一、4分間・独り
一、4分間・独り
僕は、こんなにも美しく感動的な景色を見たことがなかった。これはきっと、神様がくれた最後のプレゼントに違いない・・・
僕もそれなりの年齢だし、色々と経験してきたから、感動的な景色に出会ったことは何度もあった。
地球で飛行機乗りをしていたとき、初めての遠距離飛行で見た夕暮れ、それはそれは美しく、言葉を失ったのを覚えている。夜間飛行で見た眼下に広がる大都会の摩天楼も忘れることはできない。
宇宙に来てから、最初の船外活動で見た地球の姿はやはり美しく、よく覚えている。どこまでも真っ黒な宇宙空間に、青い海と白い雲が織りなすコントラスト、薄いベールのような大気の層から漆黒の闇へとつながるグラデーションは、宇宙にいる者しか見ることのできない最高の景色の一つだと思う。
バイザーに現れる警告表示。
Worning! 4minutes of oxygen remaining,critical risk to life support.
訳 警告!酸素残量4分。生命維持に重大な危険あり。
今の僕には、不安も恐怖も何もなかった。ただただこの素晴らしい景色に見とれていた。強いて言うなら後4分しか見られないことが残念だった。
漆黒の闇にぽっかりと浮かぶ青い地球。母なる地球。僕の眼前には他に何もない。 僕とロープでつながっていた作業船は、さっきの爆発でどこかに吹き飛んでしまって、僕の視野には入ってこない。
爆発の原因は分からないが、おそらく船側の要因で起こったのだろう、衝撃でロープが切れ、僕は宇宙空間に放り出された。しばらくコマのようにぐるぐると回っていたが、やがて宇宙服のエマージェンシープログラムが作動し、4カ所のノズルからジェットが噴出、僕の姿勢を正しい状態に制御した。
ノズルから噴出したジェットが、しばらく僕の周りを漂っていたが、今はどこかに行ってしまっている。
今、僕が見ているこの景色を遮るものは何もなかった。呼吸音だけがバイザー内に響いている。
Worning!Worning! One minute of oxygen remaining. Return to the ship immediately!
訳 警告!警告! 酸素残量1分 至急帰船せよ!
僕はこの景色をもっと見ていたかったが、いよいよ時間が来たようだった。
この景色を遮るものは何もないと思ったが・・・あった・・・
僕は左手首のコントロールパネルにあるセーフティーカバーを外し、バイザーオープンボタンを・・・押した。
おわり