目覚まし時計
私は世界一の美女。駿馬に跨り草原を駆ける。瞳には星が輝き絹の髪が風になびく。私と並んで走るのは白馬に乗った王子様。
天気がいいから遠乗りに誘ったの。世界一の美女だから男の人だって誘いやすい。
私は王子に声をかけた。
「根岸さん、お話があります。ちょっと休みませんか?」
私たちは川岸で馬を下りた。今日こそ私の気持ちを伝えてみせる。世界一の美女だから告白だって簡単なの。私は彼と向かい合った。
「根岸さん、私、あなたの事が……」
「ギャンギャンギャンギャンギャン!」
目覚まし時計がけたたましい音を立て、私は飛び起きた。
いいところだったのに……。時計を睨みつける。
入社祝いに祖母がくれた超強力目覚まし時計。前に住んでた壁の薄いアパートでは住人から苦情が来たほどだ。お陰で一度も遅刻なし。
世界一の美女じゃなくなった私はしっかりと化粧をして家を出た。
会社のエレベーターで根岸さんと乗り合わせた。
「課長、おはようございます。遅刻ぎりぎりですよ」
根岸さんとは軽口を叩き合う仲だ。気さくな彼は誰とでもそういう関係だから、喜ぶほどの事でもない。
「昨日借りた本、あんまり面白いんで夜更かししちゃったよ。山本さんこそ寝坊したの?」
「いえ、すごい目覚まし時計があるんで寝坊したことはないんです。今朝は銀行に寄ったんですよ」
ああ、根岸さん、素敵だなあ。目覚まし時計がうらめしい。
極悪竜は私を掴み空へと舞い上がる。世界一の美女と知ってさらいに来たのだ。
「待てえ!」
白馬に跨った根岸さんが後を追う。彼は弓に矢をつがえ竜に狙いを定めた。
「課長! 私に当たります!」
「大丈夫。僕を信じて」
彼の放った矢は竜の心臓を貫いた。
鉤爪がゆるみ私は落下する。根岸さんは両腕を広げ、軽々と私を受け止めた。
「山本さん、怪我はない?」
ああ、今度こそ言わなくっちゃ。
「お話があります」
「うん」
「私、前から根岸さんのことが……」
目覚まし時計が鳴った。
翌日、帰りのエレベーターで根岸さんと一緒になった。総務の女の子達に囲まれている。金曜日恒例の飲み会に行くらしい。
彼は私のそばに来て耳元でそっとささやいた。
「ねえ、山本さん。あすの朝、予定あるの?」
ドキッとして彼の顔を見上げる。
「ど、どうしてですか?」
「土曜の朝なら寝坊してもいいんだろう?」
「はあ?」
「それなら今夜は目覚まし時計を止めてから寝てくれるかな?」
根岸さんは私に目配せすると、開いたドアから女の子達に流されるように出て行った。
-おわり-
2011年に企画参加用に書いた作品です。