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彷徨いのタイムリミット  作者: 小野寺 里美
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二、48時間・2人

 二、48時間・2人


         一


「俺が付いていながら・・・本当にすまないと思っている・・・」

 副操縦席の男が言う。

「教官、止めてくださいよ、教官は悪くありません!あの状況では誰だってどうしようもなかったですよ。教官があのときとっさに機体を立て直してくれたから二人ともこうして生きているんじゃないですか」

 操縦席の若い女が言う。

 二人とも宇宙軍パイロットの制服を着用している。

 男の方は30代半ば、短く切りそろえた髪にキャップを被り、いかにもエリート軍人らしかった。

 女は20代前半と言うところだろうか、艶のある長い髪を後ろで一つに縛り、帽子はかぶっていない。はつらつとした新人パイロットという印象を受ける。

 胸の階級章から男は少佐、女は伍長と言うことが分かる。

「佐伯伍長の操縦で本部まで行けると思って楽しみにしていたんだがな・・・こんなことになってしまって・・・」

「私も教官のことをお送りできると張り切っていたんですけどね・・・」


         二


 宇宙軍月面航空隊の衛藤 守教導官は、基地から、地球と火星の間に駐屯している火星方面軍本部、旗艦アネモスに会議の為に出張することになっていた。

 少佐である衛藤は、本部出張の際に、部下や教導実習生を帯同させることができた。衛藤は月面基地の慣習に倣い、実習生の中で一番成績の良い者を選抜することにした。それが佐伯 水希伍長だった。

 佐伯伍長の操縦センスは、入隊のときから抜群だった。地球での航空機訓練を済ませているとはいえ、宇宙での操縦経験は皆無。それどころか、宇宙に来たことすらなかったとというのだ。このご時世、修学旅行などで、一度くらい月か、宇宙ステーションに来たことがあるだろうと思っていたが、彼女はその度にことごとく体調が悪くなり参加できなかったらしい。

 それでも航空隊に入隊し教導が始まると、めきめきと頭角を表し、衛藤の部隊、20人の中で常にトップの成績を納め、先月上級ライセンスを取得。今回の出張は、彼女が配属を含めた今後の身の振り方を考える為の本部見学を兼ねていた。


         三


「教官・・・おなかすきませんか?」

 佐伯が聞く。 

「そういえば減ったな・・・」

 衛藤は答える。

 衛藤は今まで無我夢中だったので、おなかが減っているなんて気付きもしなかった。

 二人は操縦席を離れ、食堂に向かった。

「何があーるかな?」

 佐伯は歌いながら、ギャレーのフードコンテナを物色した。

”こんな時でも動じない奴だ・・・”

 衛藤は苦笑した。しかしその精神が成績トップの秘密なのかもしれない、もしかすると、今回も・・・

 佐伯は、サンドイッチやパスタ、スープ、フルーツ、コーヒーなどをテーブルに並べた。「結構おいしそうな物おいてあるんですね。

いっただきまーす」

 佐伯はそう言うと大きな口を開けて食べ始めた。

「うーん、おいしい! ほらほら教官も食べて食べて!」

 見ていてすがすがしいくらいの食べっぷりだった。

 

         四


 食事が終わると、コーヒーを飲みながら今後のことについて話合った。

 衛藤は、今回のことが、深刻な事態で、我々の生死がかかっている、と言うと、佐伯も神妙な面持ちでうんうんと頷いた。 衛藤と佐伯は更に細かく現状を分析した。


 ・月面基地を離れた後、何かが衝突しエンジンが損傷したこと(おそらくデブリ)

