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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
一章
3/32

タリサ村 2

 ラウルはケリーを引きずりながら、司祭に外鍵のある部屋に案内しろと言った。それなら中に人を閉じ込められるからだ。


「……では私の部屋に」


 老いた司祭は渋々と書庫続きの自分の部屋に王子を案内した。

 ケリーは地下の食料庫が囚人を捕らえておくにはもっと適していると知っていたが、ケリーを哀れんだ司祭のせめてもの配慮を、ありがたく頂戴することにした。


「ほう、随分な蔵書だ」

「長年に渡ってコツコツと集めました」

「書物は貴重品だからな。それで自室に外鍵か」

「わずかながら、寄付金を集めた金庫もございますので」

「なるほど、では俺もこの部屋を使わせてもらおう」

「……!」


 司祭の気遣いが却って状況を悪くしたかもしれない。狭い食料庫なら、ラウルもまさか同衾(どうきん)するとは言わなかっただろう。


「……殿下、ケリーはこの村に時々やってくるどこの馬の骨とも知れぬ旅の医師(くすし)でございます。薬草と病の知識ばかりの無作法者。殿下のお側に控えさせるには不調法と思われますが……」

「ほう、くすしか。では、幼い頃からこやつを仕込んだ高い教養の師匠がおろう? あちこち旅をしておるなら世俗にも長けておるはずだ。気配りもできぬ無作法者とは言い難いの」


 くすしの習わしまで知るこの王子は、世間知にも長け頭も回転もいい。どうやら一筋縄ではいかない。


「ふ、そう用心するな。打擲(ちょうちゃく)などしない」

「そ、その様なことは……」

「というか、俺のそばにいさせた方が安全だと言うのだ。アベリはああ見えて執念深い。人前で恥をかかされたバカな武将と、こいつのせいで女を取り上げられた気の荒い兵士がいるんだ。下手に誰でも出入りできる食料庫なんぞに閉じ込めてみろ、こいつが朝まで無事でいるとは思えんがな。試してみるか?」


 ラウルのその言葉に、司祭はもちろんケリーまで顔色を変えた。


「殿下のご配慮、いたみ入ります」

「おまえは小柄だから長椅子でも構わんだろう?」

「も、もちろん!」

「というわけで、おまえはしばらくひとりでうろつくなよ? でだ、司祭殿は広間に戻ったら、村の主だったものを集め、じいのクロウにここへ来るよう伝えてくれ」

「……は」


 司祭はすぐに部屋を出て行った。

 そして、ラウルは身につけている鬱陶しい甲冑の腕やすね当てを取ってくれとケリーに言って手伝わせた。シャツに上着を羽織っただけの身軽な服装になったところで、クロウと呼ばれる、ラウルの侍従がやってきた。


「殿下」

「負傷兵はどこに集めた?」

「は、村の集会場に集めてあります」

「だそうだ」


 と、ラウルは唐突にケリーに向かって言った。


「は?」

「おまえ、くすしの道具はどこにある?」

「あ、ああ、ローラのうちに」

「じい、それを受け取ったら直接集会場に行ってくれ」

「は」


 言うなり、クロウがすぐに部屋を出て行った。

 甲冑のない身軽な服装になったラウルが「行くぞ」と言うので、ケリーは仕方なく後ろに従った。おそらく負傷兵の治療をさせようというのだろう。

 二人が連れ立って納屋に向かう途中、広間を通りかかると、さっきまで賑やかに酒盛りしていた兵士たちの意気が明らかに下がっていた。アベリなどはあからさまに不機嫌を顔に貼り付け、通りがかったケリーを睨みつけている。

 心なしかその他の兵たちもケリーを見る目つきが険しい。

 

 元気なのは兵士たちに給仕する村の男達ばかりで、大切な女房や娘を差し出さずに済んでホッとしているのだ。家族を守るために、兵士たちのご機嫌とりに俄然力が入る。

 すると、無骨な村の男達と言えども、褒め称えられれば兵士たちも悪い気はしない。


「村の窮状を見て、疲れも厭わず救助に励んでくださった皆様は、まさに神龍が使わしてくださった天の軍神! さぞや、戦場でも勇猛果敢にご活躍されたことでしょう! どうかお聞かせくだされ!」


 手放しのお世辞にまんまと乗せられた単純な兵士たちは、そうかそうかと相好を崩すといった有様で、徐々に場の空気も和やかになってきた頃、ラウルはケリーと一緒に負傷兵を集めてある納屋にやってきた。


「急ですまんが仕事だ」


 ラウルが言った。

 ケリーは黙って床に毛布を敷いて横たわっている兵士たちを見回した。


「報酬なら払う。他に何か必要なものはあるか?」


 ラウルがそう言った直後、ちょうどローラの家まで行って、ケリーの道具を取りに行ったクロウが戻ってきた。

 ケリーはとりあえずたっぷりの湯を沸かせと言った。


「わかった。じい、言われた通りにしてくれ」

「は…」

「それから助手を……」

「それなら俺が務めよう」


 あなたが? という顔でケリーがラウルを見上げたが、何も言わずに寝台で休んでいる負傷兵の診察を始めた。

 その様子は先ほどまで怒りに高ぶっていたケリーとはまるで違い、冷静な医師の目になっていた。まだ少年といってもいい若さなのに、どれほど無残な傷跡を見てもまるで顔色を変えない。むしろ、ラウルの方が何度か顔を顰めたほどだ。

