届かないおめでとうを
二人で食べるはずだった、大きなケーキをローテーブルに置いた。クッションを手繰り寄せ、胡坐をかいて座る。氷の入ったタンブラーの中に安い焼酎を三分の一ほど注ぎ、残りを炭酸水で満たした。
溜息を吐く。薄暗くなった、窓の外を見る。細かい雪が、横殴りに吹き付けて暴れていた。
焼酎のソーダ割を飲む。そして、フォークを手に取り、ケーキを突き刺した。
甘ったるい生クリームを口に運びながら、「どうして」と幾度となく繰り返した言葉を胸の内だけで呟いた。
スマホに手を伸ばし、トークアプリを立ち上げる。上から三番目に存在する、トークルームをタップした。どうでもいいような会話の最後に、突如として現れる「さようなら」を指でなぞった。
舌に残る、しつこい甘みに顔を顰めながら、焼酎を飲む。
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彼女と付き合って、そろそろ三年が過ぎようとしていた。だから、その記念日と近い彼女の誕生日に、ちょっとしたパーティーをしようと僕たちは話していた。
ケーキを用意して、いつもよりも悩み、そしてお金を掛けたプレゼントを用意して、僕はその日を待った。楽しみだった。彼女が喜ぶ顔を思い浮かべて、何度も口角を持ち上げた。
派手じゃないかもしれない。だけど、幸せなパーティーになる予定だった。
なのに、パーティーの前日に送られた「さようなら」の一言で、それらは全て瓦解してしまった。
慌てて連絡を入れた。トークアプリのメッセージに反応はなかった。電話をかけても、同じく反応はなかった。彼女のアパートに行っても、そこは既に何の痕跡もなく、無人となっていた。
幸せから、急転直下。僕は独りになった。
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ゆっくりと、あまり好きではないケーキを崩していく。下品な甘さの生クリームとイチゴの酸味を無理矢理に焼酎で流し込んだ。気持ちが悪い。
いろんな想像をした。だけど、僕の思いつくその全てに心当たりなんかなくて、余計に頭は混乱した。
彼女の実家に連絡をしようと思った。職場に電話を掛けてみようと思った。もちろん、普通はそうするだろう。でも、僕にはできなかった。「さようなら」と、彼女が言ったのだから、もう僕は彼女のことを追うべきじゃないって思ったから。
ケーキの三分の一ほどを食べ終え、焼酎もかなり飲んだ。ふわふわする頭を押さえ、壁に掛けた時計を見上げた。あと、三十秒もしないうちに、日付が変わるところだった。
スマホを取り上げ、再びトークアプリを開いた。彼女の名前をタップする。
もう、君には会えないだろう。そんな、確信があった。
だけど、これだけは言いたかった。君が、未だ好きだから。ブロックされていて、このメッセージが未来永劫、既読にならないのだとしても。
僕はスマホのキーボードをタップする。そして、『誕生日、おめでとう!』と送った。
送ってから、もう一度、おめでとうって呟いた。