天国
それは、激烈だった。
何もかもを飲み込む津波のような、圧倒的な多幸感が俺の脳を、全身を、蹂躙する。
身体中の凝りや、疲れの一切がなくなり、まるで雲の上を歩いているかのような、不確かな浮遊感すらあった。
視界が凄まじくクリアになり、空気中の埃のその一つ一つが顕微鏡を通しているかのように見える。
空気が甘い。呼吸をする度にその甘さが脳を揺らす。
何をしているときでさえ、つねに感じていたストレスや不安が初めからなかったかのように何もかもが愛おしく、尊い物のように思えた。
ここが、天国なのか。俺は、そう呟いた。
誰かが俺の身体を揺らしている。不愉快なものじゃなく、揺りかごのように心地が良かった。
俺の身体を揺らしている誰かが、声をかけてくる。しかし、何を言っているのかはわからなかった。わからないが、それでも俺を祝福してくれているような気がした。優しく包み込んでくれるスワドルの様な暖かい声音に思えた。
目を閉じる。この空間でこれからずっと生きていけることに、俺は心から感謝した。
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「おいっ!起きろって!」
僕はそう言って、壁を背に、床に座り込んでいる男の肩を揺らした。しかし、何度揺らし、声を掛けようと、男は気味の悪い笑みを浮かべたまま白目を剥いたままだった。だらしなく開いた口腔から、粘つく涎がたらりと垂れている。
僕はそんな様子の男を見下ろしながら途方に暮れていると、別の男が近づいてきた。男は手に持った瓶ビールをラッパ飲みして、飽きれたような声を出した。
「諦めろ。もうそいつは帰ってこねえよ」
そう言って、男は溜息を吐き、瓶の中の残りを一息に飲み干した。
「だからあれほど、あのクスリを使うときは少量にしとけよって言ったのになあ」
僕は言う。
「どうしますか、こいつ」
「ああ、そこらの路地裏にでも転がしておけ。そんな場所でも、こいつはとてつもない幸せに包まれながら、くたばるだろうよ」