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龍王婚 ~真昼の稲妻~  作者: てん
二章
20/32

蜜月 1

 ラウルがララを連れて広間を出ようとしたところで、レイチェルに呼び止められた。


「ラウル殿下、しばし、しばしお待ちくださいませ」

「なんだ?」


 振り返ったラウルに、レイチェルの後ろに控えた女官たちが、ささっとララを引き寄せてあれよあれよという間に連れて行こうとする。


「な、なんだみんな?」


 ララが女官たちに手を引かれながら戸惑っている。


「おい?」

「陛下、すぐにお返しいたします。すぐですから。我らシンの女官の意地とプライドにかけて、ララ様をそのような粗末ななりであなた様にお引き渡しするわけには参りませんの」

「……どういう意味だ?」

「どういう意味もこういう意味も……。ま、悪いようにはいたしませんわ。さ、マーガレット……」


 レイチェルのその一言で、マーガレットと呼ばれた女官が、ラウルを宮殿奥に用意した二人の初夜の寝室に粛々と案内した。

 あまりにも色々なことがありすぎて忘れていたが、考えてみれば三日後にラウルとララは結婚するはずだった。新婚夫婦の部屋が用意されていてもちっともおかしくはないのだが、男のラウルの目から見てもこの寝室は結構な見ものだった。

 豪華であることはもちろん、広い寝台の上は、恥ずかしいほどあからさまに、花とレースでふんだんに飾られていたのである。

 思わず苦笑したラウルだったが、ララはこの城で、本当に大切に育てられてきたのだと改めて思った。


「殿下、この奥が浴室にございます」


 女官に言われて寝室の奥を覗くと、温泉の引かれた広い浴室があった。これは嬉しい。


 いい国だ──


 部屋でひとりになると、早速たっぷりと湯の入った浴槽に浸かりながら、一瞬、本当に自分などがララとこの一夜を共に過ごしていいのかと思った。


 穢らわしい忌児──


 前王の言葉が頭に響く。

 それに、こうなった以上、ララとの婚礼は白紙だ。

 王が国に縛られるのはこの世界の(ことわり)だ。ましてやララもラウルも聖王なのだ。自分の意思でこの立場を捨てることはもはや叶わない。

 王がその立場を捨てて神龍を受け入れなければ、神龍がもたらす資源はたちまち枯渇すると言われている。たくさんの人々が飢えるのだ。そんなことはできない。

 浴槽を出て、女官が用意してくれた布で体を拭き、寛いだ格好で寝台に座っていると、部屋の入り口のドアが開く音がした。


 ギッ、パタン──


 音がしたのになかなか誰も入ってこないので、様子を見に行こうとすると、薄水色のひらひらと儚いレースのナイトドレスを着たララが、顔を真っ赤にして前室から体を半分だけ覗かせ、怖々こちらを覗きこんだ。そして、寛いだ姿でレースと花で彩られた寝台に腰掛けているラウルを見て、ひっと息を飲むと固まった。どうするのかと思って見ていると、くるっと踵を返して部屋を出て行こうとした。


「あ、おい、待て待て!」


 慌てて腕を掴んで引き止めた。


「や、やぁ、ラウル、なんていうか、あー、レイチェルや女官たちは頭がどうかしているんだ。こんなの馬鹿げているだろう? そなたもそう思うよな? というわけで出直してくる。離してくれ」


「ぶはっ、わはははは!」


 ラウルはとうとう爆笑してしまった。多分、ここ数年で初めて心から笑った。

 ララのこの姿が、この国の民の答えなのだ。二人が一緒になれないことはみんなわかっている。それなのに、大切に大切に育てた愛しい女王を、ラウルのために着飾り差し出してくれた。あなたは穢らわしい忌児ではないと言ってくれているのだ。

 恥ずかしがって必死でラウルの手を逃れて逃げ出そうとするララを思い切り胸の中に抱きしめた。


「ほら、こうすれば俺にはよく見えないから、恥ずかしくないだろう?」

「……う、うーん?」

「みんな俺たちを祝福してくれているんだ」

「でもなんかこう、こうあからさまにさあどうぞというのがもう……」

「あはは」


 ララは真っ赤な顔をラウルの胸に埋めて身を縮ませている。

 ララの銀の髪は、柔らかく結い上げられて、細いうなじが露わになっている。細い肩のラインがすっかり露わになった薄いナイトドレスは、肩袖を軽く引っ張れば、するりと簡単に脱がせられそうだ。