 ・衝突の衝撃で目的地ではない方向に、なかなかの速度で移動していること。

 ・幸いにして電力、生命維持装置は今の所機能していること

 ・生命維持装置は後48時間程度は何とか持ちそうだということ。

 ・外部アンテナが損傷したらしく、無線通信は使えないこと。

 ・月面基地や本部が、我々がこのような事態に陥っていることを察知しているか不明なこと。

 ・仮に察知しても我々を見つけ救助できる状況かどうか不明なこと。


「こんな所か・・・佐伯、他になにかあるか?」

 衛藤が聞く。

「そうですね・・・センサー類は再度点検するとして、エンジンの再起動はしてみた方がいいでしょうか?」

「生命維持が継続されているとはいえ、外部の詳細な状況が分からないからな、再起動して、万が一にも誘爆するようなことあると困るから現状ではペンディングだな」

「そうですよね・・・じゃあ一度外に出て点検してみましょうか」

「そうだな・・・俺が外に出るから、佐伯は機体の操縦を頼む」

「だめです!じゃんけんで決めましょ。機体の操縦を頼むって、そもそもエンジン動かないじゃないですか」

「ロールの制御くらいできるだろ!」

「だっめです!じゃんけんです!」

 佐伯は人なつっこく、実習生の間でも人気があった、衛藤に対してもなれなれしい所もあったが、この事態になってから悪化しているなと思い、衛藤は笑った。

「分かった、じゃんけんな!」

「じゃ~んけ~ん・・・」

 衛藤の広げた手のひらを佐伯の二本指がチョキチョキと切った。Vサインを衛藤に見せると、

「じゃあ私が外に行きますので、教官は機体をお願いします。ロールの制御ぐらいできますよね!」

 佐伯はそう言うと笑いながら船尾の減圧室に向かった。

 

 食堂の扉が閉まると、佐伯の顔から笑いが消えた。上を向き涙がこぼれるのを必死にこらえた。

”教官は、私が絶対を守るんだ・・・”

 佐伯は減圧室の扉を開けた。


         五


 衛藤は操縦席に座り、前方の窓から外を眺めた。何か座標を特定できる目印がないかと思って探したが、何も見つからなかった。

「俺たちはどこまで飛ばされたんだ・・・」 少なくとも、月を出発して火星に向かって進んでいたのだから、月と火星の間のどこかのはずだった。しかし、この場所は衛藤が記憶しているどの場所とも違っていた。ナビゲーションシステムを再起動してみたが、現在地不明と表示されるのみだった。

「・・・・・・」

 衛藤はいやな予感がした・・・

 スピーカーから佐伯の声がする。

「こちら佐伯、準備完了、減圧終了。ハッチオープン」

「了解、ハッチアンロック」

 衛藤が答える。減圧室のハッチはそのまま外部につながっているので、誤作動を避けるために、操縦室でのアンロックが必要だった。 操縦室にハッチが開いていることを示す警告灯が点灯し、ブザーがなった。佐伯が外に出てハッチが閉まると、再び静寂に包まれる。 

 佐伯の後ろでハッチが閉まる。船と佐伯は通信ケーブルを兼ねたロープでつながっている。辺りは真っ暗だった。恐ろしいほどの漆黒。佐伯は船外活動用ライトを点け、ロープを少しずつ伸ばしながら、船尾から船首へと点検をしながら移動した。

”・・・何か変だ・・・”

 佐伯は思った。ライトに照らされた船体は特に損傷は無いようだったし、気体や液体のリークもなさそうだった。

「なんでエンジン動かないの?あれ?」

 何かとの衝突で壊れたと思われていた外部アンテナは全く損傷無くそこにあった。

「何で無線使えないわけ?」

 佐伯は衛藤に話しかけた。

「教官、何かおかしいです。外部に損傷は全くありません。アンテナも無事です・・・じゃあなんでエンジン動かなくて、無線も通じないんでしょうか?」

 衛藤が答える

「俺も今、同じことを考えていたところだ。エンジンも、無線も、ナビもだめなのは疑いようのない事実だ、でも原因が分からない。佐伯、もう戻れ、一度状況を整理して対策を考えよう」

「分かりました・・・佐伯、戻ります」

 通信が終わったと思った直後、再び佐伯の声が聞こえてきた。その声には驚きと恐怖と困惑が滲んでいた。

「きょ、教官、た、大変です・・・」

「佐伯、どうした!」


「太陽が・・・太陽が・・・ありません!」

 

         六 


 宇宙服(船外服)は、船内より圧力が低く設定されている。船外活動を行うためには、その低圧状態に慣れる必要がある。それが減圧だ、部屋の圧力を徐々に抜き、最終的には宇宙服(船外服)と同じにする。逆に、船内に戻る為には逆の手順が必要にある。これらの作業は体に負担がかかるために時間をかけて行われる。今でも一時間程度かかるが、これでも、宇宙開発当初よりずっと短くなった。

