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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
三章
30/32

再会

 廃工場の広間には、白銀に輝く白龍シンの巨体と、黒曜石のように青光りする少し小振りな黒龍ゴダールが並んでいる。

 どうやらゴダールは火傷もないようだ。

 黒龍の言葉が聞けるラウル王に言わせると、あの程度の灼熱した鉄で私が閉じ込められるものかと豪語しているという。

 ガーナの一味は王の護衛隊にあらかた取り押さえられ、手の空いている隊員たちは二体の神龍を畏怖と敬愛を込めて遠巻きに取り囲み、魅入られたように見上げている。


「トーマ、おまえはシンの者だったのか……。しかもシンが来たということは王宮育ちか?」

「え、ええ、まぁ……」

「だから神龍を見慣れていたのか……。では、師匠筋というのはララか? だからララの手技に似ていた? どこにもくすしとしての記録が残っていないのは、王家の者だからか?」

「そうです。外科治療は母上の十八番(オハコ)ですから。くすしの記録が残っていないのは、シン王家から情報をほとんど外に出さないからです。陛下がその昔、母上を見つけられなかったのもそのせいです」

「そうだ、散々苦労した挙句、俺は結局ララを見つけられなかっ………いや、待て、母上だと……? おまえはララの子か? 養子か?」

「双子の姉が母上に生き写しだと、陛下が仰ったじゃないですか。私もなんとなく似ていると言われた気がしますが……」

「ララが結婚して子供を……?」


 ラウルがショックのあまり絶句した。

 すると、コレットがトーマを見ながら不思議そうに言った。


「トーマ、あなた、髪も目も黒いままだわ……」


 蒸気混じりのぬるい雨で洗われた王の髪や目は黒く、コレットの髪や目は茶色に戻っている。


「……まぁ、瞳も髪も黒が地なもんで」

「…………え?」

「え………?」

「そういえばおまえ、さっきとっさに神剣を抜いたな?」

「ええ……」

「おかげで助かったわ」

「俺の神剣だな?」

「ゴダールが出てきたの見たでしょう?」

「……………もしかして、初めて戦場で会ったとき、突然ゴダールが行き先を変えておまえを救ったのは……」

「ああ、そういうこともありましたね。まさか、ゴダールが守ってくれると思いませんでしたが」

「………え、え、ちょっと待って?? だって、トーマはシンの女王様の息子なんでしょう? なのに、なんで黒い髪と瞳なの? オマケにゴダールの神剣まで抜いたとあっちゃあ、それはもう、ゴダールの王族ってことで、ゴダールの王といえばラウル王だけ……………え、え??」

「王脈なら神剣を抜けるとあれだけ確信を持っていたのは……」

「陛下があまりにも神剣を無造作に扱うので、誰も見ていないときにこっそり触っていたら抜けたもので……」

「…………」

「…………」


 王とコレットが、その先を言うのが怖いかのように言葉を失っている。


「何よ、まだるっこしい会話してるわねえ」


 その時、クスクスと言う笑い声がして、シンの背中からクレーネがスルリと降りてきた。面白がって様子を伺っていたらしい。


「だからぁ、私たちはゴダールのラウル王と、シンのララ女王を両親に持つってことよ」


 広間中の人々から衝撃とざわめきが広がった。


「ちょっと待て! 待ってくれ!! それなら年齢がおかしい。おまえ、もうすぐ18だと言ったな? 俺がララと別れたのは、20年前だ。それ以来一度も会っていないんだぞ。ララはどうやって俺の子を身籠もるんだ」

「そこは私が直接説明したほうが良さそうだな」


 そう言って、もうひとり、ケープを被った女がシンの背中から滑り降りてきた。


「出た」


 トーマが言った。


「母親をお化けのように言うな」


 ケープの女が白銀の髪を揺らせながら文句を言った。

 トーマが苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「一緒に来てたのか……」

「シンに働いてもらうから仕方ないわよね。ゴダール城を後にしてからすぐ、母上と待ち合わせの場所に行ったのよ」


 クレーネが言った。


「あんたの居場所もずっと筒抜けよ」

「え、どうやって?」

「あんたの医療道具包んでる袋の紐はシンの髭よ。あれでどこにいてもシンには居場所がすぐわかるの。だからここへもすぐ追ってこられたのよ」

「前は普通の革紐だったぞ? いつの間に……」

「お母様、過保護だから……」


 きょうだいでそんな話をこそこそしている間に、ラウルはこの20年、焦がれに焦がれた人物を目の当たりにしていた。国交で稀に遠く見かけることはあっても、互いに会話は交わさずにきた。


