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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
三章
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カーニバル 3

 トーマとラウル王が、頭からすっぽりと目隠しの袋をかぶされ、二時間ほど馬車に揺られて連れてこられたところは、王都の郊外にある何かの廃工場だった。鉱物を産出するゴダールは、それを加工するこの手の大小様々な工場があちこちにある。

 馬車に揺られている時から降り出した雨が、次第に雨脚を激しくしている。目隠しの布袋を剥ぎ取られたラウルとトーマの顔に、大きな雨粒が当たった。

 目つきの悪いゴロツキに引っ立てられて、二人がよろよろと周囲をうかがう限り、ここは打ち捨てられてずいぶん経っているらしい。

 入り口からすぐの広間に通されると、そこにはムッとする熱気と巨大な釜の中で、オレンジ色の何かが煮えたぎっているのが見える。おそらくこれは溶鉱炉だ。

 ラウルは嫌な予感がした。

 釜の前には、目つきの悪いゴロツキが十数人、手に手に物騒な武器を持ってこちらを睨んでおり、その真ん中には、ボスと思しき男が、男たちを従えるように椅子にだらしなく座りながらこちらをニヤニヤと見ている。まるで玉座に座る性悪の王のようだ。そしてそのそばには、猿轡を咬まされ後ろ手に縛られて、眠っている3人の子供たちを膝に乗せているコレットの姿があった。


「コレット!!」


 思わず前に出たトーマの脇腹を、隣にいたゴロツキにいきなり殴られた。

 衝撃で肺から空気が叩き出され、腰が折れて反射的にうずくまってしまう。


「うっ……」


 涙に濡れたコレットが、ウーウーと何かを叫ぼうとしている。


「おまえたちの目的は俺だろう? 人質は解放しろ」


 王が言った。


「さあ、どうしましょうか……」


 玉座の男が楽しそうに笑った。


「せめて子どもと女だけでもいい。頼む、この通りだ」


 王が素直に頭を下げたことで、玉座の男は気を良くしたらしい。


「わかりました。では子どもたちは城下に送り届けましょう。どうせ薬で最初から眠らせたままですから、何も覚えていませんしね。でも、女はダメです。ここのことをペラペラと喋られてはたまりませんからな」


 玉座の男がそういうと、男たちの数人が、コレットから子供を引き離して連れて行こうとした。反射的にすがろうとしたコレットを、男がバシッと乱暴に手で払い、その衝撃でコレットが床に倒れた。


