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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
三章
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医師のトーマ 4

 それから半年、トーマは王宮の治療院の他に、週に二度、城下の治療院に出向している。王が、腕のいい医師(くすし)は独占すべきではないというのだ。だが、城下町の治療院は王宮と違って忙しすぎて目が回りそうだ。

 コレットも一緒だった。嘘から出た誠ではないが、結局、コレットはそのままトーマの助手として働いてもらっている。もともと宿屋で働いていたという彼女が、機転の効く働き者だということはすでにわかっている。子供のあしらいも上手い。今や彼女はなくてはならない存在だった。

 そんなある日の夕方、今日最後の黒い瞳(・・・)の患者を見送って、コレットが言った。


「ふう、お疲れ様。今日はみんな黒ねえ」


 そういうコレットも黒髪黒目なら、「そうだね」と答えるトーマも黒である。

 黒龍を称えるカーニバルの今日は、国民みんな黒髪黒目で祝おうという趣向だ。

 そして今や、街の至る所で、各国の龍王色を纏った王族(・・)がそこらじゅうを闊歩しているのだ。

 もちろん、本物ではない。

 半年ほど前、シンで開発された目薬が発売されてから、髪染めと一緒に瞬く間に世界中で爆発的な大ヒットになったのである。

 茶色い目や髪が当たり前の一般人にとって、目や髪の色を変えるという遊びは、当初あまり見向きもされなかったが、この目薬の持つ価値に気づいて最初に飛びついたのは、何を隠そう各国の王族だったのである。

 民に向かってどんどん使えと積極的に推奨したのだ。

 彼らはその見た目と身分の高さから、実は常に誘拐の危険にあった。

 身代金目的の営利誘拐ならまだいいが、誘拐された挙句に子を生ませる道具として扱われる危険もあったのだ。

 龍王色持ちという()が、希少種として陰謀の的になり大金に替えられたのである。

 よって彼らは、身の安全のためにも宮廷の奥深くで息を潜めるように暮らすしかなかったのだ。

 そんな王族たちが、目立つ彼らの見た目を誤魔化せるよう、民に偽の王族になってもらおうとしたわけだ。

 そもそも、神龍は王を目や髪の色で選んでいるわけではない。選んだ結果の副産物であって、それを色分けして身分を設けたのは人だ。人が作ったのなら人の力でどうとでもなる。

 しかも、目薬も髪染めも、冷たい水ではだめだがぬるま湯で流せばすぐ落ちるという単純さも受けた。飽きればすぐに変えられるし、必要があれば本物か偽物かをすぐ見分けられる。


「でも、王族じゃなくて民に色を変えさせるなんてシンも商売がうまいわよねえ」


 コレットがしみじみ言った。他の看護師が「どうして?」と聞くと、コレットは当たり前そうにこう言った。


「だって、茶色の目薬や髪染めなんか買うのは王族ぐらいでしょ? 商売にならないじゃないの」

「なるほどお」


 そして、心底羨ましいと言うように「この目薬開発した人は今頃大儲けよねえ」と続けたものである。

 相変わらず鋭いコレットにトーマは思わず苦笑してしまった。彼女はもしかして、治療院なんかで働かせるのはもったいない逸材かもしれない。


「そう言えば、後宮の子供たちがみんな龍王色じゃないっていうの驚いたわね」

「ああ……」


 帰りの馬車に揺られながら、二つ年上のコレットがトーマに気安く話しかける。

 そうなのだ。

 後宮にいる子供たちのほぼ全員が茶色い目に茶色い髪の一般人だった。

 怪我をした子供の治療をしたとき、泣き喚く子供の目の色が茶色に変わってしまったのを見て驚いた。目薬が涙で流れてしまったのだ。


「あれ? この子……?」


 怪我した子供を王宮の治療院に連れてきたジルベールに聞いた。


「ああ、そうですね。くすしの君には隠しようもないので、聞かれれば話しても良いと父上から許可をもらっているので話しますが……」


 そういってジルベールが説明してくれたところによると、後宮にいる7歳から12歳までの七人の龍王色の子ども達はみんな、元は潰れた孤児院から引き取った一般色の子だという。そして、そんな彼らを変装させようと発案したのは、前任のくすしオラルだそうだ。


「え……?」

「君が来る少し前に亡くなった、宮廷のくすしですよ。その頃はまだ目の色は変えられませんでしたが、遠目だとわかりませんからね。だから目薬が発売されて真っ先に取り寄せました」