「……考えて見ればだな、俺はお前の着飾った正装をまともに見たことがないぞ」

「え、そうかな? でも今朝の婚礼衣装はおばあさまが苦心惨憺して編み出した……」

「あれはおまえ、正装っていうより仮装だろ? そもそも正装を編み出すって言うか、普通?」

「う…まぁ、そうか…」

「初めて会った時からずっと男のなりだろう? ゴダールに行った時もそうだった」

「……た、確かに」

「だから、ほら、見せてくれ」


 ラウルがララの肩を掴んで身を離そうとすると、ララがラウルの胸にしがみついて離れない。


「で、でもこれだってナイトドレスだから、正装とは言えないだろっ? いわば寝間着だ! だだだからダメだ!」

「あはは、せっかくレイチェルたちが用意してくれたんだろう?」

「ででででも、寝間着だから! それに、よく考えれば、私は滅多に正装なんかしないんだ……」


 ララが耳まで真っ赤になって胸にしがみついている。死ぬほど可愛い。


「まぁ、いいけどな。脱がすんだから……」

「っ……」


 ラウルの腕に力がこもり、思い切りララをぎゅうっと抱きしめた。


「ラウ……くる、し……」

「うん……」


 わかっている。わかっているがそうせずにはいられない。だが、自分の想いはこんなものじゃない。

 ララの息がつまる前に力を抜いて、小さな頭を支えている細いうなじに唇を落とした。唇を這わせてその先で震える小さな耳朶をやわからく噛んだ。


「ふ……」

「それに、俺はほんの数時間前に、おまえのもっと恥ずかしい姿も見てるんだがな」


 ララがハッとした顔でゴダール城の小部屋のことを思い出したらしい。何日も前のことのように思えるが、まだほんの数時間前なのだ。


「もう、ラウル!」


 真っ赤になって振り上げたララの手を掴んだ。

 その細い指先にキスする。

 顎を片手で持ち上げ、ぽってりとしたララの唇を唇で塞ぎながら、引き結んだ唇から力が抜けるのを待った。

 やがてふっと緩んだララの柔らかい唇を吸う。短く唇を離すと、長い睫毛を伏せたまま、ララが追いかけてくるのがたまらない。

 ラウルの手がナイトドレスの儚い肩袖をスルリと肩から落とした。

 ララの唇から小さな吐息が漏れる。

 なぜララはいつも、こんなに甘い匂いがするんだろう。

 掠れた声は、ラウルの欲望を遠慮なくくすぐる。

 ララは分かっているのだろうか。かわいい声で悶えるたびに、それをもっと聞きたくてララをめちゃくちゃにしたくなるのを。


「ああ、ラウル……」

「ララ、俺はもう……」


 ラウルが、激しく熱い衝動を開放する。

 二人の喘ぎが重なる。

 

「ああっ──……」


 ララに出会ってから、ずっと抱えていたラウルのひどい渇きを、ララが潤してくれる。

 乱暴なことをしたら傷つけてしまうと思うのに、どうしても激しくなってしまう。

 柔らかな美しい裸体が、ラウルの下で翻弄されている。

 必死に見上げる瞳が切なく歪む、しがみつこうと伸ばしてくる手が、ラウルの激しさについてこれずにシーツの上に落ちてしまう。

 ララが泣いている。

 ポロポロと泣きながら高く喘いでいる。

 それがまたたまらない。

 シーツの上に落ちた手を掴みながら、ララに溺れてゆく。


 俺は狂っているのかもしれない―――。


「ララ、このままおまえをどこかへ攫っていきたい」


 ラウルのその言葉がララの胸を打つ。

 この世界の果てまで行こうと二人は神龍から逃れられない。

 ラウルは、まるでララに自分を刻み付けるように激しい。

 ララはそんなラウルに必死に応える。


「会いに行く」

「……本当か?」

「シンに乗って、いつでも好きな時に……」

「本当だな?」


 ララがコクコクと必死にうなずいた。


「ララ、それまで俺を忘れるんじゃないぞ……」

「ああぁ」


 ララは最後はもう聞いていなかった。



 ***



 ラウルがゴダールの一団を引き連れて慌ただしく国に帰って行き、その後独りでやってきたのは、呆れたことに、ララの身体中に残されたキスマークがまだ消えずに薄く残っている頃だった。