「やめろ!! コレットに乱暴にするな!!」


 トーマが手下に押さえつけられながら喚いた。


「おい、人質の扱いには気をつけろ」


 子供たちは眠ったまま、手下に抱きかかえられて部屋を出て行った。


「ゴダール城では今頃あなたが行方不明になって大騒ぎでしょうから、城には近づけませんが、必ず安全な場所に送らせると約束しましょう」


 玉座の男が言った。

 今はこの男の言葉を信用するしかない。


「……おまえは?」

「ガーナと言います。以後お見知り置きを。あなた方が闇国と乱暴に総称する、とある小国の主人(あるじ)です。ラウル王よ」

「ではガーナ、何が目的だ?」

「単刀直入に言うと、我々は神龍がもたらす圧倒的に豊かな資源が欲しい」

「俺にそれを言われたところで、力を持っているのは神龍だ」

「選ぶのもね」

「そういうことだ」

「ではどうやって神龍は根を下ろすべき土地を選び、王となる人間を選ぶのか?」

「知らん。聞いても奴らにもうまく答えられないようだ」

「そうでしょうとも。だから選ばせなければいい」

「……どういうことだ」

「以前、黒龍はゴダール城の神殿の奥深くで、鋼鉄の柱に閉じ込められて半ば封印されていたのだとか?」


 溶鉱炉を見た時から半ば予想はしていたが、やはりそういうことかとラウルは思った。

 ガーナの言う通りだ。


「ああ……」

「彼をここへ……」


 ガーナは慇懃に手を振った。

 その言葉に従って、手下がひとり動いた。そこへ連れてこられたのは、神剣を手にした蒼白なジルベールだった。


「ジルベール、無事だったか……」


 ラウルがホッとしたように言った。


「父上……」


 雨脚はますます激しさを増し、ボロボロの廃工場のあちこちの壁に濁った水が伝い始めている。

 高熱を発する溶鉱炉に雨漏りの水が当たり、ジュッと白い蒸気を立ち上らせた。


「ああ、雨がひどくなる前に終わらせましょう」


 ガーナが言った。


「私はね、国に資源を残したまま、力を封印された神龍と、私が目をかけた素直で美しい傀儡の王がいればいいと考えました。最悪、神龍が滅び、それでこの国の資源が枯渇したところで我々は今と何も変わらない。しかしゴダールは、持たざる者の苦労を知ることになる。これこそフェアってものだ」


 そういって、ガーナはジルベールの肩を抱いた。


「できるだろう、ジルベール? さあ」


 ガーナがそう言うと、ジルベールが上部が大きく口を開いた大きな釜への階段を上り始めた。


「やめろ!! 何をしてるんだ、王子! あなたがなぜそんなことを⁉ 何かで操られているのか⁉」


 そう叫んだのはトーマだった。実際、ジルベールがなぜガーナのいいなりになっているのかわけがわからない。あの神剣を抜きさえすればゴダールが救ってくれるはずだ。


「やめろ!! そんなことをしたって神龍は滅ばない!! 永遠に苦しめ続けるだけなんだ!!」

「彼は?」


 ガーナが躍起になって喚くトーマを見ながら王に聞いた。


「うちのくすしだ」

「ははあ、だから、神龍の身も案ずるというわけですか。お優しいことだ。あんな化け物に……」

「…………」

「ジルベール王子! 神剣を抜け!!」


 トーマのその言葉に、すかさずラウルが反応した。


「だめだ、ジルベール!! それは王の俺の剣だ!!」


 トーマが愕然と王を見上げた。


「なぜです⁉ あなたは、ゴダールが酷い目にあってもいいのか!!」

「王の命令だ!! それを抜くことは許さん!!」


 ラウルがトーマを無視して叫んだ。

 ジルベールは戸惑ったように王の顔を見ている。

 ガーナは面白いものでも見たような顔をしている。

 いよいよ雷が廃工場の天辺でガラガラと激しく轟いている。ザーザーと工場の屋根を叩く雨の音はもはやうるさいほどだ。


「王子!!」


 トーマが叫んだ。

 

「残念ながら、私にこれは抜けないんだ、トーマ。王はそれを知っているから私に抜くなと言うんだよ」

「え……?」

「これを抜けるのは王に続く直系の子孫だけで、私はそうじゃない。つまり私がラウル王の息子だと言うのは、真っ赤な嘘なんだよ」


 蒼白な顔に笑顔を貼り付けてそう言うジルベールに、愕然としたトーマが思わずラウル王の顔を見た。


 「…………」


 王が唇を引きむずびながら、ジルベールを黙って見つめている。


「ジルベール王子……?」


 トーマは愕然とする思いだった。


「だから私は王子じゃないと言っている。父上だって知っている」

「……いつから気づいていた?」


 王が静かに聞いた。


「……1年前、オラルから私は王族の誰かが買った売春婦の子だと聞きました。父上とゴダールの聖婚が行われたとき、私はまだ母の胎内にいたそうです。だからゴダールが王族から加護を取り上げた時、私だけは取りこぼされた」


 聖婚後、ゴダールに帰ってきてからも、王都に残っていた王族から、黒龍の加護の奪還は続いたのである。やがて王宮の王族から龍王色が消えると、ゴダールはやっと怒りの矛先を治めた。ジルベールはその後生まれたのだ。その頃には、黒龍はすでにそのことに興味を失っていた。


「私が黒龍に放置されたことを都合よく解釈して、その後オラルは、私に物心がつくと、父上が寵愛したただ一人の愛妾の子だと吹き込んだんです。君にもその話をしましたよね、トーマ?」


 生まれたばかりのジルベールを攫おうとした暴漢から、わが子を取り返そうとして殺された女性。


「おめでたいことに、私はずっとそれを信じてきた。でも、実際には全部嘘だったんだ。私を産んだ女は、王位継承のごたごたに巻き込まれるのを恐れて、オラルにわが子を金で売った売女だった」