「ララ……」

「久しぶりだな、ラウル」


 白銀の長い髪に灰色の目が、懐かしそうに弧を描きながらラウルを見上げた。

 その姿は20年前と少しも変わらない。娘のクレーネと並ぶと姉妹のように見えた。


「ララ……」

「うん」

「ララ……」

「ああ……」


 ラウルの手が、震えながらララに伸ばされた。

 周囲の人々が、固唾を飲みながら二人を見守った。

 てっきり熱い抱擁が交わされるかと思いきや──……


「ゴダール!」


 ラウルが突然、ララの腕を掴んでゴダールを呼んだ。

 その呼びかけに応じてゴダールの全身がパッと翻った。

 神龍を取り囲んでいた護衛隊たちは、「おおっ」ととっさに体を捻って神龍に道を開けた。

 ゴダールは、サッと馬に変化してラウルの前にやってくると、ラウルがララを強引に背中に押し上げ、自らもその背中に乗るのを大人しく待った。


「え、ちょ……」

「行け!」


 王の短い命令に、漆黒の神龍は二人を背中に乗せて、あっという間に廃工場を飛び出してしまった。

 残された人々は、ただただあっけにとられるだけある。


「ちょ、お母様!!」

 

 クレーネが驚いて呼びかけた時には、ゴダールは空を翔け上がっていた。


「おまえたちは白龍に乗って後から来ればいい……」


 ラウルの勝手な言伝は、語尾がすでに遠く消えかかっている。

 

「何よあれ⁉」


 呆れたクレーネが声を上げたが、誰もが同じ気持ちである。


「とりあえず、僕たちも城に帰ろう……」

「はーもー、しょうがないわね! シン!」


 クレーネが手を上げると、白龍がおっとりと巨体をその前に差し出した。


「っていうか、あんた、お母さまの神龍の癖に、ゴダールにまかしちゃっていいの⁉」


 呆れたようにクレーネが神龍に文句を言うと、シンの黄金の巨大な眼が笑っているように弧を描いた。


「もう、しょうがないわね、あんたまで。……さ、みんな乗って」


 どうやらクレーネはしっかり者であるらしい。

 トーマが先に乗ってコレットに手を差し出すと、コレットは目を見開いて、口だけをパクパクさせながら「ムリムリムリムリ」と手を顔の前で振っている。

 トーマが苦笑しながら無理やり手を引くと、ようやくこわごわシンの背中に乗った。

 

 そして残された護衛隊は、こうしちゃいられないと、罪人をひったてようやくそこを後にした。



 ***

 


 二人の王を乗せた黒龍は、あっという間にゴダール城の大広間の玄関口に到着した。

 ラウルはララの手を引いたまま、ズカズカと広間に入ってゆくと、そこには、王やトーマたちの帰りを今か今かと気を揉みながら待っている、フォレスをはじめとする侍女たちや、側近の者達が集まっていた。


