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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
三章
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カーニバル 2

 町中がカーニバルに浮かれていた。

 この日ばかりはみんな、呑んで食って歌って踊って騒ぐ無礼講だ。普段は閑散とした通りまで人で溢れかえっている。

 そこを茶色い髪のラウル王の一行が楽しそうに通り過ぎる。トーマにジルベールに、三人の子供を連れたコレットだ。子どもたちは、紙粘土で作った動物のお面をつけているのが可愛らしい。


「ようあんた! 庶民色のまんまじゃ、この国の王様は守れねえぞ! そんなことでどーすんだ!」


 でっぷりと腹の出た黒髪黒目の酔っ払い親父に、ラウル王が絡まれていた。


「俺は臆病者だからな! 勇敢な騎士はあんたに任せておくよ!」


 ラウル王がご機嫌で答える。

 各国王族は、この目薬と髪染めを触れ込む口上に『市民こそが王の守護者である』と謳ったのだ。気の利いたキャッチコピーである。


「何だよ、だらしねえな! ラウル王は俺が守るぞー!!」


 腹の出た黒髪の騎士は、酒瓶片手にそう言って腕を天に突き出すと、周囲の者までもが「おー!!」と答えて賑やかに去っていった。ひどいくせ毛も薄毛も直毛もみんな黒の龍王色だ。


「父上、なぜ今日に限って庶民の仮装をなさるのです。却って目立ってしまうではありませんか」


 ジルベールがやきもきした様子で王に苦言を呈している。


「まぁそういうな、ジルベール。今日は無礼講だ。それに、俺は今最高にご機嫌だ。こんなすごい魔法ができるのをずっと待ってたんだ」


 王が茶色い髪を振りながら、ニコニコと言った。


「魔法じゃありません」


 トーマが真面目な顔で言った。


「じゃあ何だ?」


 王が茶色い目でニコニコとトーマに笑顔を向けた。


「科学です」

「なるほど」


 王はご機嫌だ。

 どうやら酔っ払っているらしい。そう言えばさっきから、すれ違う人たちに勧められるまま、ビールやワインを飲んでいた。


「父上、神剣を預かります。酔っておられるみたいですし、さっきみたいにどこかで置き忘れられては国の一大事です」


 ジルベールがそういうので、王は「そうか」と素直に漆黒の美しい刀剣を渡しながら言った。


「人前で絶対に抜くなよ?」


 王がそうクギを刺すと、ジルベールが顔をしかめながら言った。


「わかっています! 今まで一度も抜いたことはないでしょう?」

「あはは、そうだな。おまえは聞き分けのいい息子だものな」


 王のその言葉に、ジルベールが照れたように笑った。


「コレット、抱っこ……」


 3歳のショーンが、目をこすりながらコレットに両手を差し出した。


「あら、もうおネム? 少し早くない?」


 コレットがショーンを抱きあげながら困ったような顔をした。


「ボクも~!」


 マイクも突然ぐずり出す。メリッサだけは気丈に大人たちに混じって歩いていたが、眠そうにフラフラしている。


「もう、ひとりがこうなるとみんな一斉なんだから」


 マイクを抱き上げるトーマに済まないという顔をしながら、コレットがそろそろ帰りますと言った。


「じゃあ、僕が送っていきます。メリッサ、歩けるかい?」


 トーマがメリッサの手を引こうとすると、王が言った。


「ジルベール、おまえが行ってやってくれ。辻馬車を拾うといい。俺はトーマに話がある」

「あ、はい、わかりました」


 ジルベールが戸惑ったように素直に王に従った。


「え、でも……」


 コレットと少しでも一緒にいたいトーマが抵抗すると、王はいいからと強引にトーマの肩を抱いた。


「トーマ、付き合え」

「は、はぁ……」


 仕方なく、ご機嫌な王の後についてゆく。

 通りは相変わらず、派手に着飾った賑やかな人々で溢れかえっている。黒髪黒目の者だけではなく、道化師や鳥や魔女の仮面の他に、神龍を象った仮面を被った者が物売りの間を歩き回り、ラウル王は、白い髪を高く結い上げた、変わった仮装の者にフラフラ付いて行こうとしてトーマにマントを引かれて引き返した。


「すまん、すまん……」


 楽隊が楽器を奏で、吟遊詩人が自慢の歌声を披露した。人々がそんな芸人の周囲に集って手を叩き歓声を送っている。

 通りを歩くのがやっとだ。

 そんな人々をにこやかに眺めながら、王が唐突に言った。


「トーマ、おまえは何者だ……?」

「は……?」


 王のその一言で、トーマの心臓が跳ね上がった。


「くすしというのは嘘ではなかろう。腕を見ればそれはわかる。だが、おまえの記録がない。それに、おまえの姉のクレーネの後をつけた者は、まんまと巻かれた」

「…………」

「知っての通り、くすしの記録は厳重に管理されている。他国のくすしだったとしてもその記録は協会によって共有されている。そのどこにもおまえの名前がない。ひとつだけ考えられるのは、おまえが闇国のくすしである可能性だ。国交がないからな。おまえは闇国のくすしか?」

