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5話 聖女、庭でヤンデレ王子に会う

 王宮の庭園は美しく見事なものだった。

 広大な庭園はまるでおとぎ話の中の風景のよう。石畳と花と果樹がどこまでも続いている……アーチに絡みつく木香薔薇、手入れされた花々に圧倒され、私はため息をついた。

「ここは正面ゲートから通る庭ではなく、王宮正殿の裏庭に当たる<薔薇咲く中庭>です。薔薇と人工の小川、池が美しいでしょう。キース様のお気に入りです」

 歩きながらビアは言った。


 薔薇の植え込みの隙間を縫うように、曲がりくねった小道を進むと、荘厳華麗な装飾が施された大き目のあずまやにたどり着いた。

 その中央に置かれたテーブルセット……椅子に悠々と腰掛けているのは黒髪の男性……キース王子だ。

「キース王子、アルナ様を連れてまいりました」

 ビアが右手を己の左胸に手を当ててお辞儀する。

 王子は立ち上がることなくゆっくりと振り返り、私の方を見た――。


 いや、すごく……素敵です。


 艶めくボブヘアの黒髪。青白い肌。

 レースの付いた白シャツに、胸元には黒いシルクのボウタイのリボン……。金の刺繍の入った貴族用の乗馬ズボンに編み上げのブーツ。

 倦怠感を漂わせる姿勢で椅子に腰掛け、屋根の下でも朝の日光が眩しいのか目を細め、けぶるようなまつげの奥の琥珀の瞳でこちらをじっと見つめている……。

 緊張で胸が高鳴った。

「アルナ、よく来てくれたね」

 彼の中性的な声が庭に響く。

「まあ、座ってよ」

 彼の正面の椅子を進められ、私は怖気ずいたけど、おずおずと礼をして、近くに控えていた彼の従者に椅子を引いてもらってテーブルについた。

 4つある椅子の一つには、紫色のくまのぬいぐるみもちょこんと座っている。

 知っている。

 キース王子が大事にしている、お母上の形見のぬいぐるみ、チャーリーだ。

 テーブルの上には小さなカップケーキやクッキーがズラリ。

 すかさず侍女が紅茶を注いでくれる。

 私が戸惑う様子を、キース王子は面白そうに黙って眺めていた。

 あのキース王子と同じ卓についている。


 どうしよう。

 緊張で死にそう。

 

 私がガチガチに固まっていると、キース王子はくつくつと押し殺したように笑い出した。

「そんなに緊張しないで。僕だって君と同じ人間なんだよ。

 アルナ、それに君はこの国を救う、リーンに選ばれし聖女。僕だって本当はひれ伏さないといけないような存在なんだよ。

 とりあえずお茶をして、少し話そう。

 今日、また僕に魔力供給をしてもらう。聞いているね。異論はないかな」

 キース王子はカップを手にして紅茶を一口。

 気を遣ってくれている……。

「はい、魔力供給の話は伺っていますが……」

「ん?」

 決意したことは言わなきゃ。

「手を握ることで魔力供給をさせて頂きます。その……伝説のリーンのように……く、く……口づけで魔力供給をするのではなく」

 震える声を絞り出した。

 スッと……。

 キース王子の白磁の人形のように整った顔に、陰りが落ちた。

 穏やかな笑顔は、一瞬で、眉根を寄せ、皮肉屋で気難しい彼らしい表情に変わった。

「どうして。昨日は確かにそうしたけど……処女神リーンは、建国の初代王に魔力供給するときは唇を重ねていたという。

 神官たちもそのやり方になると言っていたし……僕はそのつもりで決意していたんだけど」

 刺々しい口調のキース王子。

 見るからに機嫌が悪くなっている!

 ひええ!

 推しキャラを怒らせてしまった……。

 

「アルナ、僕とキスするのがいやなの?」


 低い声で、一言一言を区切るように確認される。

 恐る恐る顔をあげると、キース王子はめちゃくちゃ険しい顔付きでこちらを睨んでいる……!

「違います!そういうわけじゃないです!」

「じゃあなんで……」


「あの……私、キスしたことないんです……!」

 これは事実。


 前の人生でも今の人生でも、キスしたことがありません。

 縁遠い人生でした。はい。


「それに、聖女として選ばれる前から、ずっと一国民としてキース王子を慕っておりました。

 その、私などがキース王子と……唇を触れ合わすなど恐れ多く……ッ」

 私は大慌てで早口でまくしたてる。

 頭が真っ白!

「ひとまず、手を触れることすら恐れ多いのですが、それで問題なく魔力供給出来るなら……握手がいいなって……」

 消え入るような声で私は言い、うつむく。

 向かい側にすわるキース王子は黙り込んでいる。

 

 しばしの沈黙の後。


「ぷっ」


 キース王子が吹き出した。

 私はびっくりして顔を上げた。

「なんだ……そんな理由か。なんだ。なあんだ」

 そういいながらキース王子は肩を揺らして声を上げて笑い始めた。

 そうしていると、これまでキラキラして目を合わせることも出来ないような高貴な王子様は、ごく普通の年相応の少年のように見えた。

「アルナ、君18才だっけ。僕と同い年だよね」

「は、はい」

「ファーストキス、したことないんだ」

 面白がるように言い、意地悪そうな目でキース王子はこちらを見た。

 私は耳まで赤くなるのを感じて、また俯いた……。

「はい……」

「ふうん。そうなんだね……。

 それじゃ、緊張するよね。

 てっきり僕は……儀式の中で、魔の息吹に侵された、呪われた僕の唇に触れることが、嫌なのかと思った」

 彼は、少し悲しそうに、拗ねたような顔つきで目をそらす。

 そっか……そんな不安にさせてしまったのか。

「そんなことありません!」

 私は大きな声を出してしまって、その声の大きさに自分で少し慌てた。

「そういう理由じゃないんです……この希望は、私の問題なんです」

「わかった、わかったよアルナ。

 君は聖女。

 護国に欠かせない存在。君の意思は尊重する。

 それにおもったより面白い子みたいだね。興味出てきた。

 紹介し忘れたね。この子はチャーリー。僕の弟。

 この年になってぬいぐるみなんて、変?」

「いいえ。全然。

 はじめまして、チャーリー。キース王子の弟君」

 私は椅子にちょこんと座る、年代物のくまのぬいぐるみに挨拶をした。

 ちょっとゴシックで、可愛いデザイン。

(かわいすぎる。ゲーム発売後、チャーリーが商品化したら絶対欲しいと思ってたんだよね……)

 王子は亡きお母さんへの思慕から、貰ったぬいぐるみを手放せないんだよね……。

 そんな事を考えながらチャーリーをみつめていると、キース王子は何か思いついたように目を輝かせて、突然立ち上がった。

「アルナ、おいで。

 僕の住む、<黒曜石宮>を見せてあげる」

 キース王子はチャーリーを抱き上げる。

「アルナ、君に僕の住む部屋をみせてあげよう。ビア、アルナが不安がらないよう王宮の案内もしてあげなきゃね。君もついておいで」

「仰せのままに」

 あずまやの影で気配を殺していたビアが姿を表し、一礼をした。

 

 私は息を呑む。

 アステリア王宮の一部、黒曜石宮。

 第三王子キースの住まい。


 初回の魔力供給=キスイベントが起きた場所じゃない!?

 

「さあ、僕の部屋に行こう」

 キース王子は満面の笑顔で私に手を差し伸べた。


(続く)

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