15・元義両親への悲報
ライラ、ルヴァイン、アランズの三人は夕食を終え、今夜はこの森の中で野営することとなった。
(野営っていうのも、生まれて初めてだなあ……)
野営に使うのは、魔法天幕だ。魔力の効果で、ワンタッチで設営可能な優れものである。それを、ライラの分と、ルヴァイン・アランズが眠る分の二つ設置する。
「それじゃあおやすみなさい、ルヴァイン、アランズ」
「ああ。安心して眠るといい。この男があなたに何かしそうになったら、魔法で切り刻んでやるから」
「いやお前の方が危ないだろう! ライラ様、ご安心ください。この男のことは、俺が見張っておきますから」
「は、はは……」
賑やかな二人だなー、と思いつつ、ライラは自分用の天幕に入る。中は魔力灯によって明るくも暗くもできるし、リュミエールの簡易結界によって虫が入ってくることもない。ルヴァイン特製の大容量魔法鞄にはベッドも収納可能なため、旅の最中でもふかふかのベッドで眠ることができる。ライラは寝間着に着替え、ベッドの中に潜った。
(英雄として世界の平和を守る旅なんだから、あんまり気を抜いちゃいけないんだろうけど。思ったよりずっと快適だなあ)
ごはんはおいしいし、ベッドはふかふかだ。野営なのに、フレッグと暮らしていた頃よりむしろいい暮らしをしている。あの夫と、そして義両親との暮らしは、毎日ストレスの連続だったので。
(……そういえばあの義両親、今頃どうしてるんだろ)
ライラは一瞬、かつて同居していた義両親のことを思い浮かべたが――
(ま、どうでもいいや。離縁したんだから、もう他人だし)
せっかくいい気分なのに、あんな人達のことを思い出したくはない。
ライラは目を閉じ、心地いい眠りに落ちることにした――
◇ ◇ ◇
……一方、フレッグの家では。
フレッグは魔王に身体を乗っ取られて以降、リリアナの家で寝泊まりすることが多く、最近ずっとこの家はフレッグの父と母の二人きりだ。フレッグの母は、重いため息を吐きながら、台所で鍋をかきまぜる。
「はあ……どうしてこんなことに」
フレッグの両親はずっと、憧れていたのだ。息子に気立てのいい嫁ができ、可愛い孫ができることを。
フレッグの両親と交流のある、他の家の息子は皆嫁を貰っていて、次々と孫が産まれていて。羨ましくて仕方がなかったのだ。うちの子は英雄なのに、どうして美人で気立てのいい嫁がこないんだ、と。どうしても何も、当のフレッグが横暴なうえ高望みしすぎだったからなのだが。
可愛い孫が欲しいので、母親となる女ももっと愛らしい容姿の方がよかったのだが、妥協してライラを嫁に迎えた。彼女に対し「まだ子どもができないのか」「孫の顔を見せるのが嫁の務めだろう」と口うるさく言っていたが、それだけ孫を待望していたからだ。
――といっても、ライラに孫ができたところで、この両親は決して孫育てには協力せず、ライラに全てやらせて文句を言うだけだっただろうが。両親にとってフレッグは英雄であり誇りだから、「うちの子と結婚できて、うちの子の子を産めるだけでありがたいと思いなさい」という感覚だった。
「孫がほしいからフレッグに妻を娶らせたのに、まさかフレッグの方から白い結婚を迫っていたとはな……。あの嫁に子どもでもできていれば、状況はまた違っただろうに」
「だけど、もう離縁してしまったし……。こうなったらいっそ、あのリリアナとかいう女がうちに住んで、私達の世話をしてくれればいいのに……」
リリアナは一度だけ、フレッグがライラと離縁した後、フレッグの両親と会ったことがあるが。父も母も「女なんだから茶を淹れろ」「私、今日夕飯作りたくないから、あなたが作ってちょうだい。うちにお嫁にくるなら当然でしょう?」などと言いまくったため、リリアナが「こんな家二度と来ないわよ! あの女、こんな家でずっと暮らしてたの!? 信じられない!」と言ったのだ。
「はあ……フレッグが嫁を貰って、やっと家事から解放されたと思ったのに。また毎日料理や掃除をしなきゃならないなんて……」
とはいえ料理といっても、ここのところ食事はずっと、水のようなスープだけだ。フレッグの父は、以前は細々と靴職人の仕事をしていたが。フレッグがライラと結婚した際、「これからは嫁が稼いでくれるだろう。俺はもうのんびりしたい」と言って引退していた。おかげで今はろくに収入がない。
「……はあ。お前の作るスープは不味いな。あの嫁の作るスープは美味かったのに…」
「何よ、美味しい料理を作ってほしいなら、もっと稼ぎなさいよ! あの嫁は、文句も言わずに働いていたのに」
ライラが家にいた頃は、虐げてばかりだったのに。いなくなったからこそ、彼女がどれだけ有能で働き者だったかが、身に沁みる。
「……フレッグが、不貞なんてしなければ……」
父は嘆息する。フレッグがライラに刺されて以降、両親もまた、「息子を甘やかし続けて横暴に育てた親」として白い目で見られていた。そのためフレッグの父は、靴職人の仕事を再開したくても、客が寄りつかないのだ。
「フレッグは……フレッグは英雄になって、私達に楽をさせてくれるはずだったのに……」
「……甘やかして育てすぎたんだろうな。ちゃんと嫁を大切にするよう育てていれば、こんなことには……」
二人は嘆き、過去の自分達を呪いながら、水のようなスープを啜る。ライラの作ってくれた、美味しいスープに思いを馳せながら。
そうして、腹も心も満たされないまま食事を終えようとしていたところで――家の扉がノックされた。
「誰だ、こんな時間に」
「あなた、もしかしてあの嫁が帰ってきてくれたのかも……」
「! そうかもしれんな」
我が子には相応しくない地味な嫁だと思っていたが、帰って来てくれたのなら、今度から少しくらい褒めてやろうか。だからまた働いて家に金を入れてもらい、家事をやってもらおう――そう思っていたのだが。
「夜分に失礼する。私は王国魔術師団副団長――現在は団長代理のイゼルだ」
「はあ……団長代理様が、我が家に何の御用で……?」
うちは英雄の子とその嫁を輩出したのだから、もしかして褒賞とか貰えるのだろうか。そうだ、あの嫁が英雄と呼ばれるようになったのに、我が家がこんな困窮しているなんておかしいんだ。ライラはうちの嫁だった! 離縁したといえども、元々フレッグの嫁だったのは事実だったのだから! 家族なのだから、あの子はこの家を助けるべきなんだ!
フレッグの両親は、そんなふうに期待を抱いていたのだが――
「ルヴァイン団長が出立前に我々に命じていた、魔王復活の原因についての調査の結果。フレッグ・アフェールに、魔王復活の儀を行った容疑がかけられている」