 ララが、シンの王宮の最深にある、元はカリアの研究室兼居室でもある小さな館で論文を読んでいる時、玄関ドアをノックするものがあった。ここを知っていいるのは宮廷の中でもごく一部だ。レイチェルかポルドだろうと思ってドアを開けると、そこにいたのは艶やかな漆黒の馬を連れたラウルだった。


「ラウル⁉」

「ララ」


 ララの顔を見た途端、笑顔を見せたラウルの横で、漆黒の馬が突然小さく渦巻いて一本の刀剣になった。神器に変化(へんげ)したのだ。


「どうやって……」


 ここへ来たんだと言い終わる前に、冷たい外気を纏ったラウルが、部屋に押し入りながらララを抱きしめた。


「ゴダールも飛べる」

「あ、ああ……」


 言われてみれば、シンも飛べるのだからゴダールが飛べてもおかしくはない。

 でも、夜中に海を渡るのはずいぶん寒かろう。


「ラウル、冷たくなってる。今暖かいお茶でも……」

「いい、おまえが温めてくれ」


 言うなり抱きしめられてキスの雨が降る。


「寝台は奥の部屋か?」

「ええ、いきなり?」


 ラウルはララの話など聞いてくれない。ララを抱き上げて奥の寝室へと連れ込まれた。

 気づくとララは裸に剥かれ、覆いかぶさってくるラウルの背中に腕を回していた。


「なぜ会いにこなかった?」

「だって、まだ一週間も……というか、なんでここが……?」

「ゴダールにシンの気配がするところで降ろせと言った……」

「ああ、ゴダールが……」


 ゴダールは王族が一晩で神龍の加護を失ってしまった。その後始末が一週間やそこらで処理できるわけがない。

 神龍ゴダールを従えてのラウルの王位継承は圧倒的に有利には違いないが、この代替わりがもたらす問題は、少し考えただけで生半可なものでないだろう。政治も人の心も簡単ではない。

 おそらくラウルは、ゴダールの地を踏んだ瞬間から行き着く島もないほど多忙だったろう。


「ゴダールが俺を乗せて翔べるとわかったら、会いたくてたまらなくなった。でも朝までには帰らなければ……」


 ラウルのこの情熱が、ララの心をきゅんと甘く掴む。こんなことを言われたら無茶をするなと言えない。

 ラウルに少し触れられただけで、すぐに熱く燃え上がる身体に戸惑いながら、駆け上がる絶頂の火花にララの思考が持っていかれる。

 ハッと目を覚ましたときには、すでにラウルはおらず、日は高く上り、ララの身体中に再びラウルのキスの痕跡が濃く残され、なぜかラウルのマントにくるまって眠っていた。


「ん? なんだこれ?」


 そこへノックの音がして、レイチェルが入ってきた。

 マントに包まるララを見て、朝の挨拶をするよりも先に目を丸くしている。


「ま、ララ様? 寝台の寝具はどこですの?」

「え? あれ?」


 寝台には、あろうことかシーツも枕も毛布も無くなっている。

 ついでに寝巻きも無くなっているので、レイチェルが、すわ宮廷の最深部に曲者がと大騒ぎしそうになったので、ララが慌てて止めた。


「ままま待って、レイチェル! ラウルだ!」

「は? ラウル様?」


 メモが残っていたのである。

 ララの寝具を盗んで行ったのはもちろんラウルだ。それにはこう書かれていた。


『今度新しいものを贈るから許せ』


 ララがため息をつきながら「なんでこんな悪戯を」と呆れていると、冷静さを取り戻したレイチェルがさも楽しそうに笑いながら言った。


「おそらく、あなた様の匂いが残っているものが欲しかったのでしょうねえ」

「な、なんで⁉」


 ぎょっとしてララが慌てると、レイチェルがそんなの決まってると言うように言った。


「本体が無理ならせめて匂いだけでもというところではないでしょうか」


 ララはその言葉に真っ赤になった。


「でもまぁ、寝具一式に寝巻きまでって、ラウル様はよっぽどですわねえ」


 後日、ララにゴダール王からの贈り物だといって、高価な宝飾品やドレスの他に、最高級品の絹の寝具と蜘蛛の糸で編まれたような美しいナイトドレスが一式届けられた。


「木綿でいいのに……」


 ララが高級品を持て余してため息をついた。





 


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