 操縦室の扉が開く。シャツと短パンになった佐伯がタオルで汗を拭きながら入ってきて言う。

「教官、何か分かりましたか?」

「まだ何も分からん・・・」

 隣に座り髪の毛をタオルで拭く佐伯。少し甘くて良い香りがした。

「とにかく、外は真っ暗なんです。いくら地球と火星の間から吹き飛ばされたからって、太陽が目視できないってことは異常です」

「そんなことは俺だって分かるよ・・・でもじゃあここはどこなんだ?」

 衛藤も困惑していた。もしかすると、救助云々の話ではないのかもしれない。

 佐伯の点検で、外部に損傷がないこと、液体、気体のリークが無いことが確認されたので、エンジンの再起動を試みることにした。

 いくつかの手順を踏み、セーフティーを解除、イグニッションボタンを押した。

 エンジンはうんともすんとも言わなかった。「だめか~」

 佐伯が言う。

 衛藤は腕組みをして宙を見つめた。

 

         七


 気が付けば、月面時間で夜中になっていた。今日はこれ以上やっても状況は好転しそうにないので、二人は休むことにした。

 佐伯は自分の部屋に向かい、ベッド潜り込んだ。狭いとはいえ、プライベートな空間はリラックスできた。明日はどうなるか分からないが、眠ることにした。


 佐伯はアラームで目を覚ました。体が重い。精神的なストレスと、昨日の船外活動の負担であることは明白だった。

 ベッドからのそのそと抜け出すと、洗顔洗髪シートで顔と髪を拭い、歯磨きガムをかみながら操縦室へ向かった。

 衛藤は操縦席で何か作業をしていた。

「教官、おはようございます」

「おはよう、よく眠れたか?」

衛藤は佐伯に聞いた。

「あまり・・・覚えてないですが、嫌な夢を見た様な気がします」

 モニターを見ながら会話をしていた衛藤が振り返り、佐伯を見て言った。

「佐伯・・・俺、今から変なことを言うけど笑うなよ・・・」

「笑いませんよ~、何ですか?」

 とすでに佐伯は軽く笑っていた。だが、ただ事ではないことは、衛藤の真剣な顔で察っすることができた。


「佐伯、俺たち・・・多分もう死んでる」


         八


「わっはっはっは~あーおかしい、教官どうかしちゃったんじゃないですか?死んでるって。頭でも強く打ちましたか?」

 佐伯は笑い転げる。

「だから、笑うなと言ったんだ・・・」

衛藤は腕組みをしてふてくされた。

 佐伯はヒーヒーと身もだえしながらも、

「教官、怒らないでくださいよ~。一体どうしたら私達が死んでるって事になるんですか?」

 と聞いた。

「佐伯、昨日状況確認の中で、生命維持装置は48時間稼働するという話をしたのを覚えているか?」

「もちろん」

「じゃあ、この生命維持装置は何のエネルギーで動いてるんだ?」

「・・・・・・」

 佐伯は黙った。

「生命維持装置の稼働時間は、エンジンが停止した場合に、太陽光で発電することを前提とした時間なんだ。おまえ、昨日太陽が無いと言ったよな?」

 衛藤が聞く。

「はい、宇宙空間は真っ暗で、光は何もありませんでした」

「だとすると、この船はとっくに電力が枯渇し、酸素の発生も二酸化炭素の吸着もできず、乗組員である俺たちはとっくに死んでるはずなんだ」

「でも生きてますよ・・・」

「それなんだ。確かに生きてるんだ。呼吸もできている。ただ不思議なことに、酸素や電気の容量などが全く減っていない。これはいったいどういうことなんだ?」

「センサーの故障じゃないですか?」

「それは俺も考えた。だから船のマニュアルを再度確認したんだが・・・」

「・・・・・・」

「この船はエンジンが停止し、太陽光が無い場合の活動限界は・・・8時間だそうだ」

「8時間?」

「そう、8時間」

「じゃ、じゃあ私達死んでるじゃないですか?」

「だからそう言ってるだろう!」

 佐伯は混乱した。確かにエンジンも停止し、太陽光の全くない状態で48時間も生命を維持できるはずが無い、ではこの状況は何だ?「教官、場所の特定はできたんですか?」