「ああ、いけませんね、ジルベール様。王子がそのように下品なことをおっしゃるのは。ここから先は私がお引き受けしましょう」


 ガーナがさも楽しそうに、芝居がかった嫌味な口調で話し始めた。


「すべては、神龍ゴダールとあなたが招いたことだ、ラウル王よ」


 その昔、どんな周囲の説得にも応じず、決して妃を娶らなかったラウルは、18年前、とうとう暗殺者によって瀕死の重傷を負って意識不明の重体に陥った。

 そんな時、娼館で生まれた龍王色持ちの赤ん坊を持て余し、こっそりとオラルの治療院を訪ねてきたのがジルベールの母だったのだ。

 渡りに船とばかりに、オラルは王が意識を失っている間に王の子だと偽って公式発表してしまった。

 王の危険を少しでも分散させようとしての苦肉の策だったのだ。

 前王の派閥だった殆どの臣下を、城から追い払っていたこともこの嘘には都合が良かった。

 ラウルが意識を取り戻した時にはすでに、周囲はジルベールを王の愛妾の子として認識していたのである。

 さらにオラルは、その後徐々に偽の龍王色の子供を増やしていった。家臣たちも、ラウルやジルベールの安全のためにこの嘘に協力した。子供が多ければ多いほど、互いの安全性は増す。

 気づくとラウルも、それを拒否する理由を失っていた。

 

「ところがね、ある日、17歳になったばかりのジルベール王子の所に、実の母親が訪ねて来たんです。昔は輝くように美しかった母親も、荒れた生活のせいでずいぶん落ちぶれている」


 ガーナが楽しそうに笑った。


「さあ修羅場だ」


 当初は、旧王族の子として神龍に罰せられると誤解して国外に逃げていた母親は、わが子がまんまと王子に納まっているのを見て、王族の子を産んだのだから自分も王族として手厚く保護されるべきだと迫ったのだ。それが従来からの慣習でもある。

 そこで初めて自分の出生の秘密を知ったジルベールは、ショックのあまり、母親とオラルを次々に殺してしまった。


「なん、だと……?」


 ラウルが愕然とジルベールを見た。


「では、オラルが事故死したというのは……」

「もちろん、育ちのいいあなたの息子に頼まれて、私たちがやったんですよ、ラウル王よ」


 ガーナはますます楽しそうだ。


「この見目麗しい王子と出会ったのは、殺した母親を暗闇の中、必死に藪の中で埋めている時だったんです。この近くだったんですがね、ここは我々のアジトなんですよ。王子はそれをご存じなかったようだ。でも、そんなところに、死体なんか埋めてもらっちゃ困る」


 ガーナがふざけたように芝居がかった仕草で両手を広げた。

 最初はどこのゴロツキだと思った彼らも、龍王色のジルベールの姿を見て驚いた。

 そして、ジルベールの弱みを握った彼らは、ジルベールが王になった暁には、ゴダールの利権と引き換えに、王も含むジルベールの秘密を知る者をすべて殺すと約束した。


「あとはあなた方だけだ」


 ガーナが言った。

 耐え兼ねたようにラウルが声を張り上げた。


「ジルベール! なぜだ⁉ なぜおまえがこんなことを⁉ 俺は王の地位などいつでもおまえに譲ったんだ!!」

「王の地位……? ふふ、父上はなにもわかっておられない……」


 ジルベールは階段の途中に足をかけ、ラウルを見つめながら涙を流している。


「私があんな、金でわが子を売るような下品な女の子供? 違う!! 私はゴダールの王子だ! 本物の龍王色を持つあなたの息子なんだ!!」

「……ジルベール」


 王の声と表情に、暗い絶望が塗り込められている。

 その時、激しい落雷の音がして、天井の屋根がガラガラと崩れて降ってきた。

 穴の開いた屋根から大量の雨が吹き込み、それが高炉の大釜に降り注いで辺りが一瞬にしてものすごい蒸気に包まれた。

 一瞬のこの混乱に乗じて、戒めからなんとか逃れたコレットが、瓦礫を避けようとして階段でバランスを崩したジルベールに体当たりして叫んだ。


「みんな逃げて!!」


 そういって、コレットはジルベールからとっさに奪った神剣を、こちらに向かって思い切り投げた。

 トーマがパシッとそれを受け止めた。

 誰かが高炉のレバーにぶつかり、真っ赤に燃える灼熱の鉄がドロリと大量に流れ出した。それが吹き込む激しい雷雨と相まって、更にものすごい蒸気が辺りに立ち込め何も見えない。