「まあ、陛下!! おかえりまさいまし! よくご無事で……」

「やあ、フォレスただいま」


 フォレスがラウルの顔を見てホッと顔をほころばせると、ラウルは誰かを引きずりながら、脇目も振らずに王宮の奥へと向かって歩いてゆく。


「あの、陛下……? その方は……?」

「ちょ、ラウル、待て……」


 ラウルが抱えるようにして引き連れているのは、銀髪をなびかせたあの懐かしくも美しいシンの姫だった。


「まあああ、ララ様!!」

「やあ、フォレス! 久しぶりだな! 元気だったか?」


 言っている間も、ララはどんどんラウルに引きずられてゆく。


「はい、おかげさまで……」


 フォレスがつられて後についてゆく。その後ろから、あっけにとられた臣下たちがゾロゾロと続く。


「ちょ、待って、ラウル! もう!」


 なんとかララが抵抗して少し引き返してきたものの、ラウルはすぐ戻ってきて容赦無くララを引きずってゆく。


「や、もう! す、すまない、フォレス、なんかもう、ラウルはさっきからこんな調子で、年甲斐もなく聞く耳持たないんだ……」

「え、ええ、あの、ララ様、お元気そうで何よりですわ……ちっともお変わりにならない。今もお美しくて……」


 フォレスも必死で後を追う。

 ラウルはすでに、広間を抜けて長い廊下を歩いてゆく。


「あは、ありがとうフォレス……」

「フォレス、俺がいいというまで、俺の部屋には誰ひとり近づけるな」

「は、はい、陛下……」

「ああ、すまないフォレス! あとでゆっくり……ああそうだ、久しぶりにおまえの料理が食べ……」


 「たい」という言葉を言い終える前に、ラウルはララを引っ張って廊下を曲がって姿を消した。

 フォレスがしょうがないかというように、溜息をひとつついて立ち止まっても、他の臣下たちはわけがわからないというようにまだ王の後を追おうとしている。

 慌ててフォレスがその前に立ちはだかった。


「みなさま、お待ちくださいませ!! これより先は、この老女の命に代えても行かせるわけには参りません!」


 長年この王家に仕え続けてきた老女官長の言葉である。逆らえるものは誰もなかった。

 ガランとした味気ない王の部屋の床に、服が転々と落ちている。それは、天蓋付きの大きなベッドまで続いていた。紗のカーテンの向こうでは、二人の人影が蠢いている。


「や、ちょ…」

「ラゥ…」

「待っ」

「んんっ……」

「ラウル」

「おまえ、は…」

「どうして…」

「いつも……」

「んん……」

「ぁ」

「うあ…」

「あん」

「やめっ」

「あ」

「あ」

「ああっ」

「ララ……今は何も考えたくないんだ…」

「ああ……」


 ララの紅潮した頬、ラウルの情熱的な黒い眼差し、この激しい快感と感動はしばし二人に何もかも忘れさせた。

 寝台がギシギシと激しく軋み、二人は互いの長く激しい渇きを満たすことに没頭した。

 激しい息遣いと喘ぎが次第に小さくなり、やがて二人の動きが静かに止んだ。


「はぁ、はぁ……そなたと言うやつは、ちっとも変わってないじゃないか」


 ララが呆れたように言っている。


「私たちはもういい歳だぞ。こんな思春期の若造みたいな……」


 ララの愚痴を聞いているのかいないのか、ラウルはララの頬を撫でながら、熱っぽい目でずっとララの顔を見つめている。


「……そ、そんな顔をされたら何も言えなくなってしまうじゃないか」


 ララが照れたように目を逸らした。

 そのララをラウルが抱き寄せる。


「……思うだけで触れられない。この20年ずっとだ。だから、目の前にしたら触れずにはいられない。俺は歯を食いしばるようにして耐えてきたんだ……」

「ラウル……」

「だから、おまえが俺を責めるな……」


 ラウルがもう一度ララにキスした。


「あの子達は、そなたと別れて2年後に身籠っていることに気づいたんだ」

「信じられん……」

「ふふ、普通の恋人同士なら大ゲンカになるセリフだな」

「ああ、いや俺は……」

「うん、わかってる。私だって最初は信じられなかった。あまりにも非常識すぎる」


 ララの指先が、ラウルの身体中の傷跡ひとつひとつにそっと触れる。


「でも、トーマのあの髪と眼を見れば、俺の子だと言うことは一目瞭然だ」

「うん。それに、並ぶとよく似てる」

「ああ、そういえば城でもよく言われたな。トーマが黒にするとしょっちゅう言われた。でも、俺からすればおまえに似てる気がしてたんだ」

「そうか……。おそらく、初めて抱き合ったあの泉で身籠ったんだ。つまり、私がシンと聖婚する直前だ」


 その時の受精卵が、聖婚の衝撃で凍結したまま子宮の中で眠っていたのではないかとララは言う。


「そう言えば、そのあとから月のものがないと言ってたな」

「そう。そして、その後会うたびに飲んでいた避妊薬の銀鱗丸が凍結を長引かせていたのじゃないかと思う。そして、そなたと別れ、銀鱗丸を飲まなくなった途端、凍結が解除された……」

