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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
三章
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終章

 トーマが王宮に戻ると、急に姿が見えなくなったコレットを探して、広い庭園までやってきた。

 人影を見た気がして声をかけた。


「コレット……!」


 誰かが隠れるようにバラの花壇の間にしゃがみこみ、花に埋もれて見えなくなってしまった。

 たぶん、コレットだ。コレットでないなら隠れる必要などないのだから。

 トーマは仕方なく、姿が見えないまま話しかけようとするのだが、何を話していいのかわからない。


「えーと…あー…、そのー、見事なバラだね」

「…………」


 何をいっているのだと思った。

 だが、話し始めてしまったからには、このまま続けるしかない。


「シンの王宮庭園は、ほとんど全部畑なんだ……」

「…………」

「あ、いや、貧窮して野菜や小麦を育てているわけじゃなくて、全部薬草なんだよ」

「…………」

「だからその、ここの庭園みたいに華やかじゃなくて、雑草が生い茂っているようだとよく言われる」

「…………」

「えーと、そのう、でも、そんな雑草みたいな植物ばかりなのに、これがやたらと手がかかる。水やりを間違えると枯れてしまったり、寒くなったら藁を敷いたり絹の覆いをつけてやらないとダメだったり、あ、暑すぎると枯れるってやつもいて、それはそれは厄介で……」

「………トーマ様が世話してるの?」

「あ、うん、僕だけじゃないけどね。王宮のくすし全員でやるんだ。うちにはくすしの王立大学があって、あ、これは母の前の女王が創立した大学で、ここに入学したものはまず、最初の2年間はずっとこの薬草の世話をさせられる………」

「へえ……」


 コレットはまだ姿を見せてくれない。


「……だから、今まで通りトーマと呼んでくれないかな……」

「……呼んだと思うけど」

「様をつけた……」

「……でも、あなたは私のような身分の者からすれば、雲の上の人だわ……」

「母上は元は農夫の子供だったんだよ。だから、身分なんか関係ない。そんな風に言われると寂しいよ、コレット……」

「……わかった」

「さっきの話の続きだけど、今度ここへ苗を持ってくるから、育てるの手伝ってくれるかな?」

「え?」


 しゃがんでいた場所から、コレットが驚いて思わず立ち上がった。


「シンに帰るんじゃないの?」

「シンには僕の居場所はないんだよ。まぁ、母上と姉上はそんなことはないと言ってくれるだろうけどさ」

「………でもここにいたらあなたも危険な目に……」

「どこにいたって同じだ。だから、父上がダメだといっても僕は残るよ。ずっと寂しい思いをしてきたあの人のそばにいてやりたい。僕は不自由な生活はしてたけど、寂しくはなかったから。でもまぁ、母上の代わりにはとてもなれないけどさ……」

「トーマ……」

「結局、王である限り、父上も母上も国を離れることはできない。あの二人が一緒に暮らせるとしたら、もっともっと先になるんだと思う。でも、僕たちがいるから、今までみたいに完全に離れ離れというわけじゃないし、もしかしたら、僕がそのうち父上の代わりになれるかもしれない。そしたら父上は王を引退して、今度こそ本当にシンに、母上のところに行けばいいんだ」

「うん、そうね。あの二人はとてもお似合いだもの。それに、あなたが発明した目薬と髪染めがあるものね」

「その代わりと言っちゃなんだけど、どうかな?」

「え?」

「薬草の苗を育てて売る話のことなんだけど……」

「売るの? ここで?」

「うん、君はとても商売に向いてると思うんだ」

「そ、そうかな?」

「うん。それで、その、僕は目薬と髪染めのおかげで結構なお金持ちだ」

「あ、ああ、そうね」

「だから僕は、十分なお給料が払えると思う」

「ええ⁉」

「あ、返事は今すぐじゃなくていいんだ。その、これからゆっくり考えてくれれば……」


 コレットがどうしていいかわからず、トーマから目をそらして見事なバラの花壇を見回しながら言った。


「……この花壇を潰すと庭師に悪いから、今度治療院がお休みの日に、薬草はどこか別の畑を二人で探しに行かない?」

「う、うん!」




***




 月明かりの照らす深い森の泉に、ララとラウルが二人できている。

 そこにはもうずいぶん昔に焼け落ちた、小さな別荘の名残があった。

 焼け焦げた建物の残骸には幾重にも蔦が絡まり、もうまもなく完全に森の中に飲み込まれようとしていた。


「……ここへ再び来るまでに、随分時間がかかったな」

「……またここに別荘を建てる?」

「いや、よそう。俺はここに絶望を埋めた」

「……そうか」

「そういえば、おまえは『バラの悲劇』とかいう戯曲を知っているか?」

「ああ、『バラ色の悲恋』だろ? 何年か前にシンの城でスイフト一座が興行してくれたことがある。評判の戯曲だから王宮に呼んでくれって女官たちにしきりに頼まれたんだ。トーマは始まってすぐに眠ってしまったが、私とクレーネはラストで号泣だ。醜い魔物の王に引き裂かれる王子と姫がかわいそうでかわいそうで……。とてもいい戯曲だな」

「………あれな、俺とお前の話だそうだ」

「…………………えっ⁉」

「俺たちの別れ話は色々脚色を加えられて、色んな戯曲や流行歌になってあちこちで吹聴されているらしい」

「そっ…………」


 ララが愕然と顔色を変えた。


「誰に聞いたんだ?」

「トーマ」

「ええっ⁉ じゃあ、あの子たちは知っててあれを見たのか? あの甘ったるい大袈裟なお涙頂戴ものの戯曲を私たちの話だと思って⁉」

「あははは、おまえ、今言ってたことと全然違うじゃないか」

「私たちがモデルになってるとなったら別だ」

「ハハハ、まぁ、気持ちもわからなくはないけどな。おまえと一緒に芝居を見たときは、あの子達も知らなかったんじゃないか? 大方、事情通の侍女たちの誰かが、芝居を見た後に喜ぶと思って話したんだろう。有名な戯曲だそうだから」

「最悪だ………。ラウル、二人で協力してその手の興行は取り締まらないか?」

「あはは、バカ、もう遅い。超ロングセラーヒット作だ。諦めろ。俺たちが別れてからもう20年も経つんだ」

「20年か……。長いようで短かった」

「そうだな。俺たちは長生きだし、この先も長そうだ。おまえは今、何に力を入れてる?」

「教育かな。できるだけ学校や専門家を育てる地盤を作りたい。おばあさまからの引き継ぎだけど。ラウルは?」

「俺は製造の工業化だな。便利な道具や機械をたくさん作りたい。技術者の育成も必要だ。協力してくれるか?」

「もちろんだ」


 空にかかる月に一瞬、二匹の龍の陰が横切った。


「……迎えだ」

「でもまたすぐ会える」

「ああ……」


 ララが足元に生えていた四葉のクローバーを摘んで、ラウルの髪に結んだ。


「幸運のお守り」

「ララ……。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったが、俺はもう幸福だ」

「じゃあ、今度は子どもたちのために祈ろう」

「ああ」


 ラウルがララの腕を引き寄せ、二人の影が月光に照らされながら重なった。






<了>



最後までお付き合いありがとうございました!


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