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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
一章
4/32

タリサ村 3

 ケリーが違和感を感じてふと目をさますと、自分を懐に抱えるようにして、ラウルが隣で眠っていた。後頭部の髪がラウルの寝息で熱くなっている。

 びっくりして飛び起きそうになるのを渾身の精神力で耐え、ラウルを起こさないよう静かに離れようとした。

 このところの寝不足が祟り、ラウルより先に部屋に戻ってきて、うかつにも寝台に倒れ込んでそのまま眠ってしまったらしい。

 腰を抱えているラウルの腕をそうっと掴んで外そうとすると、その動きにつられてラウルの手が追いかけてくる。ギョッとしたが、寝息は乱れていないので無意識なのだろう。


「………」


 しばらく待って、再びラウルの手の力が緩んだところを見計らい、ケリーがもう一度その手を外そうとすると、またラウルの手が追いかけてくる。何度か慎重にそんな攻防を繰り返していると、ラウルの手はとうとうケリーをぐいと引き寄せ、シャツのお腹のあたりをぎゅっと掴んでぴたりと身体をくっつけてきた。完全に懐にすっぽりと収まってしまった感じだ。

 先ほどまでは後頭部だったラウルの寝息が、今は頭頂部で静かに繰り返されている。


「……おまえいい匂いがするな。なんの香をつけているのだ?」

「……っ⁉」


 ラウルが寝息に混じってムニャムニャというので、ケリーはなるべく刺激しないようそっと小さく答えた。


「香など使っていない……」

「ふ…ん…、薬草の匂いかな……? なんか懐かしい匂いがする」

「……」


 そういうと、ラウルは再びスースーと深い眠りに落ちてしまったらしい。

 緊張でまんじりともせずに夜が明けるのを待ったが、ケリーもつい眠りに落ちてしまったらしい。

 そして明け方、今度こそ本当に由々しき違和感でパッチリ目が覚めた。


「⁉」

「……ん?」


 ラウルが怪訝な顔をする。

 ケリーは反射的にもがく。


「んん??」


 ラウルが自分の手が触れている柔らかいものの正体をもっと知ろうとして、さらにケリーのシャツの中に手を潜り込ませた。


「ちょっ!」

「なんだ、おまえ女だったのか。どうりで声も高く幼く見えるはずだな」


 ラウルはあろうことかまったく手を止めないので、ケリーは悲鳴も忘れて必死にラウルの手を払いのけようとしたが、くるりと仰向けにされて、いきなり唇を奪われた。


「──⁉」


 遠慮なくキスを深くするラウルから必死に顔を逸らして腕を突っぱね、なんとか逃れようとする。唇が離れたわずかな隙にやっと声が出た。


「い、いや!」


 それなのに、ラウルはますます大胆になってゆく。


「なぜ抵抗する? やりにくいじゃないか」

「──っ⁉」


 とうとうバシッと頬を叩いて、ようやくラウルの動きが止まった。


「いてっ! なにをする?」


 心外だというようにラウルが驚いた顔でケリーを見た。


「──……っぅう」


 完全に余裕を失ったケリーは、ラウルに剥かれたシャツを必死にかき合わせながら、ショックでポロポロと涙を零した。あまりのことに言葉も出ない。


「……なぜ泣く?」

「う……うぅ……う……」


 ケリーは必死に泣き顔を隠しながら、毛布を手繰り寄せて頭からかぶって蹲った。それを見て、さすがのラウルもケリーが本気で嫌がっていることにようやく気付いた。


「……あー、すまん……。まさか嫌がるとは思わなくて……。その、こういうところの村娘は案外奔放だから……」


 毛布をかぶって丸まったまま、ケリーがひっくひっくとしゃくり上げる。

 というか、先ほどの広間で、武人相手に一歩も怯まず、あまつさえナイフを持って暴れまわろうとしていたのがウソのようだ。


「さっきとは別人だな」