「……違います」


 トーマは力なく答えた。


「では、正直に答えてみないか? 俺はおまえが悪いやつだとはどうしても思えんのだ……」


 何があったのか、人々のわっと湧いた歓声が少し離れた場所から聞こえてくる。


「………それを聞いて少し安心しました。常に暗殺の危機にさらされているあなたが、私に対してあまりにも無防備なので、こんなことでいいのかとずっと案じておりました」

「ハハハ、それはすまん」

「怪しいものは逆に懐に抱えて、自由に泳がせて尻尾を出すのを待っていたというわけですか」

「まぁそんなところだな。これでも王なので、やるべきことをやらんと、俺を守ることに命をかけている者どもに申し訳が立たん」

「……ですね。で、僕はどんな尻尾が出てましたか?」

「ふむ、それが皆目掴めん。おまえは王宮に来てから、ごく真面目に誠実に普通のくすしとして働いていた。怪しい動きも何もない。試しに、城から出してみたところで同じだった」

「……でしょうね」

「仕方がないので、おまえが以前働いていたというコラールの治療院を調べさせた。おまえは、戦が始まる一週間ほど前に、コラールに不意に現れたよそ者のくすしだったというんだ。だが、腕がいいのでなんら不審に思わず雇ったという。その後すぐに例の戦があって、あとはまぁドタバタだな。俺もその時はおまえを疑っていなかった」

「ではいつから……?」

「娼館の前で、おまえをコレットと一緒に拾った時からだ」

「そんなに前から⁉」

「おまえはゴダールを見てもあまり驚かず、すんなりあいつに跨った。だが、普通はコレットのように激しく戸惑うものだ。おまえは神龍を見慣れているな? おまえの姉のクレーネもだ。おまえたちはどこの王族に支えている? うちにやってきた目的はなんだ?」

「それは……」


 自由気ままに歩き回っているように見えて、王は気を抜いてなどいなかった。このたくさんの人々に混じって、今この瞬間も、王の護衛が剣を片手に緊張しながらトーマを見守っているのかもしれない。


「……質問に答える前に、ひとつだけお聞きしてもいいですか?」

「なんだ?」

「あなたはまだシンの女王を……」


 その時、すれ違いざまにぶつかってきた男が、王の手に何かを押し付けてそのまま去ってしまった。戸惑いながら、ラウルが渡されたものに目を落としハッと顔色を変えた。そして突然、トーマの胸ぐらを掴んで声を荒げた。


「おまえの仕業か!!」

「なっ……」


 王の突然の激昂にトーマは訳がわからない。目を白黒させながら、王の手を離そうともがいたが、王はトーマを睨みつけたまま力を緩めない。


「コレットたちをどこへやった……⁉」

「うぅ…なんのこ……苦し……離して……」


 ジタバタともがくトーマのその様子に、王が少し冷静になり、トーマの胸ぐらから手を離した。

 トーマは、はぁはぁと息を吐きながら、王が差し出したものを見た。


「これは……!」


 ラウル王が手に持っているものは、ショーンの作った紙粘土の仮面だった。

 仮面には何かの文字が走り書きされていた。


『人質の命が惜しければ、今すぐ通りを西に向かってまっすぐ走れ。我々はお前たちを見ている』


「本当におまえの仕業じゃないんだな!」

「違う!!」


 即答だった。

 王はトーマの目をまっすぐ見つめると、そらさず視線を受けるトーマに鋭く言った。


「では走れ!」

「はい!!」


 二人は人ごみをかき分け、通りを西に向かってまっすぐ走り始めた。

 人波に押され、酔っ払いに絡まれそうになりながら、やっとの事で通りを抜けると、通りの角のゴミ箱の上に、子供の仮面がまた一つ置いてある。


 最初に気づいたトーマが、王を呼び止めようとして、一瞬ためらった後「父さん!」と呼んだ。王と呼ぶわけにはいかない。

 通行人の何人かが振り返ったが、トーマを見てみなすぐに視線を戻した。

 ラウル王が引き返してきて苦笑しながら「まぁいいだろう」と言った。


「こ、これ! これ、メリッサのです!」


 紫色に塗られた猫と思しき仮面の裏には、次の通りの名前が書かれている。


『急げ。ぐずぐずしていると、次の目印を失うぞ』


 再び走った。

 果たして次の通りには、居酒屋の前に置かれた樽に、マイクの仮面のメモが置かれていた。やはり通りの名前と次の指示だ。

 その次の通りには、空の酒瓶に入ったメモだった。

 そんな風に、二人は城下をぐるぐると何度も走り回された。


「はぁはぁ…な、何でこんなにぐるぐる……」


 息を切らせながらトーマが、必死で王について走りながら言うと、王も息を切らせながら言った。


「おそらく、俺の護衛を巻いているのだ」

「な、なるほど……」


 そして王が、ゴダールと呼びかけようとして舌打ちした。


「どうしました?」

「剣をジルベールに渡したのだった……」


 最後のメモを手にした時、目隠しの指示とともに辻馬車が近づいてくる気配がした。二人は両側から誰かに捕まれ、押し込められるように辻馬車に乗り込んだ。


 月明かりが厚い雲間に隠れた。

 だが、カーニバルの明るい光の下で人々はそれに気づかない。

 遠く、西の空で雷鳴が轟いた。




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