 佐伯は聞く。

「いや、でもあの事故現場からそう遠くには飛ばされていないと思うんだが、全く分からないんだ」

 衛藤は答えた。


         九


 重苦しい沈黙を破ったのは佐伯だった。

「教官、私考えたんですけど、本来生命維持ができないくらいの時間が過ぎても私達は生きてますよね?」

「ああ」

「じゃあこのまま何もせずに、48時間を迎えてみましょうよ。あと一日特に何もせずに過ごして、酸素が薄くなって息苦しくなってきたら、何かの理由で酸素が供給されていたって事だし。、何も起こらず、時間が経過したら、奇跡みたいな物かもしれませんが、このままここで生きられるんじゃないですか?」

 佐伯のあまりにも斬新な発想に、衛藤は驚いた。驚いたが、今の自分達は何もできないことに代わりは無かった。

「そうだな・・・俺もひとりだったら心細かったかもしれないけど、賑やかなのもいるし、最後の晩餐としゃれ込むか?」

 衛藤は普段なら言わない冗談を言った。

「ちょっと~、賑やかなやつって誰ですか?最後が私と一緒のことを感謝してくださいよね」

 佐伯が言うと、ふたりでひとしきり笑った。


 ふたりは食堂で、積み込んである食料を片っ端からテーブルに並べて食べた。

 子供の頃の思い出話や、失敗談、恋愛の話など、たくさんした。

 とても楽しかった・・・衛藤も佐伯も、教官と実習生だと言うことも忘れて語り明かした・・・

 

 ふたりは、操縦席と副操縦席に座り、漆黒の宇宙を見つめていた。タイムリミットが過ぎようとしていた。奇跡が起こるかと思ったが、そううまくは行かないようだった。

「教官・・・息苦しくなってきましたね」

「そう、だな・・・」

 非情にも最後の時が訪れようとしていた。

「私、教官と一緒にいられてうれしかったです。恥ずかしくて言えなかったですけど、教官のこと、入隊した頃からずっと好きだったんですよ。だから訓練も一生懸命頑張って、絶対一番になるんだって。教官は鈍感だから気付いてくれませんでしたけどね。二人で本部に出張って聞いて、ほんとうれしかったな・・・」

「佐伯・・・」

 佐伯は前を向いたまま操縦席に手を伸ばした。衛藤は佐伯の手をしっかりと握りしめた。


・・・水希、水希

 佐伯を呼ぶ声がする。

「水希、おい水希起きろ!」

 佐伯がはっと目を覚ますと、隣に衛藤が座り船を操縦していた。

「あっ、あれ、教官?」

 佐伯は言った。

「どうした?夢でも見たのか?ずいぶん懐かしい呼び方をするじゃないか?」

 佐伯を目をこすって衛藤を見た。衛藤には間違いないが、ずいぶん年を取ったように見えた。

「居眠りしてる場合じゃないぞ、もう少しでアネモスにランデブーする。アプローチ頼むぞ」

 衛藤はそう言うと佐伯に操縦桿を預けた。

 佐伯は眼前に迫り来る旗艦アネモスの左舷第3スポットにむけてアプローチを始めた。 「そうそう、うまいじゃないか、やっぱり昔取った杵柄だな、まあ、俺が教えたんだから当然か」

 衛藤は笑った。

 二人が無事にアネモス3番スポットに駐機すると、管制官からの無線が入る。

「衛藤 守准将、衛藤 水希少佐、アネモスにようこそ。お迎えに上がりますのでしばらくそのままお待ちください」

 

 佐伯が操縦席の航行時間を見ると、出発から48時間が経っていた。


                おわり 

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― 新着の感想 ―
[良い点] シンプルなタイトルと、冒頭のシチュエーションに一気に惹き込まれました。宇宙に取り残された二人。でも、その極限状態の緊張感の中でも明るくふるまうところが印象的で、二人のやりとりも凄く面白かっ…
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