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ご利用は計画的に


 朝、起きて、寝ぼけ眼で何気なくスマホのポイントアプリを開いてみると、いつの間にか2000ポイントを超えていた。


「あー……こんなに貯まってたのか……」


 と、しばらくポイント確認を怠っていたことをようやく自覚しながら、のそのそと布団を出る。洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨きつつ、あれだけ貯まったならそろそろ使ってもいいかなあ、なんて考えた。ポイントは毎日生活しているだけで自然と貯まっていくものだけど、貯まればすぐに使ってしまう人もいれば、特に使い道が思いつかないからと死ぬまで貯め続ける人もいる。


 結果論で言えばたぶん、後者の方が賢い。でもそういう人たちは毎日がそこそこ充実していて、生活にも特に不自由がないからポイントを持ち越せるんだ。

 私みたいに世間の平均よりやや下の水準を生きる人間は、ただ生きているだけではどうしても満たされなかったりしんどかったりして、ポイントを消費せずにはいられない。頑張って100万ポイントまで貯めれば、高額宝くじでも当てられるって話だけど……そんなに我慢なんてできないよ。


 毎日毎日仕事で嫌なことがあってもへこたれず、何とか平穏な気持ちを保てているのは、それらに耐えることでまたポイントが貯まったなと思えるからだし。

 そうして耐えに耐え、やりたくもない仕事を頑張ってきた自分へのご褒美と思えば、ちょっとくらい使ったっていいよね。何せ2000ポイントもあるんだし。


「……とりあえず、300ポイントくらい使うか」


 そう踏ん切りをつけた私は、着替えのために寝室へ戻るや否や、もう一度スマホを取り上げてアプリを開いた。

 パジャマのボタンをもたもたとはずしつつ、もう一方の手で画面に「300」と打ち込む。次いで送信ボタンをタップすれば、確認画面が開いて「ポイントを300消費しますがよろしいですか?」という見慣れた赤字が表示された。

 もちろん、私は構わず「OK」をタップ。すると出勤してからほどなく、隣町に住む姉から連絡があり、電話でこう告げられた。


「ごめん。私、なんか朝から体調悪くて、念のため仕事休んで検査してみたらコロナだった。一昨日の夜、うちら一緒に食事したでしょ? ってことはたぶんあんたも濃厚接触者になると思う。だから今日は早退して、あんたも検査受けてきて」


 うわ。ちょっと体調が悪い程度なら、普段は無理して出勤する真面目な姉がわざわざ会社を休んで検査まで受けたなんてラッキー。

 おかげでその日私は仕事を早退し、検査結果も無症状なのに陽性で、一週間の公休をもらえた。仕事に行くのが憂鬱だった私にとってはまたとない幸運だ。

 おかげで自宅でダラダラしながら羽も伸ばせたし、300ポイント使った甲斐があった。姉にとっては災難だったかもしれないけど、ま、アクシデントを乗り越えれば乗り越えた分だけポイントが貯まるしね。


 これだからポイント消費はやめられない。もっとたくさん貯めて一気に使えば、さらに大きな幸運と交換できると分かっていても、あるとつい使っちゃうんだ。

 そしてまた黙々と、粛々とポイントを貯める日々が始まる。ポイントが尽きるといいことがなくてしんどいと分かってるのに、節約って難しいなあ……。



                *****



 あーあ。こうなるって分かってたんだから、もっと色んなことを我慢して、こつこつポイントを貯めるべきだったのに。


 私たちがそう後悔するのはいつだって死んだあとのことだ。

 目の前にずらりと並ぶ一覧は、来世はどこの誰、あるいは何に生まれたいかという選択肢と、それらを選ぶために必要なポイントをまとめたもの。

 私の最終ポイントはたったの1600ポイントだった。まさか今日、いきなり事故で死ぬなんて思ってなかったから。いずれ病気や寿命で自分の死期を悟ったら、本気を出してポイントを貯めるつもりでいたのに……。


 たったの1600ポイントぽっちじゃ、人間にも転生できないよ。

 生き物の種類も生まれる場所も環境も、それぞれいい水準のものを選ぼうと思うとポイントが全然足りなくなる。来世はよくて魚か両生類か……ため息と共にがっくりうなだれた私の前で、黄泉(よみ)の国の役人さんが淡白に言った。


「まあ、黄泉(ここ)はいくらいてもポイントは貯まりませんが、時間だけは無限にありますから。ご自分の来世をどうなさるか、悔いのないようじっくり考えて下さい」


 ……そうは言ってもね、お役人さん。


 一度人間を辞めちゃったら、そこからまた人間に戻るのってめちゃくちゃ大変なんですよ。小型哺乳類以下は自我や意識を持てないから特に。

 しかも貯めたポイントを任意で消費できるのは人間だけに許された特権。それ以外の生き物に生まれたら、ポイントは消費のタイミングも量も完全にランダムだ。

 ああ、次は生を何周したら人になれるんだろ。こんなことなら、あんな退屈で生きづらい人生でも、もっとちゃんと来世のことを考えて生きるんだった。


 さようなら、私の人生。


 とりあえず、次は動物愛護精神高めのペットショップにでも生まれよう。


 その分繰り越せるポイントは少なくなるけれど、野生に生まれてすぐ捕食者に殺されるよりは、きっとマシな魚生を送れるはずだから。



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