10・王宮でのパーティー
今回からまたライラの話に戻ります!
パーティーの日が訪れ――
ライラはドレスに身を包み、王宮仕えの化粧師に化粧を施してもらえることとなった。
(化粧師さんに化粧をしてもらえるなんて、生まれて初めて……)
「ええと……よろしくお願いします」
「はい、お任せくださいませ。何かご希望はございますか? 華やかな方がいいか、落ち着いた上品な感じがいいか、など」
「ええと……落ち着いた感じですかね」
(華やかなのは、私には似合わないしな。本当は、華やかで可愛いのも、憧れはあるんだけどね)
ライラがそう思って一瞬憂いを浮かべたのを、化粧師は見逃さなかった。笑顔を浮かべ、彼女の心を解きほぐす。
「ライラ様は、普段あまりお化粧されていないようですが、とてもお化粧映えするお顔立ちです。華やかなのも似合いますわ。私に任せていただければ、最高の仕上がりにいたしましょう」
「そ……そうですか? だったら、お願いしようかな」
(お城の化粧師さんにやってもらえるなんて、滅多にない機会だもんね。この人の腕を信じよう)
「ありがとうございます! うふふ、仕上がりを楽しみにしてくださいませね」
そうしてライラは、王妃や王女も愛用しているという、最上級の化粧品で化粧を施してもらい――
◇ ◇ ◇
「さあ、できました、ライラ様。鏡をどうぞ」
椅子に座ったまま、化粧師さんに手鏡を渡される。
それを覗き込むと、映っていたのは――
「こ……これが、私?」
アニメでよくありそうな台詞を、思わず素で口にしてしまった。だがそれほど、衝撃的だったのだ。鏡の中には、普段の顔立ちからだいぶ変わった、華のある令嬢が映っている。フレッグと一緒にいた頃は疲れが滲み出ていた顔が、今は、頬が薔薇色で、唇だって艶のある綺麗なピンクだ。以前はストレスで光を失っていた瞳も、明るく輝いている。
「はい。とてもお美しいですわ、ライラ様」
(っ……魔王を倒す英雄に、美しさなんて不要だろうけど)
それでもこうして綺麗にしてもらうと、嬉しい気持ちが込み上げる。綺麗なドレスを着て、パーティーで殿方と踊る。自分には縁がないと思っていただけで、本当は憧れていたのだ。
(どうしよう……なんだか、心がふわふわしてきちゃった)
「ライラ、準備はできたかい?」
そこでちょうど、扉の外からノックの音と、ルヴァインの声がした。
「え、ええ」
ライラは椅子から立ち上がり、扉を開ける。すると――
「――」
ライラの姿を見たルヴァインが、その姿に見惚れるように目を見開いた。
「ルヴァイン……どうしました?」
「失礼、見惚れて言葉を失ってしまっていた。普段のあなたもいいが、その姿もとても美しい」
魔術師団長というより、まるで御伽噺の王子様のように優美な笑みを浮かべられ、今度はライラが言葉を失う番だった。
(……元夫ですら、私がたまに着飾ったって、少しも褒めてくれなかったのに)
むしろフレッグの場合は、ライラが頑張ってお洒落をしても「地味女のくせに色気づきやがって」のような暴言を吐くだけだった。ライラは、ストレートな賛辞に慣れていない。
「……ありがとうございます。でも、ルヴァインの方が美しいと思います」
彼は普段、魔術師団長の制服として、黒いローブに身を包んでいる。
だが今の彼は、レインズヴェールの礼服を身に纏い、普段よりも更に秀麗だ。彼を見慣れていない女性がこの姿を見たら、あまりの優美さに卒倒してしまうのではないかと思うほど。
「いいや、あなたの方が美しいよ。だが、お褒めいただき光栄だな。あなたから貰う言葉は、とても嬉しい」
そうしてライラは、ルヴァインにエスコートしてもらい、パーティーの会場へと向かった。
会場は、王宮の大広間だ。今宵の主役であるライラは、最後に入場することになる。
王国主催のパーティーであれば、本来もっと時間をかけて準備をし、招待状を送って各領地の領主なども呼ぶものであるが。今回はなにぶん、ライラは旅に出るという目的があるため、そう何ヶ月も待っているわけにはいかない。
今は社交シーズンでもないため、王都に大勢の貴族はいない。それに王都へ向かう途中で領主達が魔獣に襲われたりでもしたら惨事である。ゆえに今回のパーティーは、装飾や料理など全て最上ではあるが、他の領地の貴族は少ない。参加者は王家の人々、大臣など臣下の人々、王宮に仕える文官や騎士、魔術師、王都に住んでいる領地を持たぬ貴族や、用事があってタウンハウスに滞在して貴族達だ。
会場に一歩足を踏み入れれば、楽団が壮麗な音楽を奏でてライラ達を迎える。同時に、会場中からほうっと感嘆の息が聞こえた。
「お美しい……」
「魔術師団長の美しさは周知のことだが、ライラ様も今日は一段とお美しいな」
「あのお二人、お似合いかもしれませんわね」
「魔術師団長は女性に興味がないのかと思っていたが、ライラ様のことは気にかけていらっしゃるご様子だからな」
(……皆さんが何を話しているのかまでは聞こえないけど、注目されているのはわかるわ。……化粧師さんもルヴァインも褒めてくれたし、この格好、変じゃないよね……?)
