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大好きなキミへ

 2018年4月に公開したものを再編集したものです。エブリスタにて開催の三行から参加できる超・妄想コンテスト「今も忘れない」参加作。


 やあ、メグちゃん。久しぶり。ボクのこと、覚えているかな?


 キミはもう忘れてしまったかもしれない。だけどボクは今も忘れないよ。


 メグちゃん。キミはまだうんと小さかった頃に、空き地の片隅で子猫を飼っていたよね。そこには何に使われていたのかもよく分からない、トタン板を()()わせて造られた小屋があって。キミはカギの壊れた建てつけの悪いドアをガタガタ鳴らしながら、いつもどうにかこうにか()()けて子猫に会いに行っていた。


 でも、本当は自分のおうちで飼いたかったんだよね。

 白い毛並みに茶色のまだらがある子猫を大事に抱えて、一度家まで連れて帰ったけれど、お母さんに「捨ててきなさい!」と叱られて、泣きながら諦めた。


 だけどキミはたった一匹、ダンボールに入れて捨てられていた子猫を見捨てることができなかった。ダンボールの高い壁をよじのぼれなくて「置いてかないで!」と必死にミャアミャア泣き叫んでいた子猫を、今度はダンボールごと抱えて駆け出した。そうして例の掘っ立て小屋に匿ったんだ。


「明日も来るからね」


 メグちゃんはそう言って、子猫の喉を優しく撫でた。

 子猫は目を細めて、とてもとても安心していた。

 そして次の日も、また次の日も、メグちゃんは毎日子猫に会いに行った。

 子猫にはソラって名前をつけた。キミは少ないお小遣いを切り詰めて、ミルクやエサも買ってあげた。ソラがダンボールの中で一生懸命食事をするところを、メグちゃんは嬉しそうに、楽しそうに眺めていた。


 そうこうしながら、しばらくが過ぎて……ソラはなかなか大きくならなかったけど、それでもメグちゃんになついてた。メグちゃんの足音がするだけでミャアミャア鳴いて、抱き上げられると愛おしそうに額を擦りつけて、ゴロゴロと喉を鳴らした。ソラはメグちゃんが大好きだった。


 でも、ソラが生まれて初めて夏を迎えたある日、とても大きな嵐がやってきた。

 その晩、ボロボロの掘っ立て小屋はひどい騒ぎでね。

 風が吹くたび()びたトタン板がガタガタ鳴って、隙間からは雨も入ってきた。

 とても寒くて、怖くて、ソラはひとりでミャアミャア鳴いた。メグちゃんに「大丈夫だよ」って抱き上げてほしくて……会いたくてたまらなかった。


 だけどメグちゃんは来なかった。


 いや、来なかったんじゃない。来られなかったんだ。


 だって嵐のせいで川から水が溢れて、近くで暮らす人間たちはみんな別の場所へ避難していた。だからメグちゃんは来られなかった。やがて空き地にも濁った水が押し寄せてきて、隙間だらけだった掘っ立て小屋は、あっという間に水浸しになった。ダンボールはひっくり返って、ソラは冷たい水の中へ放り出された。


 数日して水が引き、避難先から戻ってくると、メグちゃん、キミは真っ先にソラに──ボクに会いに来てくれたね。でもボクはメグちゃんの呼ぶ声にこたえられなかった。メグちゃんは泥水で汚れて冷たくなったボクを抱いて、わんわん泣いた。

 「ごめんね、ごめんね……」って、泣きながら何度も謝ってくれた。でもね、メグちゃん。ボクは悲しくなんてないんだよ。メグちゃんは嵐のあいだ、きっとボクのことをずうっと心配してくれていたんだろうなって分かったからね。


 唯一悲しいことがあるとすれば、キミに「ありがとう」って言えなかったこと。

 メグちゃん。ボクは、キミに出会えて幸せでした。

 捨てられていたボクを拾ってくれてありがとう。

 優しくしてくれてありがとう。

 ボクのために泣いてくれて、ありがとう。


 キミが小さな体で、必死にボクを守ろうとしてくれたみたいに。


 今度はボクがキミを守りに行くから。


 ウソじゃないよ。ホントだよ。



                *****



 真新しい分娩室(ぶんべんしつ)に、赤ん坊の産声が響いていた。

 小さな体を震わせて泣く我が子を、父親が瞳を潤ませながら抱き上げている。

 出産に立ち会った医師や看護師も皆ほっとしたような、嬉しそうな顔で、まだ年若い夫婦の門出を見守っていた。


「メグ。ほら、元気な男の子だよ」


 と父親は我が子を抱いたまま身を屈めて、妻に赤ん坊を見せてやる。母親になった妻もまた愛おしそうに目を細めて、産着に包まれた息子へ手を伸ばした。


「よかった、無事に生まれてくれて……ねえ、あなた。この子の名前、私が決めてもいい?」

「どんな名前にするんだい?」

「名前は、ソラ。ソラがいいわ。今度こそ守ってみせるから……」


 母親は(ささや)くようにそう言って、愛しい我が子を抱き締めた。赤ん坊もまた母の愛にこたえるように、甘えるように、小さな額を擦りつける。数年後、ソラは母の日に一輪のカーネーションとメッセージカードを贈った。


 そこにはたどたどしい文字で一言だけ。


『おかあさん、ボクを生んでくれてありがとう。

 次はボクが、おかあさんを守るからね。』


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