6話 聖女、ヤンデレ王子の部屋に招かれる
王宮本殿から中庭を通り抜けた先に、黒曜石宮はあった。
荘厳な造りの二階建ての建物。
離れのような感じなんだろう。
美しく細かい装飾の施された黒樫の扉の向こうには、壁一面の本と……見たことのない不思議な雑貨が積み上がっていた。
「どう?僕のコレクションだよ」
キース王子は嬉しそうに言う。
そう、キース王子は内向的なオタク気質で読書が大好き!
錬金術にも興味があって、魔道具などのコレクターでもあるのだ……。
部屋に置いてあるのは、不気味な木彫りの人形だったり、ぐるぐるしたバネのようなものがついた機械だったり……アステリアのものではないであろう、異国の食器や瓶……珍しいガラクタが無造作に机や棚の上に積み上がっている。
部屋の奥には二階に続く階段もある。
確か二階が彼の寝室のはずだ。
「すごい……ですね」
「僕が集めたんだ。変わったものが好きでね……。
これなんて、珍しいんだよ。東方の商人から買ったんだ。変わった色のくまだろう」
そういって彼が持ち上げてみせてきたのはパンダの陶器の人形。
「東方にはこんな色をした、幻のクマがいるそうだよ」
「そ、そうなんですか……」
嬉しそうなキース王子。
早口になると、誰かに似てる。
私だ。
思い切り好きなものをプレゼンするオタク……。
「おっと、チャーリーがやきもち妬いちゃうからこれくらいにしようか。
彼は特別だからね……病で伏せがちな僕が、どんな時も一緒にいるのは、彼だから」
そういってキース王子は、小脇に抱いたチャーリーの鼻先に軽くキスをした。
どきん。
その光景に胸が高鳴る。
わ、私はキスしないでいくけど……ぬいぐるみのチャーリーは何百回、何千回もキース王子の唇に触れてきたんだろうな。
そんな事をふと考えてしまった。
「アルナ。
魔力供給の前に僕のことを知ってほしくてね。
ビア、魔力供給の儀式は何時から?」
ずっとついてきていたビアが懐中時計を確認する。
「結界の儀が正午。その前に神殿で……と神官達と相談しておりました。
あまり時間に余裕はございませんね。
魔力供給の影響等様子見も必要です。準備をして、今から神殿に向かいますか?キース王子」
少し焦った様子でビアは言う。
「ここじゃ駄目なの?神殿で魔力供給するんだ……?」
キース王子は首をかしげる。
「ええ、アルナ様もエネルギーを消費しますし、近くに神官や巫女、宮廷医師がいる方が良いでしょう。
前回は疲労で倒れてしまいましたが、たまたま寝台の上でしたから良かったようなものの……」
「神殿に行ったら、兄様達がいるでしょ」
キース王子が、唇を尖らせて言った。
「アルナはまず僕に魔力供給してくれるって話だったよね。
僕の体に溜まった呪いの息吹を優先的に浄化してくれるって……兄様達がいる場所に行く必要はないんじゃない?」
また露骨に不機嫌そうになるキース王子。
私を、上の二人の王子に会わせたくないって言ってるのね……。
「僕は兄様達にアルナを合わせたくない。僕への魔力供給が終わってからにして欲しい」
「そうは申されましても王子……あっ」
突如、キース王子は歩みを寄せてきて、私の手を握った。
「ここで、頂戴」
手を握り、引き寄せられ、王子に顔を覗き込まれる。
ばさばさのまつげの奥の琥珀色の瞳は切なげだ。
端正で、少年ぽさと青年へと向かう途中の美しい顔立ち……薄い唇、痩せているけど薔薇色の頬……。
私はキース王子に見つめられて言葉を失った。
骨ばってて、暖かな彼の手の感触。
じわり。
あの光が、私の内側から、手のひらから、湧き上がってきた。
リーンの加護だ。
「キース王子……!」
ビアが咎めるが、私の意思と関係なく魔力供給が開始した。
私の内側から湧いてきた光がキース王子に注がれていく。
キース王子は目を見開き、二度目のその感覚に、再び驚いているようだった……。
「体が楽になった……気怠い感じが消えた。今日は正午の儀式に出れそうだ」
光が消えた後、キース王子は握りあった手を惜しそうに離しながら、真剣な口調でそう言った。
「アルナ。君は僕がずっと悩まされていた魔の息吹の呪いの問題を解消してくれる。本物の聖女だ。ありがとう……」
伏し目がちなキース王子。
琥珀色の瞳でじっと私をみつめてそういう。
私は照れてしまって視線を床に落とした。
一度目の魔力供給ほど疲労感はないものの、魔力供給後は緊張の糸が切れて力が抜けてしまう。
「アルナ様、ご気分は……」
「大丈夫、昨日は慣れてなかったのね。今日は歩いて部屋に戻れそう」
「そうですか……」
ビアは少し考え込んだ。
「それでは、儀式に同行して、結界の儀式の様子をご覧になられたらどうでしょう?
アルナ様のお力のおかげで、キース王子が儀式に戻れるのですし……キース王子の結界術をご覧になられる事で、ご自身がアステリアの聖女であることをご確認出来るかと」
私も結界の儀式は見てみたかった。
ビアは、不満そうなキース王子をなだめ、私を儀式に同行させるよう説得をした。
子供のように不満を言っていたキース王子だったけれど、ビアが時間を掛けてなだめるとどうにかふくれっつらで言う事を聞くようだった。
――体験版でも、ビアは主人公をガイドしてくれる重要な役だった。
これからもビアを頼りにすることになりそう。
そして、キース王子の嫉妬、私への偏愛は、もう始まっていそうな気がする……こんなに顔が良くて溺愛してくれるヤンデレ王子を、拒否し続けるなんて出来るだろうか……。
いや、一線はちゃんと引く!
聖女だけど、私はいち喪女でいちオタクの女。
推しとの距離感バグってるオタクの女になはりたくないので!!!
私は二人と神殿に向かいながら、心に深く深く誓うのだった。
(続く)