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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
一章
6/32

泉のほとり 2

 澄んだ水が滾々と湧き出る春の泉の柔らかい草地に二人の熱い息遣いが流れ、初心なケリーをいたわるようにラウルの愛撫が柔らかく重なってゆく。


「ケリー……」

「ん……?」


 うるんだ目でぼうっとラウルを見上げるケリーがかわいい。


「俺は今まで誰にも子を産ませたことがないんだ」


 ラウルの慣れた手つきは、いくばくかの女性を相手にしてきたことを物語っているのにこれは意外だった。そもそも、龍王色を持つ男性の王族が、若いうちから欲望に任せて手当たり次第にあちこちで子を産ませるのはどの国でも常識だったのだ。


「おまえが俺の最初の子を産まないか?」

「こども……」


 ケリーは半ば呆然とした意識でラウルの言葉を聞いている。しかし、正直何かを考えることができないでいた。

 ラウルのその甘い囁きに余裕のない顔で頷きながら、ケリーはラウルの優しい手に身をゆだねた。

 春の泉に二人の喘ぎが渡り、新緑の森がそれを静かに飲み込んでゆく。



***




 狂おしいほどの昂りが互いにおさまると、並んでマントに包まり夕暮れの空を見上げた。泉のおかげで木に邪魔されず、暮れなずむ空がぽっかりとひらけている。

 すると、西の方向に一瞬稲妻が白く迸ったのを見た。雲もないのに珍しい。


「見たか、今の稲妻」

「……あぁ」

「昔、あんな稲妻を見たことがある」

「……」


 ケリーは黙ってラウルが話し始めるのを待った。

 ラウルの目が夢を見るように、ここではなく、どこか遠い昔の世界を覗き込んでいる。


「あれは……そうだ、俺はまだ6つで、窓からそれを見て母を呼んだんだ。雲もないのに稲妻なんて珍しいから、見せてやりたいと思ったんだろうな。子供のすることだ。振り向くと母がいて……母上は……」

「……?」


 言葉を途切れさせたラウルを不思議に思って目をやると、長年蓋をしていた何かを、やっと思い出したかのように一息に言った。


「優しい笑顔で俺を殺そうとしていた」

「……っ⁉」

「全身血まみれだった。……後で聞いたんだが、この時母は、眠っている実の父……俺の祖父で前王だが……を、すでにナイフで刺し殺していて、次に俺を殺そうとしたらしい。美しい人だが、俺の物心がついたころには、母上はすでに狂っていたんだ……」

「…………」

「母上は満ち足りた優しい笑顔で、俺はその笑顔に魅入られたようになって動けなかった。血まみれの母上が俺に迫って来て、あぁ、殺されるんだなと思った次の瞬間、目の前が真っ白になって――何か大きなものが……雷が間近に落ちたのかな? でも、音はしなかったと思うんだ。その代わり………」

「……その代わり?」


 ラウルの目は、まだ夢を見るように、過去を覗いている。


「……その代わり、白髪の老婆が立っていた。見たこともない老婆だった……」


 ラウルは大きく息をついた。


「その後のことは……あ、誰かがシロツメグサの花冠を作ってくれたのを思い出した。そして誰かに甘いお茶を飲まされて……たぶん薬で眠らされたんだ。そして目が覚めると、寝台の俺のそばでじいが泣きながら俺の手を握っていた。俺はいつの間にか七つになっていた」


 過去に想いを馳せていたラウルが、ハッとしたようにケリーを見た。


「あぁ、すまない。ひどい話だな。今思い出した」

「シロツメグサの花冠……」

「そう。誰だったんだろう……?」

「………」

「なんていうか、あの何もかも狂った状況の中で、あの花冠だけが俺をまともな世界につなぎとめる、唯一のものだった気がする」

「そうか……」


 ケリーは腕を伸ばしてラウルの頭を胸に抱えた。


「ふ、昔の話だ。同情を引きたくて話したわけじゃない」

「うん、わかっている。でも、こうしていたいんだ」

「……そうか」


 ラウルはされるままに、ケリーの温かい胸の中に顔を埋めた。

 コトコトと小さく温かい鼓動が聞こえる。

 再び欲望が頭をもたげ、ラウルがケリーの胸に唇をつける。

 少し怯えたようにラウルを見上げるケリーを見て、ラウルが動きを止めた。


「俺が怖いか?」

「……あなたに溺れるのが」

「それならずっと、俺のそばにいればいい」


 夕日と入れ替わりに、登り始めた月光だけが二人を見ている。



 ***

 


 

「殿下――」

「…………」

「殿下、お目覚めくだされ! 殿下!」


 聞き慣れたクロウの声に、ラウルはふと目を覚ました。一瞬、無粋なヤツだと思ったが、自分の腕の中にいるはずのものがいないことに気づいてガバッと跳ね起きた。

 目の前には、二頭の馬と着替えを持ったクロウが不機嫌な顔で立っていた。

 月はとうに中天に登っている。真夜中である。


「ケリーはどうした?」

「さ、早くお着替えになって」


 クロウが持ってきた服に袖を通した。

 ラウルがシャツを頭からかぶった時、何かがポトリと落ちた。

 シロツメグサの花冠だった。


「……ケリーはどうした? 村にお前を呼びに行ったんだろう?」

「……さあ」

「なんだと?」

「夜中にこの馬が、(くつわ)に殿下のお着替えを用意せよと書かれたメモを挟んで村にひとりで帰ってきて、馬に案内されて私がここへ来たら、殿下は一人でここで眠っておられた」


 ケリーはおそらく、アベリに破かれたシャツの代わりにラウルのシャツを着て行ってしまったのだ。


「……」

「ケリーを追って突然村を出たかと思ったら、こんな街道を外れた森の中で眠っておられるとは、正気ではありませんぞ。獣に襲われたらどうされるおつもりだったのか。この馬がいなければ、我々は殿下の居場所を見つけられませんでしたぞ!」

「クロウ・ハイド。もう一度聞くぞ。ケリーは、どうした?」


 クロウの小言を無視し、低い声でゆっくりと言うラウルのその声には、今はおまえの小言など聞く気はないという意思がはっきり込められていた。


「……存じません。私が殿下を見つけてここへやって来た時には、すでに殿下以外誰もおりませんでした」

「…………」


 ふと気づくと、髪に四葉のクローバーが結わえられていた。

 これと同じように、自分の髪に四つ葉のクローバーを結わえてくれた、明るい茶色の目をした少女の顔が脳裏をかすめた。


 ――これは幸せになるお守り。


「ケリー、おまえはいったい………」




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