 ケリーは道具を手にすると、実に手際よくテキパキと負傷兵達の治療を始めた。


「変わった道具だな。そんな道具は見たことがない」

「外科治療用の道具だ。使いやすいように改良した」

「へえ……」

「それより、麻酔薬がない。だから治療の痛みに暴れる者を抑えていてくれ」

「ますい薬? なんだそれは?」


 ラウルが初めて聞く薬の名前だった。


「芥子の果汁を乾燥させて作った新薬だ。まだ一般的じゃないが痛みを一時的に麻痺させる効能がある」

「ほお、そんな便利な薬があるのか。どこで手に入れられる?」

「……扱ってるくすり屋は多くない。だがこの薬は、中毒性がある。多用は禁物だ」

「へえ、おまえはまだ子供なのにずいぶん勉強してるのだな」

「子供じゃない。こう見えて25だ!」

「ほう、そりゃあわれなほど童顔だな。俺と二つしか違わないじゃないか。髭でも生やしたほうがいいんじゃないか?」

「大きなお世話だ」


 遠慮なく飛んでくるケリーの反抗的な口ぶりに、ラウルが楽しそうに笑った。

 ケリーは変な王子だと思いながら、手伝ってくれる他の村人たちに道具の煮沸消毒と薬の調合を指示すると、濃いめの酒で傷口を丁寧に洗い、兵士の傷口を容赦なくグイグイ縫ってゆく。


「うわあぁ……!」

「おっと……!」


 痛みで反射的に暴れる兵士を、ラウルが必死で押さえ込んだ。口には布を噛ませてある。

 王族ではあるが日頃からしっかり鍛えているラウルでも、痛みで反射的にもがく兵士の力を抑え込むのはなかなかに骨が折れる。そのラウルを、すかさずクロウがサポートする。


「しっかり抑えていろ!」


 ケリーが容赦無く二人を叱責する。


「無礼な!」


 生意気なくすしごときにクロウが顔色を変える。


「いいんだ、じい。おまえも抑えることに集中しろ」


 ラウルのそんな言葉に、クロウがむっと黙り込む。こんな人前でラウルに説教などできない。

 その間もケリーの手は緩まない。実に器用に手早く傷口を塞いでゆく。


「外科治療もお手の物というわけか。おまえはずいぶん経験を積んでいるのだな」

「殺し合いをするのが大好きな連中が大勢いると、私の技術向上もいとまがないというわけだ」

「ハハ、これは厳しい」


 ケリーの強烈な皮肉にラウルが苦く笑い、クロウが再び目尻を釣り上げる。それを目で制して、ラウルは痛みに呻く患者に声をかけた。


「もう少しだ。あと少し辛抱してくれ」

「うぅっ、は、はい、殿下……っ」

「頑張れ。腕のいい医者だ。すぐ良くなるぞ」


 そんな風に王子自らに励まされた兵士たちは、痛みに震えながら必死に治療に耐えた。その額に滲む汗をラウルがまた布で拭いてやると、兵士の目尻に感激の涙が滲んだ。

 そして、比較的軽傷の兵が恐縮して起き上がろうとするのを止めた。


「寝てていい。そんなに恐縮されると、嫌われているも同然なんだぞ」


 そんなラウルの明るい軽口に、主君に情けないと見放されたわけではないと知った負傷兵たちは、みな安心したようによく眠った。

 何よりの良薬かもしれない。

 長年ラウルの側近くに支えてきたクロウは、王の権威というのは、振りかざして無理やり人を従えるものではなく、本来こうやって使うべきものなのだと改めてこの若い王子に教わった。負傷兵たちのラウルを見る熱い目がそれを如実に物語っている。

 彼らは今後も、ラウルのために命を惜しまず働いてくれるだろう。

 クロウは誇らしかった。

 やっとの事で一通りの治療を終えると、手を洗いながらケリーが不愛想に短く言った。


「まぁ、いい仕事をしてくれた。ありがとう」


 意外に思ってクロウは思わずケリーの顔を見た。

 ラウルも驚いたように目をパチクリとした。


「ごほん、あとは、この薬草を煎じて食後三回に分けて全員に飲ませてやれ」


 ケリーは二人の様子に気づくと、咳払いひとつであとは何事もなかったように、自分の背負い袋の中からいくつか薬草を取り出し煎じ方を指示した。

 心なしかケリーのその顔が、少し穏やかになっているように思う。


 どうやらこの小僧にも、我が君の類まれな資質がわかったらしい。


 クロウはそう満足気にひとりごちた。




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