やがて国王による、英雄ライラを褒め称え、今後の武運を祈る演説が行われた後、ダンスの時間になった。
ライラは子爵家の令嬢として一応ダンスの心得はあったものの、このように盛大なパーティーなど初めてだし、そもそも踊ること自体久しぶりだ。緊張していると、空気を和らげるように、ルヴァインが笑いかけてくれた。
「そう固くなる必要はない。俺がちゃんとリードするさ」
「……ダンス、得意なんですか?」
「これでも王宮勤めだ。一通りはできる」
「なるほど。女性のお相手は慣れているのですね」
「おや、好色家のように言われるのは心外だな。ただ、あなたの前では格好をつけたいだけさ」
甘い囁きは、通常なら世の大多数の女性が骨抜きになってしまうと思うのだが。フレッグという最悪な夫との結婚生活を経たライラには、やはり疑念が浮かんでしまう。
そうこうしているうちに、楽団が円舞曲を奏で始めた。ライラはルヴァインにリードされ、ステップを踏む。
(……すごい。本当に踊りやすい……)
緊張で硬くなっていた身体から、すっと力が抜けてゆく。ルヴァインのリードは、ライラのことをよく見て気を配ってくれていて、安心して身を委ねられる感じがした。
(こんなふうに踊れるなんて……楽しい)
思わずふわりと笑みが浮かび――そんなライラの様子を見て、ルヴァインも微笑んだ。
「……どうかしました?」
「あなたの笑顔は愛らしいなと思っていたんだ」
また、胸がくすぐったくなる。だけど同時に、そんなわけないだろうと頭の中でツッコミを入れる自分もいる。
「……ルヴァイン。あなた、その場で見ていたのでしょう? 私、自分の夫を刺したんですよ」
「ああ、見ていた」
「でしたら、私を愛らしいと思うなどおかしいでしょう。普通、恐ろしいと思うところではないですか」
「何故だ? あなた自身が言っていたじゃないか。不貞した夫なんて刺して当然だろう」
……いやまあ、確かに言ったけども。
「そもそもあの男は魔王に身体を乗っ取られていただろう。あなたはあの男を刺すことで、国を救ったんだぞ?」
「だからといって、配偶者を剣で刺すなど、普通は躊躇するところだと思いますが」
「あなたの夫は、普通じゃなかったんだろう? 大体、あの状況で躊躇なんてしていたら、更に被害が拡大していた」
彼の意見はもっともだ。だが英雄として尊敬を抱くならまだしも、異性として好意を寄せる場面ではないだろ、という疑問が晴れない。
「腑に落ちないか? ……じゃあ、そうだな。これはまあ、少し退屈な話かもしれないが。適当に聞き流してくれ」
ルヴァインはそう前置きをし、ダンスをしながら話始めた。
「――俺の父親も、妻子がいるのに、他に女を作っていたよ。……家にまだ幼い俺がいるというのに、母以外の女性を連れ込んで情事に耽っていたこともある」
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