初恋
生まれて初めて、僕は恋をした。
ある立派な屋敷の一室。その窓の近くで、君はほぼ毎日そこにいた。まどろんだり、ぼうっと遠くを見たり、ゆったりと時を過ごしている。
僕はその屋敷の近くを通るたびに、そんな君の姿を陰から眺めた。深く青いその瞳を、滑らかで艶のある髪筋を、少し寂しそうに遠くを眺めるその横顔を、僕はいつも眺めていた。
恋仲にならなくてもいい。せめて、せめて君に僕のことを知ってほしいと思った。僕がいるのだと、君がいるこの世界に、僕も存在しているのだと、そう認識してほしいと思った。
立派な屋敷に住む君と、こんな僕とじゃ身分が違うなんてことわかっている。それでも、君に少しでも近づきたいと願った。
そうやって想いを募らせ、ついに僕は覚悟を決め、君に会いに行くことにした。
いつも以上に丁寧に身だしなみを整え、お近づきのしるしにプレゼントを持ち、君の家に向かった。いつものように陰から君の部屋を伺うと、変わらず君は窓の近くでまどろんでいた。
僕は最後の身だしなみチェックを行い、プレゼントを確かめると、気合を入れなおした。誰もいないのを確認すると、恐る恐る君のいる窓の方へ歩み寄った。
近くで見る君は想像通りに、いや、想像以上に美しくて、見入ってしまった。そうしていると気配を感じたのか、君は眠たそうに顔を上げ、こちらを見てきた。薄いガラス一枚を隔て、僕と君は暫し見つめ合う。これまでで最も心臓が高鳴った瞬間だった。
君は突然現れた僕に驚いたのか、目を見開いたまま口を開いた。
そして、ガラス越しでも聞こえるようにこう言った。
「フシャーーーーァッッ!!」
毛を逆立て、尻尾をすばやく左右に揺り、牙を見せて威嚇をする君。その拒絶は僕の胸に深く、深く突き刺さった。
何度も、何度も「フシャーッ!」と鳴く君を前に、僕はプレゼントのネズミを咥えたまま、文字通り尻尾を巻いて逃げるしかなかった。