ。ライラは、陽気で快活な印象を受けた。
「いやあ、用事があって他領に行っていたんだが。馬車で戻る途中、上空に巨大な飛行型魔獣が飛んでいるのを見かけてな。その直後、全身に痺れのような痛みが走ったんだ。痛みはどんどん激しくなり、とうとう馬も走れなくなってしまって。死を覚悟していたんだが……英雄殿が助けてくれるなんて、奇跡だ。俺達を救ってくれたこと、心から感謝する」
「いえ、そんな。元気になったようで本当によかったです」
「この恩は、なんとしてでも返さねばな。この辺りを歩いていたということは、うちの領地へ向かっていたということだろう? ぜひ来てくれ、全力で歓迎するぞ」
「うちの領地、って……」
男性はまっすぐにライラを見つめたまま、口を開く。
「申し遅れたな、英雄殿。俺はウィンベルトの領主、ジェラルドだ。どうぞお見知りおきを」