「それとこれとは別だ!」

「25だと言ってたろう?」

「25だから奔放だとは限らないだろ!」


 毛布の中からやっとくぐもった抗議の声がする。


「まぁそうだな。確かに。……あー、そうか、人妻なのだな」

「なんでそうなる⁉」

「なんでって、人妻じゃないのか? じゃあなぜ俺を拒否する?」

「はあああ⁉」


 あまりのことに、ケリーは呆れて思わず毛布から顔を出してしまった。

 そして、一体どう育ったらそんな思い上がった発想になるのだと言おうとして口を開いたまま固まった。


「───……」


 さも不思議だというようにケリーを見るラウルは、きりりと涼しげな目元に通った鼻筋、厚すぎも薄過ぎもしない形のいい唇は、次の言葉を探している。

 そして何よりも彼は、黒い瞳と濡れ羽色の黒い髪を持つ龍王色なのだ。それが示すのは、この国の希少な王族であるということだ。彼の子を産み、その子が龍王色を持っていれば、どんな平民の娘でもたちまち王族の仲間入りなのである。子供とともに生涯王宮の奥で大切に保護され敬われる。

 ラウルは女性に群がられることはあっても、本当に拒まれたことがないのだろう。


「悪かった。あ、初めてなのだな。じゃあ、えーと、優しくするからほら……」


 そう言って、ラウルは寝台の隅っこで丸くなるケリーに腕を差し出した。


「行くわけないだろう!」

「なぜ?」

「私にだって、相手を選ぶ権利ぐらいはあるんだ!」


 ケリーはラウルを無視して寝台を降り、長椅子に寝転がった。


「へえ、俺では役不足か……」


 ラウルはそう言って、なぜか楽しそうに笑うと、意外にも大人しくひとりで寝台に横になってしまった。どうやら力ずくで襲おうとは思わないらしい。

 そしてケリーは、毛布をかぶって長椅子で丸まった。

 もうじき朝だ。


 「ケリー、朝だ。起きろ」


 その声でケリーが短い眠りからハッと飛び起きると、ラウルはクロウに手伝わせ、すでに着替えて上着を羽織っていた。


「広間で朝食を食ったら昨日の続きだ。おまえは負傷兵の治療を頼む」

「わ、わかった」

「ほら、おまえの着替えだ。じいに持ってきてもらった」


 そう言って、ラウルが放ってよこしたのは村娘が着る長いスカートだ。


「ああ、私はこれでいい。旅もずっとこのままなんだ」


 ケリーは男物の麻のシャツとズボンに、粗末な上着だ。


「ふーん、女のひとり旅は物騒だものな。いつも独りなのか?」

「いや、いつもは連れがいる。今回だけは特別なんだ」

「ふーん、そいつがおまえの相手?」

「そ、そんなんじゃない!」

「ムキになるところが怪しいな」

「なっ……」

「あはは」


 ラウルがからかうように横顔で笑う。

 何を言っているのかと怒りながら、ケリーは身支度を整えてラウルより先に部屋を出て行こうとして急に腕を掴まれた。

 そして、あっと思うまもなくキスされた。

 びっくりして反射的に突き飛ばそうとして、さらにきつく抱きしめられ、キスが深くなる。


「もが…ちょ…やめっ…んんっ……!」


 ラウルのキスは大胆で、ケリーを捉えて離さない。

 酸欠と驚きと興奮でケリーの頭がぼうっとした頃、ラウルがようやく抱きしめる腕を離した。


「ぷはっ! はぁはぁはぁ……」

「あはは、いい顔だな。今夜は本気で行くぞ?」

「は⁉」

「俺は女を口説いたことがない。だからおまえみたいのは新鮮だ。だから口説くことにした」

「これが⁉」

「ダメか? 慣れてないから不器用なのは許せ。さ、仕事だ!」

「……」


 ラウルはケリーの反応などおかまいなしにさっさと部屋を出て行ってしまった。

 ケリーとて男に口説かれたことはないが、これは違うと思う。

 負傷兵が寝かされている小屋にひとりでやってきて、ケリーが気もそぞろに負傷兵たちの診察と治療を終えて手を洗っていると、突然ドドドと村の娘たちがやってきて、あっという間にケリーを囲んで連れ去った。