「なるほど。シン王宮は上へ下への大騒ぎだったろうな」

「それはもう……」


 ララが懐かしそうにクスリと笑う。


「でも私は、正直に言って喜びよりも怖さの方が優っていた。前王のおばあさまから、シン王の子どもがどれほど厳しい病に苦しむかは聞かされていたから」


 ララが妊娠に気づいた時点では、王位を継いだ後の、最後に会った時の子どもだと思うのが自然だろう。


「でも、どうしても産みたかった」


 ララはそれ以上、自分がどれほど不安と緊張に苛まれていたのか言わなかったが、察して余りあるものがある。そして、その時のララに寄り添えなかった自分の立場を思うと、ギリギリと内臓がよじれるほどの悔しさと情けなさに苛まれる。


「そばにいてやれなくて……」

「よしてくれ、ラウル。そなたはそなたで、命の危険に苛まれていたんじゃないか」

「ララ……」


 命の危険に「怯えていた」と、ララは言わない。

 ラウルが、命など惜しくないと知っているからだ。そんな命でも守らなければならない日常に、文字通り苛まれていたのだ。ララはそれを知っている。それだけでラウルは十分報われると思った。


「やがて、小さな双子が生まれて、日々丸々と太っていって、嬉しくてかわいくて、夢中になっているうちにどんどん大きくなっていって、今日まで幸せだったんだ、私は。だから、そなたが気に病むことなんかない」

「そうか、それならよかった……」

「でも、シンの王族病の懸念はあったから、あの子たちが産まれてからは何度も慎重に検査した。ところが不思議なことに、いくら調べてもシンの王脈が出てこない」

「へえ、検査でわかるものなのか……」


 王脈は血液を調べればわかるのだそうだ。最近発明された、眼鏡のレンズを二つ組み合わせて使う顕微鏡という機械を使って、血液の中に含まれている成分を診るのだ。


「だから、あの子達はラウルの王脈は継いでも、私の、シンの王脈を継いでいない。クレーネの髪と目の色を見たろう?」

「ああ、出会った時のおまえと同じだった」

「王脈でも庶民色の者もいるが、クレーネもそれだ。その特徴は黒龍の王脈と同じだった。シンじゃない。何度も血液をとって調べたから間違いない。そしてトーマはさらに黒龍の特徴が強く出た」

「なぜ今まで黙っていた……?」

「……あの子達が生まれて少しすると、そなたが殺されかけて、瀕死の重傷を負ったという知らせが届いたからだ。実を言うと、いてもたってもいられなくて、その日のうちにシンでゴダール城に忍び込んだ。騒ぐ医師たちを説き伏せて、そなたの手術は私がしたんだ。とても危険な状態だった」

「え⁉ それは気づかなかった」

「ふふ、意識不明の重体だったからな。危険を脱したところを見計らって私はシンに帰った」

「そうだったのか……」

「でも、私は母として、どうしても、子どもたちをそんな危険なところへやれなかったんだ。すまない……」

「いいんだ。それが当然だ」

「そのうち、ジルベールというあの少年が、ラウル王の子だと発表されて、その後もそなたが次々に後宮に女を召し上げていると聞いて、てっきり幸せにやっているものだと思った」

「そうか。そういえば、トーマはなぜ今頃ここへやってきたんだ……?」

「ふふ、反動じゃないかな」

「反動……?」


 ララが手に触れた毛布を引っ張り上げて言った。


「ところでラウル、この擦り切れた毛布、見覚えがあるんだが……」

「あ……」

「まさか私の寝間着をまだ持っているわけじゃないだろうな?」

「新しいのを送ってくれるなら、どっちも処分してもいいんだが……」

「二十年もずっと持ってた? あはは、いかれてる」

「なんとでも言え……」


 昔と同じ顔で笑うララに、ラウルがもう一度覆いかぶさった。









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