 そういえば、前に王が戦場でそんなことを言っていた。それに、どの神龍国でも龍王色の子供が人前に出ることは滅多にない。


「じゃあ、あなたも……?」

「いや、私は髪も目も本物です。おかげで変装を解けば自由に外に出られる他の子と違って、滅多に王宮を出られませんでした」

「なぜオラルというくすしはわざわざそんなことを……?」

「私と王を守るためです」

「……え?」


 トーマはあまりのことに、一拍おいて、自分でも思ってもみないほど激しい怒りで目が眩んだ。


「ま、まさか子供を盾に! そ、そんなことは許されない! 王の身の安全のために、幼い子どもを身代わりに危険に晒すなんて……! お、王は、ラウル王は、ひ、ひ、卑怯者だっっ!!」


 口がつっかえてしまったのは、王を恐れてのことではない。激昂のために興奮しているからだ。

 トーマがあまりにも顔を赤くして怒り狂うものだから、ジルベールの方が焦ってしまった。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてください、トーマ……」

「しかし……」

「私は生まれてすぐ、誘拐されそうになりました。その時、私を庇って母が殺されてしまった。それを深く嘆いた王を見て、オラルが孤児院から連れてきた子の髪を染め、王子だと公に偽ったのが始まりだと聞いています」


 トーマが絶句した。


「それでも父上を許せませんか?」

「……私が王なら受け入れるわ」

「え……」


 コレットのその思いがけない言葉に、トーマはさらに言葉を失った。


「生まれたばかりの我が子が、いつまた攫われて殺されるかわからないのよ? 殺されたジルベールのお母様は、正妃ではなかったかも知れないけど、王が愛した女性だわ。トーマなら耐えられる?」

「……でも、何も知らない孤児院の子供達は……」


 トーマの弱々しい反論を遮って、コレットが続けた。


「確かに、孤児院からわけもわからず連れてこられた子はかわいそうよ? でも、孤児院はどこもとても貧しいわ。ひどいところになると、ロクに学校にも通えず、寒さとひもじさに耐えながら暮らすのよ。それに比べれば、多少危険でも、この恵まれた王宮の中で、お腹いっぱい食べさせてもらって、丁寧に世話されて暖かい寝台で眠れるの。私が子どもなら迷わずここを選ぶわ」

「……確かに、そうかもしれない」


 トーマは何も言えなくなってしまった。コレットに出会った時、彼女は子ども達を養うために、娼館に身を売ろうとしていたのだ。


「くすしのオラルの言い分も、コレットと同じでした。そして何よりも、父上はああいう方だ。当初は反対したものの、母を守れなかった責任を、オラル以上に深く感じたでしょう」


 実際、ラウルは常に暗殺の危機に晒されている。ラウルさえ死ねば、黒龍は再び新たな王を選ぶだろう。それが自分じゃないと誰が言いきれる? その陰謀にしつこく執着したのは前王の側近だった元龍王色持ちの王族だ。

 首謀者は軒並み処刑されたが、その手を逃れた一部の元王族が闇国の領主と結びついた。

 ひと口に闇国といってもその懐は広い。ただ神龍を持たないだけで、一国一国に名前もあれば領主もいる。闇国というのは、その総称であり蔑称なのだ。

 彼らは彼らで、神龍がその国にもたらす圧倒的資源を、闇国から奪っているのだと考えている。それほど神龍国と闇国の資源には格差があり、学者の中には本気でその説を唱えるものも少なくなかった。

 結局、ラウルを中心としたゴダールの王位継承は、根深い禍根を抱えたまま、新たな陰謀と利権を奪い合う火種を作ってしまったのかもしれない。

 トーマは、戦場で見たラウル王の簡素な鎧を思った。己を戦旗に敵の目を惹きつけ、戦場を駆け抜ける王は、まるで自分の命などどうでもいいと思っているようだった。


「ジルベール様も危険なんですね」


 コレットが同情に耐えないという顔でジルベールを見つめた。

 

「でもまぁ、護衛もいますし、私は王の子ですから。殺された母上は正妃ではありませんでしたが、シンの女王を除けば、父上の寵愛を受けたただ一人の女性です」


 そう言って、誇らしそうに胸を張るジルベールの笑顔が眩しかった。

 遺されたたったひとりの我が子であるジルベールを、王がなんとしても守りたいと思うのは当然かもしれない。





 

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