 ジュウウウウッ──……


 ラウルはすでに動いていた。怯む盗賊たちを次々に打ち倒してゆく。

 あちこちから混乱の怒号が飛び交う。

 床に広がる灼熱の鉄を、うっかり踏んで引き裂くような誰かの悲鳴に耳を塞ぎたくなる。

 大混乱の中、誰かの剣がコレットの頭上で振り上げられた。

 それを見たトーマが、間一髪で手にした剣を抜いた。


 ガキィィンッッ──!!


 コレットを狙った剣が払われた。


「ゴダール!!」


 王が神剣に向かって吠えた。

 トーマの持った剣からドッとまろび出た漆黒の神龍に、とっさに全身で飛びついた者がいた。

 不意を突かれた神龍が、その者と一緒に灼熱の真っ赤な鉄にドッと転がった。


「ゴダール!!」


 トーマが叫んだ。


「ジルベール!!」


 王が叫んだ。


「ぐわああああ!!」


 ジルベールのすごい悲鳴が轟き、肉の焦げる匂いがあたりを一瞬で包むと、さらに屋根が崩壊する大きな音がして、巨大な白い稲妻が突然広間の真ん中に落ちてきた。


 ピシャァァァンッ──!!


 ガラガラとすごい雷鳴が辺りの空気を引き裂いた。

 誰もがその衝撃に一瞬虚をつかれ、唖然と動きを止めたが、稲妻の白い光は広間の真ん中で、ますます大きく膨れ上がり何かの巨体が蠢いた。


「シン!! ジルベールを!!」


 トーマの叫びに白い光がうねり、真っ赤な鉄に埋もれたジルベールを巨大な口に咥えると、飛びかかってきたガーナの一味を鋭い尾で一斉になぎ払った。

 血しぶきをあげながら、屈強な男たちがバタバタと斃れた。

 体勢を立て直した黒龍ゴダールもそれに続いた。


「王!! ラウル陛下!! ジルベール様!!」


 忠義者のカール将軍の声が響き、ガシャガシャといくつもの甲冑の音が床を叩いた。

 王の護衛隊である。

 ガーナをはじめとする盗賊たちが、次々に斬り捨てられ捕らえられてゆく。


 大混乱の中、ラウル王の目の前に、シンの口から瀕死のジルベールがゴロリと転がされた。

 全身シンの唾液にまみれているが、焼け爛れた皮膚の状態を見る限り、もう彼が長くないことは一目でわかった。

 ラウルがそっとシンの唾液を拭おうとして、トーマが止めた。


「ダメです。シンの唾液は火傷の痛みと傷を軽減してくれます」


 言われて王は手を止めた。

 抱き上げようとしたが、ジルベールはとても迂闊に触れる状態ではない。


「ち、父上……」


 瀕死の息で、ジルベールが何か言おうとしている。

 ラウルはジルベールに屈み込み、火傷を負っていない右の頬にそっと触れた。


「ジルベール……」

「私、は……ぎ、玉座…で…なく……ただ……あな…た…の、息子……で、いた…かった……」

「……俺は、どんなことがあってもそのつもりだったんだ、ジルベール」


 ラウルに向かって伸ばされた、ジルベールの爛れた指を王がそっと掴んだ。

 そしてジルベールの目が、ふとトーマを見た。


「そ、そう…か……君、が……」


 ジルベールの目から光が消えた。


「…………」


 ラウルが指先でそっとジルベールの目を閉じると、自分の着ていたマントを脱いで、ジルベールの亡骸に掛けて立ち上がった。


「ジルベール様……なんと言うことだ………」


 カール将軍が、ジルベールの凄惨な亡骸を見て絶句した。


「手厚く葬ってやってくれ」


 廃工場に人々の足音が入り乱れ、ジルベールの遺体が静かに運び出されていった。






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