「ちょ、な、なんだ? どうしたんだよ、みんな?」

「いいからいいから」


 娘たちはあれよあれよというまに、ケリーを機織り小屋に連れ込んだ。

 農閑期の村の女たちの冬の仕事場だ。


「ケリー!」

「ローラ?」


 駆け寄ってきたのはローラだった。ケリーを抱きしめ、大丈夫だったかと背中を撫でてくれる。

 誰かがバタンと機織り小屋の扉をしっかり閉じると、薄暗い小屋の中で、娘たちが一斉にケリーのそばに集まって顔を寄せた。


「……なんだ?」

「で?」

「で?」

「で?」


 娘たちが順番に迫る。


「で?」


 ケリーがきょとんと聞き返した。


「どうなの?」

「なにが?」


 ケリーと娘たちを見ながら、ローラだけがしょうがないわねえというように苦笑している。


「だからぁ、ラウル殿下よ!」


 村中の年頃の娘たちが、興味津々という顔で言う。

 さっぱり意味がわからない。


「あんな美形の王子に囚われて、一晩中愛の奴隷にされるなんて羨ましい」

「は……?」


 猟師の娘ドルチェがうっとり言うと、皆が一斉にウンウンと頷いた。


「あ、あいのどれい……?」

「艶やかな濡羽色の黒髪、神秘の黒い眼差し、スラリとしなやかな肢体! あぁ、あの方のことを考えると、夜も眠れないわ!」

「ええっ……」

「なんていうか、村のむさ苦しい男どもとはえらい違い! 同じ生き物とは思えない!」


 そう言って、胸に手を当てるのは百姓娘のアルジェだ。


「昨日、びしょ濡れのフードをとったラウル様のご尊顔を拝した時、私たちの胸に雷鳴が轟いたの!」

「世の中に、あんな綺麗な男がいるなんて! 神龍が遣わした美の御遣(みつか)いか、はたまた夢幻の妖精王か!」

「いいえ、あれは私たちに舞い降りた愛の堕天使!」


 芝居かがった大袈裟な仕草で、みなで手と手を取り合っている。


「びのみつかい…ようせいおう…だてんし……なんかすごい……」


 娘たちはみんな、年に何度か村を訪れるドサ回りの芝居一座が大好きだ。


「そんでまた、あの冷たそうな黒い瞳がたまんない!」

「しなやかな腕!」

「長い脚!」

「繊細な横顔!」

「ああ、私もラウル様に抱かれたい!」


 誰かの大胆な一言に、みんな一斉にきゃーっと黄色い声をあげて笑った。

 実に(かしま)しい。そして楽しそうだ。

 農閑期の冬の間、この機織り小屋で繰り広げられる女子語りは実にあけすけだ。

 要するにみんな、ケリーにラウルの話を聞きたいということだったらしい。

 美しい男とは得なものだなと、苦笑交じりにケリーは思った。

 勝手気ままに話される女子語りによると、ラウルはこの村にやってきてすぐ、村外れで起きた地滑りの復旧工事を手配していたということが分かった。

 宴のあとに村長や村の有志を集めていたのはそのためだったのだ。

 村の被害自体は大したことはなかったが、裏山の地滑りは確かに深刻だ。大きく削られたむき出しの山肌をあのままにしておくのはあまりにも危険だ。いつ再び地滑りが起きるとも知れず、次の被害も小さいとは限らないのだ。だが、工事には金もかかるし人手もいる。

 ラウルはその工事費に、今回の戦で得た戦利品の一部を当て、近隣の町村から人足を集めているのだという。

 おかげで今やこの村でのラウルの人気はうなぎ登りだ。


「王子様、細身なのに逞しいのよねぇ……」


 アルジェがうっとりとため息を漏らすと、娘たちが一斉に「はぁ……」とそれに続いた。


「だからね、今夜はあんたの代わりに、私が行こうと思うの」

「えっ?」


 そう言って、ケリーの手を取ったのは、村一番の美人と誉れの高い村長の娘ジュリアだった。目のクリクリとした野バラのように可憐な娘だ。


「そして、私、このままラウル様にお願いして、王都のお城でお勤めさせてもらおうと思うの。お父様には許可はもらっているわ」

「ジュリアが終わったら明日は私の番なの。みんなでくじを引いたわ。だからケリー、今夜は遠慮してくれるわよね?」


 ドルチェが言った。あまりのことに、ケリーは開いた口がふさがらない。


「で、でもみんな、王子の一夜の伽の相手などして、嫁ぎ先を失ったらどうするつもりなのだ」

「あははは、バカね、ケリー! あわよくばラウル様のお子を身籠って、その子が龍王色なら王宮暮らしなのよ? それに、カビの生えた年寄りじゃあるまいしなに古くさいこと言ってるのよ! この村で処女(おとめ)なのは、15歳以下の子供とあんたぐらいのもんよう!」


 ドルチェにバシンと背中を叩かれてゴホゴホと噎せながら、ケリーはショックで愕然とした。では、ラウルが言っていた村娘が奔放だというのは本当のことだったのだ。


「ま、まぁ、みんながそれでいいならいいんだ。私は王子とは何もなかったから」


 それを聞いて全員が「え?」という顔でこちらを向いた。


「え?」

「「「なにもなかった?」」」


 皆が異口同音で言った。


「そ、そうだけど……」

「なんで? あの方、もしや男性じゃないとダメとか……? ほら、あんた男装だから、もしかしたら男と間違えて連れ込まれた可能性もなきにしもあらずだって、みんなで言ってたの」


 ドルチェが言うので、ケリーは昨夜や今朝のことを思い返し即座に否定した。


「いや、その、いやだと言ったらやめてくれた」

「「「はぁあ⁉」」」


 またもや全員の声が揃う。

 

「あんた! 25歳にもなってなにやってるのよ! 普通はみんな、とっくにお嫁に行って子供産んでるわよ⁉」

「い、いや、でも私は仕事に生きるから」

「くすしが結婚できないなんて聞いたことないわよ!」

「あの、私の里はそうで……」

「なにそれ? どういう里よ? あんた田舎どこだっけ?」

「えと、その……」

「あー、もういいわよ! わかった、予定変更よ! みんな、今夜ケリーは処女(おとめ)を捨てます!」


 ドルチェが高らかに宣言した。


「えええ⁉」


 そんな勝手なと言う前に、今夜の予定だったジュリアが、ケリーにドレスを差し出した。


「しょうがないわね。私の一張羅だけど貸したげるわ」

「い、いやいやいや、あのジュリア」


 するとみんなが一斉に、ジュリアに向かって拍手した。


「えらい! さすが村長の娘よジュリア!」

「そうね、器が違うわ!」

「このままケリーにカビが生えちゃう前に、私たちみんなで大人の女にしなくちゃ!」

「なななんでそうなるの⁉」

「あんたに日頃の感謝の気持ちを込めてよ! あんたがいなければ母さんは今頃死んでた!」


 全員が一斉にうんうんとうなずいた。それぞれにケリーには世話になっているらしい。この村にはくすしがいない。


「い、いや、それは仕事だからで……」

「それに、あんな麗しい王子が初めての男なのよ! 旅回りのくすしの娘が体験できることじゃないわよ! 一生の思い出よ!! みんなあんたに譲るって言ってるのよ!! さあ、そうと決まれば準備よ!」


 ケリーは無理やりドレスを着せられ薄く化粧までされてしまった。

 最後にはどんと背中を叩かれて、みんなの拍手を背に機織小屋を追い出された。

 ローラまでがみんなの友情に感激したように笑顔で拍手している。

 ケリーは仕方なくよろよろと歩き出した。






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